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鬼ごっこ
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「ヒスイ、おかえり!」
「お帰りなさい!」
アジトに着くなり、イッカとウノに抱きつかれた。
「急にトーカと外に行ったって聞かされてさ!何日も帰らないし!心配したんだぜ!」
「酷い怪我してるじゃないか。何があったの」
2人はぎゅうぎゅう抱きつきながら、俺の怪我を心配したり、帰ってきて良かったと安心したり、とにかく忙しい。
「心配かけてごめん。トーカの仕事を手伝ってて。怪我も酷く見えるけど大したことないから大丈……」
「ヒスイ君が謝る必要はない!」
大声に驚いて声の方を見ると、仁王立ちするソアラがいた。珍しく怒っている。
「トーカ!危ない目にはあわせないと言ったからヒスイくんを連れ出すのに賛成したんですよ!これはどういうことです!返答次第じゃただじゃ済みませんよ!」
ツカツカとトーカに詰め寄る。トーカは気圧されて後退りしている。
「そーだ!そーだ!トーカさんがヒスイをこんな目に遭わせたんだ!」
「酷いや!僕たちの親友にこんな怪我を負わせて!」
イッカやウノからも非難の声があがる。
ちょっといい気味だ。
「ちょっと。いくら何でも俺が責められすぎじゃない?ヒスイからも何か言ってよ」
「自業自得なんじゃないか」
そのままトーカはソアラに引き摺られて奥の部屋へと消えて行った。「裏切り者~」と叫びながらズルズル引き摺られていく姿を見て、ちょっと胸のすく思いがした。
その後2人には何があったのか散々問い詰められた。詳しくは話すことはできないので「疲れてるから今日は休む」と伝えると、心配そうに「ちゃんと休めよ」と部屋に送られた。話をできないことに胸が痛む。
「ああ~。散々な目に遭った」
しばらくしてトーカがグッタリした顔で帰ってきた。ソアラにこってり絞られたんだろう。意外と怒らせたら怖いんだな、あの人。
「なんで俺がこんな目に」
「だから自業自得だって」
「ちゃんと意思確認もしてお前を連れ出してるのに、俺だけ責められるのおかしくない?お前はチヤホヤ心配されてさぁ」
「人徳の差だろ」
「ズルい~。俺の方がみんなとの付き合いは長いのに~」
ピーピーうるさくなってきたので、無視を決め込む。
まあ怪我については自分の責任だと思ってるけど。無防備に殴られただけだったし。
そこでふとある考えに至る。
「なあ。これからもこんなことがあるなら、自分の身くらい自分で守れるようになりたいんだけど」
「……へ?」
トーカは間抜け面している。アジトに帰って完全にお気楽モードだな。
「護身術なり格闘技なり、何か習いたいって言ってんだよ。戦えないとまた今回みたいなことになるだろ」
「ああ。なるほど。でもヒスイには危ない仕事はさせないつもりなんだけどな。今回が特別」
「はあっ⁉︎あんな目に遭わせといて今更だろ!」
「いや、でも、怪我させるのとかイヤだし」
「だから何か習わせろって言ってんだろ!役立たずの相棒になんてなる気はないぞ!」
でも~と唸りながらトーカは何かを考えだした。
「ん~。わかった。ただし条件がある」
「なんだ?」
「俺を鬼ごっこで捕まえたら、護身術の専門家を紹介してやる」
鬼ごっこ?また急な提案だな?
「さっきの件でアジトでの俺の人気が下がっていることがわかったからな」
「下がってるっていうか、もともと無いんじゃないか」
「うるさい!ここで大きな娯楽を提供すれば、俺の人気も回復するってもんだろ。明日、アジトを使った大規模な鬼ごっこを開催する。希望者は誰でも参加可能。俺以外、全員鬼!俺を捕まえたら願いを1つ叶えてやる!これでどうだ!」
どうだと言われても。頭のネジのはずれた提案にいいも悪いも思いつかないが、まあ俺の希望が通るならいいか。
「いいぜ。お前を捕まえたら護身術を教えてもらえるんだな」
「話のわかるヤツは好きだよ。じゃあ、俺はソアラんとこに打ち合わせに行ってくる!」
さっき散々絞られた相手のところに意気揚々と向かう姿はどうかと思うが、やる気になってくれたなら問題はない。
「絶対に捕まえてやるからな!」
アジトに来て初めてくらいの闘志を燃やして、俺はある覚悟を決めて次の日を待った。
「では、ルールの説明をします」
トーカがみんなから3メートルほど離れたところで今回のイベントについて説明している。
集まった人数はかなりのもので、当番や仕事がある者以外は全員参加している気がする。意外とみんなお祭り好きなんだな。
「ルールは至ってシンプル。私はこの運動室から廊下を通って大広間に行き、アジトの入り口に向かいます。私が入り口から出るまでに私にタッチできたらその者の勝ち。私が逃げ切れば私の勝ちです。勝った者には何か願いを1つ叶えましょう」
みんなが集まってるのは運動室という場所だ。広間と同じほどの広さの空間で、子供達が遊んだり、大人達が体を動かしたりするために使っている。
「質問はありませんか?……大丈夫ですね。では始めます。よーい……スタート!」
掛け声と共にトーカが廊下へ向かってダッシュする。
鬼組は子供達を先頭に並ばせていたので、まずは子供達がトーカを追いかける。
「まてー!」
「つかまえてやるー!」
子供達の可愛さにほんわかしそうになるが、これは真剣勝負。俺も追いかけないと。
駆け出そうとしたらトーカがこちらを振り向いた。道に何かバラまいている。
「あ…あれは!」
ウノが驚いた顔で説明しだした。
「トーカさんが中央に行った時だけ買ってきてくれる、アメイト駅名物『七色キャンディー』!」
そう言えば電車に乗る前に何か買いに行ってたな。これだったのか。
「あ!アメだー!」
「たべたい!たべたい!」
前方の子供集団が飴トラップにまんまと引っかかる。
飴を拾う子供達が邪魔になって、大人達もなかなか進めない。
「クッ!なかなかの策士だな!」
イッカが悔しそうな声を上げる。
いや、飴ばら撒いただけだよね。
「お昼ご飯が入らなくなるから、1人1つだけですよ」
「「「は~い」」」
ソアラはどんな状況でも先生なんだな。
「まだまだ~。お次はこれだ~!」
トーカの手から何か紙の束が放り投げられる。
それを見たウノは、見たことのない速さでそれを掴みにかかった。
「こ、これは……あらゆる肉の加工に人生を捧げ、作った干し肉は万を超えるとも言われる加工肉界のレジェンド、ツルシ・サバークの加工レシピ大全!」
ウノが雄叫びを上げなが本をガン見していく。お前、キャラ違わないか。
「ごめん、みんな。僕の願いはもう叶っちゃった……これ以上は進めないみたいだ……」
ウノはこれ以上の幸せはないと言った顔で、本を抱えながら動かなくなってしまった。
「クソッ!トーカめ。次から次へと恐ろしい手を使いやがる」
いや、今のところ物で釣るしかしてねぇよ。超低レベルな争いだよ。
「はっはっは!情けない連中だな!」
笑いながらトーカは廊下に突入した。
なあ、お前好感度あげたくてこのイベント企画したんだよな。今のところ好感度の下がる気配しかねぇんだけど。
「なんの!次は俺が行く!」
「あ…あの人は!」
「「ジャガイモさん!」」
説明しよう!
ジャガイモさんとは、第5話でジャガイモ剥き場にいた男性のことだ!
常にジャガイモしか担当していないので、みんなにジャガイモさんと呼ばれているのだ!
「今日はジャガイモがメニューになくて非番なんでな!」
あ、やっぱりジャガイモに仕事を左右されてんだ。
「おお。なかなかのスピードだな。でも廊下でそのスピードは命取りだぜ!」
トーカが廊下に茶色い物体をばら撒いた。
なんだあれ?……ジャガイモ?
「のわあぁぁぁぁぁ!」
ジャガイモさんがジャガイモに滑って見事な転倒を決めた。
トーカはなおも笑いながら走り去る。
「クッ!ジャガイモにやられるなら……本望……」
「ジャガイモさーーーーん!」
イッカ、ノリノリだな。
と言うか、トーカはどっからこんだけのジャガイモを出したんだ。
「ヒスイ、ジャガイモさんの仇は必ず俺たちでとるぞ!」
「あ、ああ」
なぜだろう。ジャガイモさんの好感度が上がっている。
その後も廊下で仕掛けてくる攻撃に大人達が悉く倒され、広間に出る頃には俺とイッカとソアラの3人しか残っていなかった。
「さ~って、お次はどうしよっかな~」
トーカは何を思ったのか振り返って立ちどまり、俺たちと対峙する形になった。3人を順に眺めた後、イッカを見てニヤッと笑った。
「決めた!イッカ~!今から俺の言うことをよく聞いてね~」
イッカが身構える。なんだ?次は何をする気だ?
「君ってサミエ……」
「まいりました!」
なんだ?イッカが急に土下座を始めた。降参とばかりに白旗まで振っている。
「おのれ……なんと卑怯な手を……」
え、ソアラめっちゃ怒ってるけど、今のなんだったの?
「そんな卑劣な人間は私が必ず捕まえます!」
ソアラが走り出す。あわせてトーカも走り出すが、入り口とは違う方向に向かっている。
「お前が一番弱点だらけなんだよ」
トーカは立ち寄った机の上に積んである本をばら撒く。
ソアラは慌てて駆け寄り、本を拾い始めた。
「あああ。みんなの進度にあわせて全部しおりを挟んでおいたのに!どこまでやったかわからなくなってしまう!」
必死になってしおりを挟みなおしている。
これは非道が過ぎないか?本当に好感度あげたいのか?
「さて。最後はヒスイだけだが?…おっと」
「残念だけど、俺は簡単にはいかないぜ」
ヒスイがまわり道をしてる間に、入り口まで先回りしてやった。ここを塞いでる以上、トーカはゴールすることはできないだろう。
「ふふ~ん。入り口を塞いで王手をかけたって感じかな。悪いけど、お前をかわして外に出るくらい朝飯前だよ」
「そうか。なら、これはどうだ」
本当はあんまりしたくないけど……
俺は大粒の涙を流して泣き出した。
「っく。ひっく。トーカは俺が護身術を習うのイヤなんだ。俺はお前の役に立ちたいだけなのに……」
「え、あ、いや、そういうわけじゃ……」
トーカは思いっきりあたふたしている。
よし!これは効いてる!あとひと押しだ。
「じゃあ何でそんなに逃げるんだ……お前を捕まえられないと護身術は習えないんだろう……」
「いや、そうは言ったけど、それ以前にこれはそういうイベントだから……」
トーカがこちらに一歩踏み出す。
今だ!
俺が合図すると、ピシュッという乾いた音のあとにトーカが思いっきり前に倒れ込んできた。
その体をキャッチしながら足元を確認すると、細い糸がトーカの両足首に絡みついていた。
「な……なんだ?」
「はっはっは!どうだ!俺のお手製銃の威力は!名付けて『遠くの物にもよく絡まる君』だ!」
遠くでイッカがドヤ顔でポーズを決めている。
手に持ってるのはオリジナルの輪ゴム銃。軽い重しをつけた糸を発射して目標に巻きつけるものだ。
俺が涙で気をひいて、トーカがイッカとの間に遮蔽物のないところに来たタイミングで、この銃を発射したのだ。
「そのネーミングはどうかと思うけどな。さて、トーカ。これでお前を捕まえたことになるな」
俺に倒れ込んだまま呆けていたトーカが、ハッと意識を取り戻す。
「はあ~。まさかそんな手でくるとはな。俺の負けだよ。とりあえずこの紐を解いてくれ」
ひとまずトーカを座らせて紐を解く。自由になった足を見ながら、トーカは降参と手を上げた。
「お前の勝ちだからな。護身術の専門家を連れてくるよ。忙しい人だからすぐには無理かもしれないが。約束はちゃんと守るよ」
「やったな!ヒスイ!」
駆け寄ってきていたイッカに抱きつかれる。
そうか。俺、勝ったんだ。
喜びが今更湧き上がってきた。
「ウノにも勝ったこと教えに行こう!」
「あいつ、まだレシピ読み込んでんじゃないか!」
俺はイッカと一緒に、笑いながら運動場のほうへ走っていく。
トーカとソアラがそれを眺めていた。
「最後の。あなた気づいてたんじゃないですか」
「さ~てね。でもヒスイの涙に面食らったのは本当だよ。あの子が人前で泣くなんて思いもしなかった」
「我々を受け入れ始めてくれたのか。あの子が強くなったのか。両方かもしれませんね」
「嬉しいね~。子供の成長は早いから、おじさんすぐ置いてかれちゃうんだろうね」
「それこそ嬉しいことでしょう。走り出す子供達の背中を見ることほど、幸せなことはありませんよ」
「やだ~。そうなったらおじさん泣いちゃいそう」
「泣くなら1人で泣いてくださいね。鬱陶しいんで」
これは俺の知らない大人達の会話。
「お帰りなさい!」
アジトに着くなり、イッカとウノに抱きつかれた。
「急にトーカと外に行ったって聞かされてさ!何日も帰らないし!心配したんだぜ!」
「酷い怪我してるじゃないか。何があったの」
2人はぎゅうぎゅう抱きつきながら、俺の怪我を心配したり、帰ってきて良かったと安心したり、とにかく忙しい。
「心配かけてごめん。トーカの仕事を手伝ってて。怪我も酷く見えるけど大したことないから大丈……」
「ヒスイ君が謝る必要はない!」
大声に驚いて声の方を見ると、仁王立ちするソアラがいた。珍しく怒っている。
「トーカ!危ない目にはあわせないと言ったからヒスイくんを連れ出すのに賛成したんですよ!これはどういうことです!返答次第じゃただじゃ済みませんよ!」
ツカツカとトーカに詰め寄る。トーカは気圧されて後退りしている。
「そーだ!そーだ!トーカさんがヒスイをこんな目に遭わせたんだ!」
「酷いや!僕たちの親友にこんな怪我を負わせて!」
イッカやウノからも非難の声があがる。
ちょっといい気味だ。
「ちょっと。いくら何でも俺が責められすぎじゃない?ヒスイからも何か言ってよ」
「自業自得なんじゃないか」
そのままトーカはソアラに引き摺られて奥の部屋へと消えて行った。「裏切り者~」と叫びながらズルズル引き摺られていく姿を見て、ちょっと胸のすく思いがした。
その後2人には何があったのか散々問い詰められた。詳しくは話すことはできないので「疲れてるから今日は休む」と伝えると、心配そうに「ちゃんと休めよ」と部屋に送られた。話をできないことに胸が痛む。
「ああ~。散々な目に遭った」
しばらくしてトーカがグッタリした顔で帰ってきた。ソアラにこってり絞られたんだろう。意外と怒らせたら怖いんだな、あの人。
「なんで俺がこんな目に」
「だから自業自得だって」
「ちゃんと意思確認もしてお前を連れ出してるのに、俺だけ責められるのおかしくない?お前はチヤホヤ心配されてさぁ」
「人徳の差だろ」
「ズルい~。俺の方がみんなとの付き合いは長いのに~」
ピーピーうるさくなってきたので、無視を決め込む。
まあ怪我については自分の責任だと思ってるけど。無防備に殴られただけだったし。
そこでふとある考えに至る。
「なあ。これからもこんなことがあるなら、自分の身くらい自分で守れるようになりたいんだけど」
「……へ?」
トーカは間抜け面している。アジトに帰って完全にお気楽モードだな。
「護身術なり格闘技なり、何か習いたいって言ってんだよ。戦えないとまた今回みたいなことになるだろ」
「ああ。なるほど。でもヒスイには危ない仕事はさせないつもりなんだけどな。今回が特別」
「はあっ⁉︎あんな目に遭わせといて今更だろ!」
「いや、でも、怪我させるのとかイヤだし」
「だから何か習わせろって言ってんだろ!役立たずの相棒になんてなる気はないぞ!」
でも~と唸りながらトーカは何かを考えだした。
「ん~。わかった。ただし条件がある」
「なんだ?」
「俺を鬼ごっこで捕まえたら、護身術の専門家を紹介してやる」
鬼ごっこ?また急な提案だな?
「さっきの件でアジトでの俺の人気が下がっていることがわかったからな」
「下がってるっていうか、もともと無いんじゃないか」
「うるさい!ここで大きな娯楽を提供すれば、俺の人気も回復するってもんだろ。明日、アジトを使った大規模な鬼ごっこを開催する。希望者は誰でも参加可能。俺以外、全員鬼!俺を捕まえたら願いを1つ叶えてやる!これでどうだ!」
どうだと言われても。頭のネジのはずれた提案にいいも悪いも思いつかないが、まあ俺の希望が通るならいいか。
「いいぜ。お前を捕まえたら護身術を教えてもらえるんだな」
「話のわかるヤツは好きだよ。じゃあ、俺はソアラんとこに打ち合わせに行ってくる!」
さっき散々絞られた相手のところに意気揚々と向かう姿はどうかと思うが、やる気になってくれたなら問題はない。
「絶対に捕まえてやるからな!」
アジトに来て初めてくらいの闘志を燃やして、俺はある覚悟を決めて次の日を待った。
「では、ルールの説明をします」
トーカがみんなから3メートルほど離れたところで今回のイベントについて説明している。
集まった人数はかなりのもので、当番や仕事がある者以外は全員参加している気がする。意外とみんなお祭り好きなんだな。
「ルールは至ってシンプル。私はこの運動室から廊下を通って大広間に行き、アジトの入り口に向かいます。私が入り口から出るまでに私にタッチできたらその者の勝ち。私が逃げ切れば私の勝ちです。勝った者には何か願いを1つ叶えましょう」
みんなが集まってるのは運動室という場所だ。広間と同じほどの広さの空間で、子供達が遊んだり、大人達が体を動かしたりするために使っている。
「質問はありませんか?……大丈夫ですね。では始めます。よーい……スタート!」
掛け声と共にトーカが廊下へ向かってダッシュする。
鬼組は子供達を先頭に並ばせていたので、まずは子供達がトーカを追いかける。
「まてー!」
「つかまえてやるー!」
子供達の可愛さにほんわかしそうになるが、これは真剣勝負。俺も追いかけないと。
駆け出そうとしたらトーカがこちらを振り向いた。道に何かバラまいている。
「あ…あれは!」
ウノが驚いた顔で説明しだした。
「トーカさんが中央に行った時だけ買ってきてくれる、アメイト駅名物『七色キャンディー』!」
そう言えば電車に乗る前に何か買いに行ってたな。これだったのか。
「あ!アメだー!」
「たべたい!たべたい!」
前方の子供集団が飴トラップにまんまと引っかかる。
飴を拾う子供達が邪魔になって、大人達もなかなか進めない。
「クッ!なかなかの策士だな!」
イッカが悔しそうな声を上げる。
いや、飴ばら撒いただけだよね。
「お昼ご飯が入らなくなるから、1人1つだけですよ」
「「「は~い」」」
ソアラはどんな状況でも先生なんだな。
「まだまだ~。お次はこれだ~!」
トーカの手から何か紙の束が放り投げられる。
それを見たウノは、見たことのない速さでそれを掴みにかかった。
「こ、これは……あらゆる肉の加工に人生を捧げ、作った干し肉は万を超えるとも言われる加工肉界のレジェンド、ツルシ・サバークの加工レシピ大全!」
ウノが雄叫びを上げなが本をガン見していく。お前、キャラ違わないか。
「ごめん、みんな。僕の願いはもう叶っちゃった……これ以上は進めないみたいだ……」
ウノはこれ以上の幸せはないと言った顔で、本を抱えながら動かなくなってしまった。
「クソッ!トーカめ。次から次へと恐ろしい手を使いやがる」
いや、今のところ物で釣るしかしてねぇよ。超低レベルな争いだよ。
「はっはっは!情けない連中だな!」
笑いながらトーカは廊下に突入した。
なあ、お前好感度あげたくてこのイベント企画したんだよな。今のところ好感度の下がる気配しかねぇんだけど。
「なんの!次は俺が行く!」
「あ…あの人は!」
「「ジャガイモさん!」」
説明しよう!
ジャガイモさんとは、第5話でジャガイモ剥き場にいた男性のことだ!
常にジャガイモしか担当していないので、みんなにジャガイモさんと呼ばれているのだ!
「今日はジャガイモがメニューになくて非番なんでな!」
あ、やっぱりジャガイモに仕事を左右されてんだ。
「おお。なかなかのスピードだな。でも廊下でそのスピードは命取りだぜ!」
トーカが廊下に茶色い物体をばら撒いた。
なんだあれ?……ジャガイモ?
「のわあぁぁぁぁぁ!」
ジャガイモさんがジャガイモに滑って見事な転倒を決めた。
トーカはなおも笑いながら走り去る。
「クッ!ジャガイモにやられるなら……本望……」
「ジャガイモさーーーーん!」
イッカ、ノリノリだな。
と言うか、トーカはどっからこんだけのジャガイモを出したんだ。
「ヒスイ、ジャガイモさんの仇は必ず俺たちでとるぞ!」
「あ、ああ」
なぜだろう。ジャガイモさんの好感度が上がっている。
その後も廊下で仕掛けてくる攻撃に大人達が悉く倒され、広間に出る頃には俺とイッカとソアラの3人しか残っていなかった。
「さ~って、お次はどうしよっかな~」
トーカは何を思ったのか振り返って立ちどまり、俺たちと対峙する形になった。3人を順に眺めた後、イッカを見てニヤッと笑った。
「決めた!イッカ~!今から俺の言うことをよく聞いてね~」
イッカが身構える。なんだ?次は何をする気だ?
「君ってサミエ……」
「まいりました!」
なんだ?イッカが急に土下座を始めた。降参とばかりに白旗まで振っている。
「おのれ……なんと卑怯な手を……」
え、ソアラめっちゃ怒ってるけど、今のなんだったの?
「そんな卑劣な人間は私が必ず捕まえます!」
ソアラが走り出す。あわせてトーカも走り出すが、入り口とは違う方向に向かっている。
「お前が一番弱点だらけなんだよ」
トーカは立ち寄った机の上に積んである本をばら撒く。
ソアラは慌てて駆け寄り、本を拾い始めた。
「あああ。みんなの進度にあわせて全部しおりを挟んでおいたのに!どこまでやったかわからなくなってしまう!」
必死になってしおりを挟みなおしている。
これは非道が過ぎないか?本当に好感度あげたいのか?
「さて。最後はヒスイだけだが?…おっと」
「残念だけど、俺は簡単にはいかないぜ」
ヒスイがまわり道をしてる間に、入り口まで先回りしてやった。ここを塞いでる以上、トーカはゴールすることはできないだろう。
「ふふ~ん。入り口を塞いで王手をかけたって感じかな。悪いけど、お前をかわして外に出るくらい朝飯前だよ」
「そうか。なら、これはどうだ」
本当はあんまりしたくないけど……
俺は大粒の涙を流して泣き出した。
「っく。ひっく。トーカは俺が護身術を習うのイヤなんだ。俺はお前の役に立ちたいだけなのに……」
「え、あ、いや、そういうわけじゃ……」
トーカは思いっきりあたふたしている。
よし!これは効いてる!あとひと押しだ。
「じゃあ何でそんなに逃げるんだ……お前を捕まえられないと護身術は習えないんだろう……」
「いや、そうは言ったけど、それ以前にこれはそういうイベントだから……」
トーカがこちらに一歩踏み出す。
今だ!
俺が合図すると、ピシュッという乾いた音のあとにトーカが思いっきり前に倒れ込んできた。
その体をキャッチしながら足元を確認すると、細い糸がトーカの両足首に絡みついていた。
「な……なんだ?」
「はっはっは!どうだ!俺のお手製銃の威力は!名付けて『遠くの物にもよく絡まる君』だ!」
遠くでイッカがドヤ顔でポーズを決めている。
手に持ってるのはオリジナルの輪ゴム銃。軽い重しをつけた糸を発射して目標に巻きつけるものだ。
俺が涙で気をひいて、トーカがイッカとの間に遮蔽物のないところに来たタイミングで、この銃を発射したのだ。
「そのネーミングはどうかと思うけどな。さて、トーカ。これでお前を捕まえたことになるな」
俺に倒れ込んだまま呆けていたトーカが、ハッと意識を取り戻す。
「はあ~。まさかそんな手でくるとはな。俺の負けだよ。とりあえずこの紐を解いてくれ」
ひとまずトーカを座らせて紐を解く。自由になった足を見ながら、トーカは降参と手を上げた。
「お前の勝ちだからな。護身術の専門家を連れてくるよ。忙しい人だからすぐには無理かもしれないが。約束はちゃんと守るよ」
「やったな!ヒスイ!」
駆け寄ってきていたイッカに抱きつかれる。
そうか。俺、勝ったんだ。
喜びが今更湧き上がってきた。
「ウノにも勝ったこと教えに行こう!」
「あいつ、まだレシピ読み込んでんじゃないか!」
俺はイッカと一緒に、笑いながら運動場のほうへ走っていく。
トーカとソアラがそれを眺めていた。
「最後の。あなた気づいてたんじゃないですか」
「さ~てね。でもヒスイの涙に面食らったのは本当だよ。あの子が人前で泣くなんて思いもしなかった」
「我々を受け入れ始めてくれたのか。あの子が強くなったのか。両方かもしれませんね」
「嬉しいね~。子供の成長は早いから、おじさんすぐ置いてかれちゃうんだろうね」
「それこそ嬉しいことでしょう。走り出す子供達の背中を見ることほど、幸せなことはありませんよ」
「やだ~。そうなったらおじさん泣いちゃいそう」
「泣くなら1人で泣いてくださいね。鬱陶しいんで」
これは俺の知らない大人達の会話。
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