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ヒツジ

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小さなキズを

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※今回は暴力描写(人が殺される描写)があります。苦手な方はご注意ください。



「はぁ……はぁ……気持ち悪い………」
「ここまでくれば大丈夫かな。お疲れさま」

散々建物の上を跳ねまくり、ようやくどこかの空き地に降り立った。
激しい上下運動に完全に酔った俺は、なんとか吐かずに済んでいるが立ち上がれずにいた。

「ごめんね~。軍の奴らを振り切るには、これが一番手っ取り早いからさ。ほら、深呼吸して」

背中を優しくさすられる。
なんだろう。コイツ、トーカに似てる。見た目も雰囲気も全然違うけど、出会った頃のトーカを思い出した。

「………離せ……触るな………」
「いいね。その気の強さ。元気になってきたみたいだから君のことを聞かせてくれるかな。なんで僕のことつけてたの?」

相変わらずニコニコと笑っているが、逃がさないぞという圧が凄い。こんな所もトーカに似てる。

「………一緒にいた女の子はどうした?」
「え~。質問に質問で返すタイプかい。まあ、いいけど。あの子は僕の仲間に引き渡したよ」
「………」
「あ、誤解を生んでるね。引き渡したってのは保護してもらったってことだよ。通りがかりにあの子が大人に殴られてるのを見かけてね。助けて仲間のトコまで連れてったの。今頃は孤児院にでも入れるよう手配してるんじゃないかな」

口ぶりから嘘は言って無さそうだが………。

「なぜあそこにいた?なぜ軍から逃げる?」
「う~ん。質問の嵐だなぁ。まあ軍の関係者では無さそうだし。話してもいいかな」

男は困った顔をしながらも、素直に自分のことを話しだした。

「あの近くで反乱グループの鎮圧があってね。僕はそこから逃げてたの。っても、鎮圧があることは最初からわかってて、ちょうどいいから古参の頭かったい連中を嵌めて軍に捕まえさせたんだよね。で、僕は悠々と仲間との集合場所に向かってた。そしたら君に会ったわけだ」

………ちょっと待て。今重要な事をさらっと言わなかったか。

「……軍を利用して仲間を嵌めたのか?」
「そ。上の連中って酷くてさ~。世直しとか言いながら暴れることしか考えてないの。だから不満のあるヤツを集めて組織を作り直そうと思って」

と言うことは、鎮圧作戦は成功してないと言うことだ。くそ。トーカに伝えたいのに通信機がない。

「さて、次は君の番だよ。なんであそこにいたの?僕をつけた目的は?君は何者なんだい?」

何も話せない。口を噤んでいると腕を掴まれた。

「あのナイフはそこらで手に入る物じゃない。それにこのブレスレットも随分と手の込んだ物だ」

ブレスレットに触れられる。サリの気持ちのこもった物に気安く触られたくなくて、手を払いのけた。

「触るな!」
「おや。大切な物だったかな。すまないね。でも君が話をしてくれないから、必死に話題を探したんだけどな」

う~んと男は黙り込んでしまった。なんとか逃げないと。周りを確認する。路地に逃げ込む最短距離は男の後側だ。
ナイフに手を伸ばす。前に構えて、埋め込まれた玉を半回転させた。カチッと音がする。

「おや?やる気かい?」

余裕を崩さない男に斬りかかる。あっさり避けられたが、見えない刃が肩の布を切り裂く。
予想外の攻撃に気を取られている間に路地へ向かう。意外にも男は追いかけてこなかった。



ひたすら路地を走る。とにかく男から離れるために闇雲に走るが、トーカのいる場所に辿り着く道がわからない。

「くそ!ここはどこなんだよ!」

悪態をついてると数人の男達が前から歩いてきた。

「なんだ、あのガキ?」

余計な面倒事は避けたい。脇道に入って男達から離れようとするが、見慣れない子供に興味を持ったのか追いかけてくる。
なんとか振り切ろうとするが道の先が行き止まりになっていた。男達に追い詰められる。

「おい。お前この辺のガキじゃねえだろ」
「こんなとこで何やってんだ?」
「随分高そうなナイフ持ってんな」
「適当に金になりそうなもん奪って人買いにでも売るか」

なんで貧民街のヤツらはみんなこうなんだよ!
ナイフを構えなおす。幸い細い路地だから1人ずつしか襲ってこれない。見えない刃の攻撃で相手に隙を作って横をすり抜ける。1人、2人、3人………。あと1人というところでナイフが急に軽くなった。

しまった!エネルギー切れだ!

路地を逃げる間ずっと見えない刃を出しっぱなしにしてたので、エネルギーを消費してしまったのだ。
最後の1人が襲いかかってくる。慌ててブレスレットで風の壁を作る。その瞬間……

「ぎゃああああ!」

目の前が真っ赤に染まった。
驚いて風の壁を解くと、赤は地面にベシャリと落ちた。
血だ………。血溜まりの先を見ると、最後に襲いかかってきた男が倒れている。その向こうには、あの男。俺をこんな所まで連れてきた、反乱グループのメンバーがにこやかに笑っていた。

「やあ。大丈夫かい?」

動けずにいると後ろから雄叫びがあがる。仲間を殺された男達が、俺の横を通り次々と殺した男に襲いかかる。
襲いかかられたほうは「おやおや」と大したことでもないかのように攻撃を避けていく。よく見ると体のあちこちから刃物を出して相手を切り裂いている。あっという間に3人の男が地面に倒れた。

「ふう。片付いたね。ダメだよ。こんな所を1人で歩いたら」

男が近づいてくる。耐えることなく浮かんでいる笑みに恐怖を覚える。

「………なんで」
「え?ああ。ここまで連れてきちゃったのは僕だからね。怪我をさせたら申し訳ないし、君には聞きたいこともあるしね」

なぜ助けたのかに答えられる。違う。聞きたいのはそうじゃなくて………

「なんで殺したんだ?……逃げられればそれで良かったのに……」
「なんで?変な事を聞く子だなぁ。悪いヤツは殺して当然だろ。ここで逃したら他の人が被害に遭うかもしれない」

それはそうだけど………。

「君だって武器を手にしてるんだ。殺し殺されるのは覚悟の上だろ。そんな甘い考えでは何も成せないよ」

笑みを見せながら、男の瞳には迷いがない。
なぜだろう。言っていることはわかる。武器を持つ以上覚悟もしている。でも男の言葉に感じる違和感を消せない。

「ああ。ちょっと騒ぎすぎたかな。人が来る前にここを離れようか」

男に手を掴まれる。そのまま最初の空き地まで歩いた。血に塗れた手を見ながら、もう逃げる気は失せていた。



「さて。話の続きをしようか」

空き地に着くとやっと手を解放された。男は会話を再開する気満々だったが、俺は気になっていることがあったので男に手を出すよう促した。手の甲に傷がある。

「怪我してる………」
「ああ。さっき戦った時にね。大したことないよ」

ブレスレットから玉を取り出し傷口の近くにあてる。

「おお。痛みがなくなった」
「治ったわけじゃない。応急処置はするけど、あとでちゃんとした治療を受けろよ」

玉を戻し簡単な応急処置をして手を解放する。プラプラと手を振りながら礼を言われた。

「でもこんな怪我慣れてるから気にしなくて良かったのに」
「……自分を大切にできない人は誰も大切にできない。ましてや人を助けることなんてできないよ」

トーカに会ってから色々な人に支えてもらった。その経験から出た言葉だった。
男から初めて笑みが消えた。驚いた顔をしている。

「君は優しいね。いいね。うちのグループに入らない?」

またトーカを思い出した。貧民街から脱出したあの日を。

「入らない。俺にはもう居場所がある」
「……残念。フラれたか」

あははと男はまた笑顔に戻る。

「さて。君の保護者も待ってることだし、そろそろ行きますか」
「!どういうことだ!」
「君が逃げてる間に仲間から連絡があったんだよ。君の仲間に接触したって。君を連れていけば話し合いに応じてくれるってさ」

結局トーカの足を引っ張ってしまったのだろうか。落ち込みながら男について行く。



「そうそう。君に聞きたいことが1つあるんだった」

歩きながら男が話しかけてきた。

「5年前、貴族が大量に中央から姿を消した。そして数年後何もなかったかのように戻ってきた。その理由を君は知っているかな」

なんだ、それは。初めて聞いた。
頭に疑問符を浮かべていると男は不思議そうな顔をした。

「あれ?僕の勘が外れたかな?君は5年前のことを知ってそうだと思ったのに」

納得いかない顔で男が首を傾げる。そうは言われても知らないものは知らない。
そのまま話は終わり、しばらく歩くとトーカの姿が見えてきた。



「トーカ!」
「ヒスイ!無事でよかった………」

トーカは駆け寄ってくるなり俺と男の間に割って入り、男から俺を守るように立った。

「トーカ殿。彼を不当に連れ回したことをまずは謝罪します」

頭を下げられる。背筋の伸びた綺麗な動きだ。

「私はジンと申します。我々は中心メンバーが入れ替わったばかりで、協力関係を結べる相手を求めています。あなたの組織とうちの組織なら良い関係を結べると思うのですが、いかがですか?」

トーカが渋い顔をする。俺の件がまだ許せないようだ。

「協力関係については俺の一存では決められない。後日話し合いの場を設けるので、そこで決めてくれ」
「ありがとうございます。よい話し合いができることを期待しています」

にこやかにお辞儀するとジンは仲間と共に歩き出した。
そのまま立ち去るのかと思ったら、俺たちを見てさらに笑みを深めた。

「ちなみに、私はテラスタワーの秘密を知っています。これは協力関係を結ぶのに有利になるのではないですかね?」

トーカの顔がかたまる。なんだ?テラスタワーの秘密って?

「ヒスイくん。君はこの秘密に関係がありそうだね。ただの勘だけど、僕の勘はよく当たる。何か聞きたいことができたらいつでも会いにおいで」

優しく語られる言葉にどこか残酷さが滲む。
人を救いたいという気持ちは理解し合えそうなのに、一線を越える危うさを孕んだ瞳はすれ違いしか生まない気がして。
背筋の伸びた綺麗な後ろ姿を戸惑いながら見送った。
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