白き魔女と金色の王

ヒツジ

文字の大きさ
上 下
10 / 14

第十話

しおりを挟む
カダは悩んでいた。
一度にたくさんのことを知り混乱してるであろうツギハために、相談相手になれたらと街に残ったはいいが、いまいちツギハの心を掴めないでいるからだ。

話を聞いた当日は、ひとまずツギハを家まで送ってカダは宿を探しに行った。
次の日は親に話すかどうかの相談をした。話しても構わないが親から誰かに漏れないようにはして欲しいというと、じゃあやめとこうかなと言ったっきりツギハは黙ってしまった。
その次の日は里に行きたいかの話をした。ツギハは「自分と同じ人に会いたい気持ちはあるけど、里に行くのはちょっと悩むな」とだけ答え、やはり黙ってしまった。
今日は何か聞きたいことや知りたいことはあるかと尋ねたが、はっきりしない態度で家に帰ってしまった。

『はあ。どうしたらいいのか』

ツギハがこのまま街で何もなかったように暮らしたいなら、それでいい。だが、わざわざ遠くの村へ出かけて噂を流してまで自分のことを知りたがったのだ。本当は白の里に行きたいのではないだろうか。

『私にもう少し愛想があれば良かったのだろうか』

ウォンイに散々言われてきた自分の愛想のなさが、今になって悔やまれる。

「明日ダメだったら、一度城に戻るか」

そう決心してカダは日が変わるを待った。


毎日訪ねてくるカダを、ツギハの母親は息子に友達ができたと喜んで迎えてくれる。
2人はチヤ達と会った草原に腰を下ろした。

「毎日ご苦労さまだけど、もういいよ。里に行きたくなったら連絡するからさ」

律儀に自分を訪ねてくるカダに、ツギハは迷惑そうな声をあげた。

「今日は少し話を聞いてもらおうと思って来た。それでダメなら諦める」

いつもの威圧感がないカダに、ツギハはおや?と不思議に思った。

「……私は王弟ウォンイ様付きの城の兵士だ。ウォンイ様の妃であるチヤ様の願いで、白の人について色々と動いている」
「ああ。やっぱりチヤって偉い人だったんだ。カダと2人、主人と従者丸出しだったもんね」
「気づいてたのか!」

完全に隠しきれてると思っていたカダは驚きの声を上げる。

『いや、どう見たって丸わかりだったけどな』

ツギハはこの真面目人間が少しだけ面白くなってきた。

「コホン。話を続けるぞ。お前が糸について尋ねてきた時、なぜかウォンイ様を思い出したんだ」
「王様の弟を?そんな高貴な生まれじゃないよ、俺」
「そんなことは知っている。私にも不思議でな。なぜなのか考えてみたんだ。それで、子供の頃のことを思い出した」
「子供の頃?」
「ああ。私はウォンイ様の友人として側にいるよう命じられ、よく遊び相手になっていたのだ。だがある日、いつものように会いに行くとウォンイ様が落ち込んでいるように見えた」

過去へ思いを馳せるように、カダは遠くを見る。

「どうしたのかと尋ねても、なんでもないとしか言ってもらえず。きっと王子として誰にもわかってもらえない悩みや孤独、寂しさがあったのだろう」

誰にもわからない。
それは数日前まで1人で糸のことを抱えていたツギハと一緒だった。

「私が同じ立場であれば、ウォンイ様を孤独から救ってさしあげられたのだろうか。だが、ただの従者でしかない私には何もしてあげることができない。ジンイ様が即位されて王弟となられてからも、それは変わらなかった。ウォンイ様は王族に生まれてしまったのだから仕方ないと、諦めてしまっているようだった」

ツギハには、カダも自分の立場に苦しんでいるように見えた。どれだけ尽くしても心の底までは救えない主に仕えることを、生まれた時から決められていたのだから。

「だが、チヤ様が来られてから変わられてな。あんなに感情が豊かな方だとは思わなかった。心を預けられる人がいれば、人は救われるのだな」

主の幸せを心から願うカダの姿は、誰にも本心を明かさなかったツギハにはとても美しく感じた。

「チヤ様のようにとはいかないが、私がお前の心を軽くしてやることはできないだろうか。話を聞いてやることしかできないかもしれないが、少しでもお前の孤独を埋めてやりたいのだ」

いつも吊り上げられている目元が緩む。
急に幼く見えるその表情に、なぜかツギハはドキッとした。

「………怖くなったんだよ。今までずっと1人で、誰にも糸のことを理解してもらえなかったからさ。もし里に行って自分と同じ人と一緒にいても、外から来た自分だけ理解しあえなかったらどうしようって。混血なのは俺だけだって言ってたから、また1人になったらどうしようって。……情けないよな」

気持ちをごまかすように笑うツギハの手が震えている。カダはその手を両手で優しく包んだ。

「情けなくなどない。今まで必死に孤独に耐えてきたのだ。そこから抜け出そうと行動も起こした。お前は強い人だ。………話してくれてありがとう」

優しい言葉にツギハは泣きそうになる。
ごまかしたくて軽口をたたいた。

「しっかし、王弟って今20歳だろ。幼馴染になるにはお前、随分と歳上だよな」
「?何を言っている?私とウォンイ様は同い年だぞ?」
「え!」

カダのことを25歳くらいだと思っていたツギハは、思いっきり驚く。

「うっそ!ってことは20歳?年下かよ!」
「む?そうなのか?」
「俺22だよ!マジか~。絶対年上だと思ってたのに」
「年下だと何か問題があるのか?」

カダはキョトンとして首を傾げる。
実年齢を知るとその姿は妙に幼く見えた。

『なんだろ。なんかカダが可愛く見えてきた。って、何考えてんだ、俺は!』

忙しなく揺れる感情にツギハは頭を抱える。
横ではカダがまだ首を傾げていた。


「え⁉︎カダってウォンイと同い年なの⁉︎」

ツギハがカダの年齢に驚いている頃、チヤも同じ反応をしていた。

「ふふん。驚いただろ。あいつも笑顔の一つでも見せたら、年相応に見えるだろうに」

なぜか得意げにしているウォンイが、やれやれといった感じでカダの心配をする。

「カダの笑顔………。想像できないけど、好きな人とかなら見れるのかなぁ」
「あいつもいい加減、結婚でもすればいいのにな。俺にばかり構ってないで」
「カダは優しい人だもん。きっといい人が見つかるよ。………そうなったら寂しいんじゃない?」
「ふん。面倒なお目付役が片付いてせいせいするわ」

渋い顔をしているが、ウォンイの本心はカダの幸せを願っているのだろう。

『カダの良さを理解して愛してくれる人が現れたらいいのになぁ』

チヤはツギハのために奮闘しているであろうカダの幸せを祈った。



数日後。カダが城に帰ってきた。

「ツギハは白の里に行くことになりました。両親には糸のことは話さず、城の兵に志願するための訓練だと説明しています。私がウォンイ様付きの兵士だと伝えたら、安心して信じてもらえました」

里へは途中までカダが案内し、イザナに迎えに来てもらったそうだ。

「私も時々様子を見に行こうと思います。イザナ殿に連絡用の狼煙をたくさんもらいました」
「……すっかりイザナと仲良しになったんだね」

何気に白の里に溶け込んでいるカダに、チヤは凄いなぁと感心してしまう。

「しかし、兵に志願するためなんて嘘をついて、後々困らんのか?」
「いえ。それが……本当に志願するつもりのようなのです。私と共にウォンイ様付きになりたいらしく。里で糸の使い方などを覚えたら、私が兵士としての訓練をつけに行く予定です」

ツギハの考えがわからず、3人で首を傾げる。

「……まあ、本人が前向きに里に行けたのは喜ばしいことです」

そう言うカダの雰囲気がいつもより柔らかいのがチヤには気になった。

「なんだか……カダ、雰囲気が変わったね。優しくなった」
「そうでしょうか?自分ではよくわからないのですが………私でも誰かの心を救えたのが嬉しかったのかもしれません」

僅かに、本当に僅かにだがカダが微笑んだ。
その顔を見て、チヤは『あれ?これは……』とカダのこの先に少しの期待が湧いた。


「でも、なんでカダにだけ糸が見えるのかはわからないままだね」
「それだが。俺に一つ、仮説がある」

チヤの言葉に、そうだったと思い出したようにウォンイが話しだした。

「仮説?」
「そう。お前達がツギハ探しに行ってる間、俺も何かできないかと城にある文献を色々調べていてな。遠い国の文献に、進化という言葉を見つけたのだ」
「進化?」

初めて聞く言葉にチヤはおうむ返ししてしまう。
横ではカダも不思議そうに話を聞いている。

「そう。進化とは、簡単にいうと生物が生き残れるようにカタチを変えていくことだな。鳥が空を飛ぶのも、早く走る獣がいるのも、全て生き抜くのに必要な力だったからだ」
「その進化が白の人とどう関係があるの?」「うん。白の人の糸や手脚は、人の次の進化のカタチなのではないかと思ってな。本来はゆっくり起きるはずの変化が、唐突に起きてしまったものなのではないかと」

自分たちの見た目や能力は突然変異というらしいと、チヤは里で聞いたことがあった。
それがウォンイの話と繋がる。

「だから糸が見えるカダは、本来の速度で進化している人なのではないだろうか。糸の見える人が増え、そのうちに糸が出せたり手脚が再生する者が普通の人からも出てくるかもしれん」
「白の人へ変わっていく途中にいるのが私なのですか……」
「白の人が増えていることも何か関係があるのかな?」

白の人として産まれる人は徐々にだが増えている。里の人間が見つけて連れてくる人数も、10年前の倍くらいになっていた。

「それはわからないが、もしかしたら人の進化が急がれているのかもしれない。今のままでは人は存続できなくなるのか。だが白の人だけが生き残ったとして、それはそれで存続が難しくなると思うのだが」
「そうなの?」
「文献にはこうあった。『多様性がなくては生物は滅びる』と。普通の人達に比べて、白の人達はお互いの見た目もよく似ているだろう。そうすると、例えば白の人がかかりやすい病気などが出てくると一気に数が減ってしまうんだ」
「なるほど。………なら、ツギハのような混血の者が増えたら良いのでしょうか?」
「そこまではまだ結論が出せんがな。……少し長に話を聞いてみたい。また時間を見つけて里に行ってみることにしよう」

進化の話の間中、ウォンイはどこか晴れない表情をしていた。
自分達の存在が思ったより大きな問題を抱えていることに、チヤも心にズシリと重たいものを感じていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法菓子職人ティハのアイシングクッキー屋さん

古森きり
BL
魔力は豊富。しかし、魔力を取り出す魔門眼《アイゲート》が機能していないと診断されたティハ・ウォル。 落ちこぼれの役立たずとして実家から追い出されてしまう。 辺境に移住したティハは、護衛をしてくれた冒険者ホリーにお礼として渡したクッキーに強化付加効果があると指摘される。 ホリーの提案と伝手で、辺境の都市ナフィラで魔法菓子を販売するアイシングクッキー屋をやることにした。 カクヨムに読み直しナッシング書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLove、魔法Iらんどにも掲載します。

【完結】《BL》拗らせ貴公子はついに愛を買いました!

白雨 音
BL
ウイル・ダウェル伯爵子息は、十二歳の時に事故に遭い、足を引き摺る様になった。 それと共に、前世を思い出し、自分がゲイであり、隠して生きてきた事を知る。 転生してもやはり同性が好きで、好みも変わっていなかった。 令息たちに揶揄われた際、庇ってくれたオースティンに一目惚れしてしまう。 以降、何とか彼とお近付きになりたいウイルだったが、前世からのトラウマで積極的になれなかった。 時は流れ、祖父の遺産で悠々自適に暮らしていたウイルの元に、 オースティンが金策に奔走しているという話が聞こえてきた。 ウイルは取引を持ち掛ける事に。それは、援助と引き換えに、オースティンを自分の使用人にする事だった___  異世界転生:恋愛:BL(両視点あり) 全17話+エピローグ 《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆

【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】

彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。 「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」

帝国皇子のお婿さんになりました

クリム
BL
 帝国の皇太子エリファス・ロータスとの婚姻を神殿で誓った瞬間、ハルシオン・アスターは自分の前世を思い出す。普通の日本人主婦だったことを。  そして『白い結婚』だったはずの婚姻後、皇太子の寝室に呼ばれることになり、ハルシオンはひた隠しにして来た事実に直面する。王族の姫が19歳まで独身を貫いたこと、その真実が暴かれると、出自の小王国は滅ぼされかねない。 「それなら皇太子殿下に一服盛りますかね、主様」 「そうだね、クーちゃん。ついでに血袋で寝台を汚してなんちゃって既成事実を」 「では、盛って服を乱して、血を……主様、これ……いや、まさかやる気ですか?」 「うん、クーちゃん」 「クーちゃんではありません、クー・チャンです。あ、主様、やめてください!」  これは隣国の帝国皇太子に嫁いだ小王国の『姫君』のお話。

異世界転移は終わらない恋のはじまりでした―救世主レオのノロケ話―

花宮守
BL
19歳の礼生(レオ)は、ある日突然異世界に飛ばされた。森の中で地震と景色の歪みに驚くが、助けてくれた男にファーストキスを奪われますます驚く。やがて辺りは静まった。力を貸してほしいとお姫様抱っこで王宮に連れていかれ、長い黒髪の彼が陛下と呼ばれていることを知る。豊かで人々の心も穏やかな国に思えるのに、なぜか彼は悲しそうで、「大罪人」を自称している。力になりたい一心で身を任せ、その男、ラトゥリオ王に心を奪われていく。 どうやらレオは、強大な王のエネルギーを暴走させないための能力を持っているらしい。 では、王が大切にしてくれるのはその能力のためだけで、特別な気持ちはないのだろうか。 悩みながらも異世界に馴染んでいくレオ。かつてラトゥリオと深く愛し合っていた男の存在や、ラトゥリオと結婚した場合の後継ぎのことなど、次々に新たな問題に直面するが、持ち前の明るさで皆に愛され、生きる場所を見つけていく。 第1章 大罪人と救世主 第2章 帰れない、帰らない 第3章 ラトゥリオとアントス 第4章 元カレとお世継ぎ問題 第5章 家族 33歳×19歳。 *付きの話は大人向け。

【完結】お嬢様の身代わりで冷酷公爵閣下とのお見合いに参加した僕だけど、公爵閣下は僕を離しません

八神紫音
BL
 やりたい放題のわがままお嬢様。そんなお嬢様の付き人……いや、下僕をしている僕は、毎日お嬢様に虐げられる日々。  そんなお嬢様のために、旦那様は王族である公爵閣下との縁談を持ってくるが、それは初めから叶わない縁談。それに気付いたプライドの高いお嬢様は、振られるくらいなら、と僕に女装をしてお嬢様の代わりを果たすよう命令を下す。

【完結】イケメン騎士が僕に救いを求めてきたので呪いをかけてあげました

及川奈津生
BL
気づいたら十四世紀のフランスに居た。百年戦争の真っ只中、どうやら僕は密偵と疑われているらしい。そんなわけない!と誤解をとこうと思ったら、僕を尋問する騎士が現代にいるはずの恋人にそっくりだった。全3話。 ※pome村さんがXで投稿された「#イラストを投げたら文字書きさんが引用rtでssを勝手に添えてくれる」向けに書いたものです。元イラストを表紙に設定しています。投稿元はこちら→https://x.com/pomemura_/status/1792159557269303476?t=pgeU3dApwW0DEeHzsGiHRg&s=19

死に戻り騎士は、今こそ駆け落ち王子を護ります!

時雨
BL
「駆け落ちの供をしてほしい」 すべては真面目な王子エリアスの、この一言から始まった。 王子に”国を捨てても一緒になりたい人がいる”と打ち明けられた、護衛騎士ランベルト。 発表されたばかりの公爵家令嬢との婚約はなんだったのか!?混乱する騎士の気持ちなど関係ない。 国境へ向かう二人を追う影……騎士ランベルトは追手の剣に倒れた。 後悔と共に途切れた騎士の意識は、死亡した時から三年も前の騎士団の寮で目覚める。 ――二人に追手を放った犯人は、一体誰だったのか? 容疑者が浮かんでは消える。そもそも犯人が三年先まで何もしてこない保証はない。 怪しいのは、王位を争う第一王子?裏切られた公爵令嬢?…正体不明の駆け落ち相手? 今度こそ王子エリアスを護るため、過去の記憶よりも積極的に王子に関わるランベルト。 急に距離を縮める騎士を、はじめは警戒するエリアス。ランベルトの昔と変わらぬ態度に、徐々にその警戒も解けていって…? 過去にない行動で変わっていく事象。動き出す影。 ランベルトは今度こそエリアスを護りきれるのか!? 負けず嫌いで頑固で堅実、第二王子(年下) × 面倒見の良い、気の長い一途騎士(年上)のお話です。 ------------------------------------------------------------------- 主人公は頑な、王子も頑固なので、ゆるい気持ちで見守っていただけると幸いです。

処理中です...