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僕らの配信は
#195:配信の覚悟 - side 時生
しおりを挟む神楽玲央を初めて目にしたのは、パワレコ以来だ。当時と同じように黒いマスクをしていたもののマスク以外は、黒いTシャツ、襟足の伸びた黒髪、右耳にだけ光る小さなピアス、赤いカラコンを入れた瞳が真っすぐ前を向いている。ウェブカメがあるのだろう。
「これって…」
VCの向こう側から群錠が口を開いた。
『少し前にメン限でやったやつだと思う。知らんけど。だけど敢えて一部分だけを動画化して、ついさっきネットに上がったらしい。トレンドになってる』
「そうなんだ」
動画を再生すると、画面いっぱいに実写で映る神楽玲央はポツポツと語り出した。
―『えっとオレが何を言ってるか、ワケ分かんねぇかもしれないけど、オレは許されないことをした。正直、今までずっとやってきたことを、オレ自身が台無しにしたことは間違いなくて。色んな人に迷惑を掛けてしまいました』
殊勝な態度で彼は言葉を切ると、一度、深く頭を下げた。
―『オレは何をやっても続かない。仕事とか普通にムリで、センスがねぇんだ。唯一続いたのが歌うこと、ゲームをすること。それだけ。皆が歌を褒めてくれたり、ゲーム実況で楽しんでくれたり、配信活動だけがオレの生き甲斐なんだ。だけどオレにも目標としていたことがあって、いつかコラボしたいと思ってた。それがウィンタースターだった』
淡々と語る神楽玲央の言葉から、ウィンタースターの名を耳にするとは思わなかった。僕は思わず「えっ…」と言葉が洩れた。
―『正直とあるプロゲーミングチームの事務所と揉める気もなかったんだけど、ていうか喧嘩を売る気も全然なかった。けどオレが全く話を聞く態度じゃなかったし、オレの未熟で至らない悪い面が収まりつかなくて自分自身を見失ってた。だから全部を終えたあとで、あとから全部を知って、ようやく知って、しばらく言葉が出なかった。マジで出なかった。だから本当にオレが、全部悪い。本当にすみませんでした』
神楽玲央は、再び深く頭を下げた。
―『オレは今、また一人になって、何を失ったのか、もう分かってはいるんですけど、重々分かってはいるんだけど、もう一度やり直したいと思っています。信頼とか信用とか取り戻すのは難しいかもしれない。でもまた皆に認めてもらえるように、ここから再出発したいと考えています。なので、新しいオレは半顔出しで配信の覚悟をもって再スタートしたいと思います。よろしくお願いします』
三度、また深く頭を下げると、画面はフェードアウトした。
動画のサムネイルには〈誠くんチャンネル始動。登録よろしくお願いします!〉と記載されていた。
『企業名とか一切言わない感じ、多分新たに火種起こさないように言わなかったんだろうな。にしても新しいユーザーネームは漢字一文字で、誠って。よりにもよって、何で誠なのか』
呟くように群錠の言葉がVCから聞こえた。
「本名からだと思います。確か、糸重誠が本名になるって相馬から、あ、僕の元編集担当がそう言ってたから」
『マジかよ。糸重誠が本名なのかよ!』
初めて知ることだったのか群錠は名前を復唱すると『おい。もう10万以上が登録してる。ヤバすぎだろ!』と声を上げた。
らふTVで新たに作られた糸重誠のチャンネルアカウントは、過去に行われたライブ配信のアーカイブが数本あるものの、5分くらいの短い投稿動画1本目にして既に最新投稿ランキング7位という人気コンテンツとして表示されている。レクシアズで契約解除になる前は、100万以上の登録者数がいたから、一部のファンが糸重誠を追い掛けて再び応援するため登録が殺到しているのだろう。
『で。どうするよ。ウィンタースターくん?』
急に問われた。
「え?」
『え、じゃなくて。転生して本名で活動開始した糸重誠がコラボしたいって言ってるんだ。今の波に乗ったら登録者数、伸ばせるんじゃね?』
相馬みたいなことを言われた。確かに、SNSのトレンドで話題になっている今、コラボに応じたらまた凄い話題にはなるだろうが――。
「ど、どうするって言われても」
ふざけた態度なら心にもないだろうと決めつけられるが、糸重誠の言葉には本音で語っていたようにも聞こえた。ただし前のめりで喜ぶには少し微妙である。
「僕はやりたいことがあるんで、ひとまず遠慮しておきます」
『やりたいことって?』
「あ、まずは、あつれきくんと約束したコラボをやります」
『あーワイズの配信者か。で、その次は?』
「え。えーと、あ、そうそうリスナーさんにタイデスのタクティカルで配信することを言ったので、雑談込みのタクティカル配信を明日します」
『そういや、お気持ちで予告してたな。でも、新しいアップデードが入って、もうランク外じゃん。お気持ちで高ランク帯でやるとかいう話をしてなかったか?』
タイレルデスゲームの開発会社が、ごく最近、ゲームのアップデートを行ったのだ。今まで強かったキャラクターが弱くなり、弱かったキャラクターが強くなり、しかも必殺技のダメージが時に大きかったり小さくなったりと可変するようになった。最弱化というナーフと、強化というバフが同時に入り、タイデスのユーザー間では阿鼻叫喚する出来事であった。
しかもゲームの仕様が代わり、殆ど変わらないレベル別に表示された総合ランキングの順位が、24時間のポイント順位に変更されて大きくトップ100位のユーザー名がガラリと変わったのだ。
つまり頻繁にゲームへアクセスして遊んでるユーザーの中でランクが高い順に表示されるようになった為、僕の順位はゼロポイントの今、最下位だ。
「まぁ高ランクじゃなくても、別に良いかなって思ってます。どういう環境になったのか確かめながらゲームするのは、ちょっと初見配信みたいで面白いじゃないですか。人とマッチしないで動かないゲーム画面を見つめながらやるよりかはマシかな」
『ふーん。レベルは特に気にしてないのか。ま、ぶっちゃけタイデスはヘイトの多いゲームで疲れるし、本当は好きじゃないんだけどさ。冬くんだってヘイトは好きじゃないだろ?』
「あ、はい。そうですね」
『でもタイデスのオープンチャットはヘイトだらけなのに、どうやって他のユーザーと声を交わしながら世界ランカーになれたんだ?』
何気ない群錠からの質問だった。僕は即座に答えた。
「チャットは閉じてプレイしてたので、自然と…その…まぁ上がった感じです」
半分、嘘である。チャットを閉じてプレイしていたのは本当だが、ゲームプレイ中にどうしたって出る苛つきを口に出さないだけでヘイトは持っていた。それに大女優、英華のことを考えると気分が悪くなる。だからストレス解消にゲームをしていたことが大半なのだ。
『そうなんだ。世界ランカーになる秘訣があるなら知りたいもんだけど』
そんな秘訣なんてない。そもそも、僕は彼女のことを激しく罵りながらゲームをプレイしていたが、もうしない。必要がない。不要となったのだ。
『ま、冬くんがヘイト吐くってのも想像付かないもんな。俺も見習わなきゃな』
VCから『俺も、ちとトイレ言ってくるわ』と聞こえて音声が途切れた。
「あ、電話!」
スマホが震えて僕は直ぐ通話に出た。
『時生くん。準備はできてる?』
誉史の穏やかな声だ。
「はい。できてます!」
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