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第3章 躍動篇

第16話 収支報告

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 ある休校日の昼下がり、冒険者ギルド本部の一角にて、俺とマリーは経営会議と洒落込んでいた。

「えー、クレイグから先月の収支報告が届きましたが……先月は銀貨1枚のプラスでした。」

 入学から半月とちょっと。そして事業開始から一か月ほど。初めて先月の収支が出た。なんとか赤字にはならずに済んで良かった。だが……。

「これでは出資者の方々に配当を出すのは難しいですね。アルフォンス様。どうされますか?」
「うーん、配当金を出すのはたぶん来年の話……出資日から一年丁度くらいのタイミングになるだろうだからまだそこまで気にする必要は無いとは言えこれは厳しい物があるよね。」

 そんなにそんなにうまくいったら行ったで困るだろうが、上手くいかないのはもっと困る。見込み無しとみなされて出資金の回収に回られてもイヤだ。

「でも、良い兆しはいろいろあるよ。貴族学院の教員の一人のジャンヌさんって人が興味を持ってくれて出資したいと言ってくれているし。」
「……ジャンヌが。」

 少しばかり驚いた表情でマリーが呟く。

「もしかして、マリーの知り合い?」
「まあ、そんなところですね。……別に親友とかそういうわけではありませんが。」

 なんとも意外なところで意外なつながりがあったりするものだな。

「とにかく、追加の出資をかき集めて通信線を増やしたいね。少なくともこの王都と周辺の貴族領に展開できれば今までのようにリュシオール伯爵領の中だけでやるのに比べてはるかに高い相乗効果が得られるだろうしね。」
「そうですか。でしたら私の方でも貴族以外の方を当たってみようと思います。もしかしたら興味を持つ商人がいるかもしれません。」
「そう?それじゃあお願い。無理だけはしないでね。」
「ええ。かしこまりました。」
「ありがとう。マリー。それじゃあ。」
「ええ。それではまた。」

 というわけで、会議はつつがなく終わり解散と相成った。さて、こっちは何をしようか。どこかに営業でもかけて顧客獲得にでも動こうか。

 そんなことを、考えてながら街をブラついていると、思いがけない出会いがあった。

「おお、アルフォンス。奇遇じゃの。街ブラか?」
「ええ。そんなところです。ジャンヌ先生。先生も散策ですか?」
「わしもそんなところじゃな。」

 噂をすれば影だな。ここでジャンヌと会うとは思わなんだ。

「ところでアルフォンス。お主この後予定は空いているかの?」

 おや、デートのお誘いか?なんてな。

「空いていますが……何のご用事でしょうか?」
「うむ。少しばかり手伝って欲しいことがあっての。なに、小一時間ほどじゃ。頼まれてくれるか?」
「ええ。お安い御用ですよ。ジャンヌ先生。」
「おありがたいの。では早速目的地に案内して進ぜよう。」

 かくして、俺はジャンヌとデートをすることになった。やったね。

「あ、言っておくが逢引きでは無いからの。勘違いするでないぞ!!」

 アハハ。見透かされてら。

--------

「散らかっておるが気にしないでくれ。すまんの。」

 ジャンヌはそう言うが、小奇麗にしている部屋であった。大型の本棚には所狭しと魔導書と思しき書籍がズラリと並べられ、執務に使っていると見た机の上には書類の束がいくつか置かれていた。また、何かしらの機材が作業に使ってるであろう長テーブルの上に整然と並べられており、手入れがよく行き届いているのが見て取れる。

「いえ、十分綺麗ですよ、先生。」
「そりゃどうも。少し前に片付けたかいがあるの。」

 この部屋がもっと散らかっているというのは、あまり想像できないな。ジャンヌは元々はそういう気が付くと散らかっているタイプなのだろうか?

「さて、お主にやってほしいのはな、魔法薬造りの手伝いじゃ。いつも手伝ってくれていたツレが今日は都合が付かなくての。来てくれて助かったぞ。」
「いえ、先生にはいつも助けられていますから。で、その作業と言うのは?」
「この茸を刻んて欲しいのじゃ。量があるからの。一人でやるのは大変でな。」

 そう言ってジャンヌは籠に山盛りになった茸……俺が以前冒険者ギルドの依頼で採ってきたフェン茸を棚から取り出して来た。こんなところで再会を果たすとはな。

「さ、楽しい作業開始じゃ!」

 長テーブルにナイフとまな板が置かれ、作業準備が整えられた。早速俺はその前で椅子に腰かけて、一つ茸を掴み、みじん切り程度に刻み始めた。

「細かさはそんなもんでよいぞ。ではわしも。」

 ジャンヌは俺のすぐ隣に座って作業を始めた。手慣れているのかかなり手早く作業を進めていて次々と茸がみじん切りになっていった。

「ところでジャンヌ先生、これ何に使うんですか?魔法薬とさっきは言ってましたが。」
「まあ、使用目的は色々あるんじゃがな。一番の用途は触媒じゃな。これから抽出した成分から作ったインクで魔方陣書いたりするんじゃ。」
「この茸にそんな目的が。」
「あとは塗料や染料じゃな。フェン茸から作れるモノは火属性の魔法に耐性を付けられるのじゃ。あと普通の炎にもの。」

 色々使えるんだな。だからギルドでも安定的に買い取りが出来るってわけか。需要もありそうなことだしな。

「食べたりはしないんですね。とてもじゃないですが食える色はしてませんが。」
「そうじゃな。食っても大して美味くないしの。それに食ったら腹を壊すぞ。前に小腹が空いたときにスライスして焼いて食べてみたら酷い目にあったわ。」

 ジャンヌは結構年齢差し引いてもしっかりした人だとは思っていたが……そんなおっちょこちょいな事をしていたとは知らなんだ。というかやっぱりフェン茸は食えないのか。

「よく死にませんでしたね……。」
「いやあ、あとで知った事じゃが別に死ぬような毒では無かったからの。だからと言ってお主は食うなよ?」
「その話を聞いた後では食いませんよ……。」
「それもそうじゃな。」

 くすくすとジャンヌは笑う。笑い方だけは年相応のようで何だか安心する。別にいつもの喋り方が不安という訳では無いのだが。

 色々と駄弁りながら作業を進めて、ひとまずは茸を刻み終えた。

「うむ。この感じであれば十分に使えるの。アルフォンス、おかげで助かったぞ。」
「礼には及びません。先生。あとはやることあります?」
「うーむ。後はいつもわし一人でやっていたことなのじゃが……せっかくだから抽出作業も見ていくか?」
「ええ。ではお言葉に甘えて。」

 どんなことをやって魔法薬を作るのかを見せて貰う。あんまり無い機会だしそうさせてもらうのが良いだろう。

 ジャンヌはパチンと指を鳴らした。すると、レンガ造りのかまどが壁からせり出して来た。なんともハイテクである。

「まずは刻んだ茸を煮込んでいくわけじゃな。それ、大鍋に水と茸を入れて、と。」

 いそいそと大鍋をかまどにかけて、ひょいとジャンヌが指を振るとかまどに火が入った。

 いやはやこれはすごいな。気軽にやっているがさっきから高等技術であろう無詠唱をまるでなんてことのないようにやっている。

「このまま30分ほど煮込む。それで有効成分が出てくるというわけじゃな。」

 こういうところは普通の薬づくりみたいだな。前世で薬づくりなんてやったこと無いから全く解らないけれど。

「煮込み終わるまでは何にもすることは無いからの。雑談と洒落込もうか。今お茶でも出してやるから待ってると良い。」
「ありがとうございます。先生。」

 ポットを火にかけてティーセットを出し、お茶の準備をする。先ほどとは違いなぜかジャンヌは魔術を使ってはいないようだ。

「お茶を淹れるのに魔術は使わないんですね。魔術を使わない方が美味しいとかあったりするのでしょうか?」
「いや、前に魔術で熱湯を出して試したときは大して味は変わらなかった。しかし、折角お客さんに出すんじゃからこの方が良いかと思ってな。それに何でもかんでも魔術を使えば良いという物でもないしの。」
「そういうものなんですか?」
「わしの勝手な考えじゃな。つい便利な物に頼ってばかりだと横着を覚えてしまいそうでな。」

 この世界でもそんな考えがあるのか。前世世界では科学技術に頼ってばかりだと何だとか言われることがあったりしたが、魔術でもおんなじことを言うなんて人間のやることや考えなんて魔術のあるなしではそう変わる物では無いのだな。

「最も、ポットなり、かまどなり、便利な物を使いながら言っても説得力ないかもしれんがの。」
「いえ、解りますよ。先生。」
「そうか。で、お茶が入ったぞ。それ。」

 ジャンヌは俺の前にティーカップを出した。紅茶の良い香りがする。これはかなり良い茶葉を使っているのだろう。前世ではコーヒー派だった俺でも良いと解る。そんな香りだ。

「いただきます。」

 紅茶を口に含んでみる。すると芳醇な香りが広がり、ふくよかな旨みと共にのどを潤した。

「美味しいです。先生。」
「それは良かった。もらい物の茶葉だったんじゃがの。喜んでもらえて何よりじゃ。」
「もらい物、ですか。」
「うむ。エスカーダ伯爵殿からマティアスのことで挨拶と言ってな。伯爵殿は学院の理事もしているからか、律儀に届けてくれたのじゃ。」
「マティアス……。」

 あいつの親父か……。野郎の親だけど性格どんなもんなんだろうか?

「あやつはお主によくつっかかっていたな。……まぁ、仲良くしてくれなんて言わないがわしからのお願いじゃ。どうか多めに見てやって欲しい。次期当主という事もあって気負っているようでな。あんなんでも……わしの幼馴染みでもあるからの……。」

 さすがにこっちの中身はいい大人だ。同年代だったらどうだったかは解らないが、目くじら立てるつもりは毛頭ない。分別つかない子供じゃないんだから許さない事がカッコいいとか正しいとかやるわきゃない。文字通り子供のやってることだし、悪さでもないんだから。

 というか、ジャンヌとマティアスは幼馴染みだったのか。意外といえば意外だな。年齢近そうだからありえなくはないと言われればそうであるが。

「まぁ、どうしても目に余るならいつでもわしに言って欲しい。その時はコッテリ絞っておくからの。」
「ありがとうございます。けど、生徒同士のイザコザは自分たちで解決しますよ。」

 マティアスもいずれ落ち着いてくるだろうしな。これから勉学が忙しくなればそんないちいち突っかかる余裕も無くなるだろ。

「それは頼もしいのう。頼ってくれる方が嬉しいと言えば嬉しいのじゃがな。まあ、あれじゃな。あやつの事に限らず困った事があればいつでも相談しても良いのじゃからな?……と、そろそろ頃合いじゃな。」

 そう言うと、ジャンヌは席を立ち、かまどにかけられていたフェン茸を煮込んでいる鍋の様子をうかがった。

「うむ。良い塩梅じゃ。あとはこれを濾して液体だけ取り出す。取り出した液体は瓶に詰めておいておく。しばらく寝かせていておけば成分が分離して沈むからそれを取り出して完成という訳じゃ。」
「瓶詰、手伝いますか?」
「いや、その必要は無い。一旦このまま冷ます必要があるからの。そのまま入れると割れることがあるのじゃ。量が量じゃ。時間もかかるしそこまで付き合う必要は無いでな。」

 それじゃあ、これで作業は終わりか。

「では、そろそろお暇させて頂きます。先生。今日はありがとうございました。」
「礼を言うのはわしのほうじゃな。ありがとう。アルフォンス。」
「ええ。それでは先生、ごきげんよう。また学院で。」
「うむ。帰り道気を付けてな。」

 別れの挨拶を交わした俺は、一つ、お辞儀をしてからジャンヌの部屋を後にした。

 それにしても、思いがけない収穫だった。まさか間近で魔法薬造りを見られるとはな。見た感じ俺の理解の及ばない事をやっていたわけではなさそうだったが、思い込みは禁物という物。しっかりと見極めなければ。

 それはさておき、休み明けからはまた授業と社長業に明け暮れる日々だ。早めに帰って準備をすることにしよう。みんなそれぞれ頑張っている。頑張ってくれている。であるなら俺も、だ。

 近々出資説明会でもまた開いてみることにしてみよう。
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