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僕らの配信は

#194:発表前のこと - side 時生

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『今終わった。冬くん。もう準備できてるか?』

 配信がクローズとなりVCを通して僕宛に応答が飛んできた。

「あ…お疲れさま、です。僕は、もう準備、でで、できてます!」

『おい。声、震えてるぞ。大丈夫か?』

 気遣う言葉を掛けられたが、同時に笑う声も聞こえた。

「だ、大丈夫です!」

 先行、配信の終えた彼の友人――群錠さん――初のメンバー限定配信は、同時接続者数が5千人であった。予告のないゲリラ配信であったにも関わらず、瞬時集まった数としては多いようにも思える。

 少なくとも僕よりは遥かに多い同接数であった。

 次は、僕の出番である。そう思うと緊張は、今まさにピークに達しようとしている。

 マウスを握る手が震えて「すみません。群錠さん。一瞬だけトイレ行ってきます!」とだけ伝えて、VCをミュートに切り替えた。

 そうは言っても実際に用を足したくなるほどではない。何度か深呼吸をして、リラックスしたかったのだ。

「僕。ちゃんと喋れるかな…」

 思わず、溜め息が零れた。

 振り返ってみれば、つい数日前だ。

 僕は言われたのだ。

『時生くん。キングスを辞めてもらえないか?』

『え?』

 一瞬、彼――誉史――に何を言われているのか言葉を飲み込むのに、時間が掛かった。

 まさか僕に配信を辞めて欲しいという考えなのかと頭に過ったが、そうではなかった。

『俺の事務所に入らないか?』

 そうハッキリと誘われた。あまりにも突然で、びっくりして。

 ベット上で僕を後ろから抱きしめて、耳元で囁かれたから、言われた言葉が幻なんじゃないかって少し振り返って彼の目を見た。

 彼は真剣な表情で、それが冗談で言ったことではないと僕は悟った。

『本気?』

『本気だよ。フェジェスタみたいに大きなお金は出せないし、キングスほどある事務所でもない。俺の小さな個人事務所だ。本来メリットなんて何もないけど、俺は残りの人生を君と一緒に居る時間に使いたい。そのために職権乱用だって使う。離れて暮らすなんて、もう出来ない。だから俺の傍に居てくれないか?』

 それはプロポーズのようにも聞こえて、僕は言葉に詰まった。

 ぎゅっと更に強く抱き締められて、彼の唇が僕の首に吸い付いた。

『あ…誉史さ…んっ…』

 どう返そうか悩み、これは大事なことだから真剣に返さなくちゃいけないことだと思った。

『じょ…条件が、あります…』

『条件…どんな?』

『配信者を辞めないでください』

『それが条件?』

『そうです。前に、言ってたじゃないですか…僕が落ち込んでたことを母から聞いて投稿を始めたって』

『あぁ。言ったね』

『だったら続けてください。辞めたら……僕、別れます』

『え!?』

 僕は振り返って彼と向き合った。驚いた表情を浮かべた彼は、大きく目を見開いていた。僕が、大胆なことを口にするとは思わなかったのだろう。

 じっと僕を見つめて、彼が困った顔を浮かべて少しだけ笑った。

『君がそう望むなら』

『僕は配信をしてるあなたが好き。配信をしてなくても好きです。でもリスナーを振り回すことだけは止めてください』

『時生くん』

『皆、あなたのことを応援してる。僕も応援したい。だって、僕は初期からずっと、あなたを見てます。誉史さんだけを見てます。誉史さんの活動を見るのが好きなんです。お願いだから、ずっと続けてください。そうしたら、僕は、ずっとあなたを追い掛けて、配信を頑張れるから』

 自然と涙が零れた。彼の手が伸びてきて、頬を拭われて、口づけられた。

『分かったよ。俺は、辞めない』

 最後の言葉だけ彼は強めに言った。

 それからだ。僕がキングスの事務所を辞める交渉を社長にどう話すか電話する際に、彼は自ら夏河腎と直接話すと買って出て、キングスに連絡を入れた。

 多忙な夏河にアポイントメントを何とか取り付けて、僕は7階のラウンジでずっと待っていた。

 彼と夏河による6階会議室での2時間に渡る交渉の末、辿り着いた先が、何故かトレードによる移籍の話しになっていたのである。

 そして会議室から出てラウンジに僕を迎えに来た彼に、こう言われた。

『すまない。夏河さん、手強くて…交渉失敗しちゃった』

 肩を落とした彼と共に、一旦、個人事務所に帰ったが、相当に落ち込みが響いていたようで、リビングのソファの上で僕を、ぎゅうっと抱きしめてうわ言のように言葉を繰り返したのだ。

『本当にすまない。時生くん。トレードの提案を受けるしかなかったんだ。俺にもっと力があれば。本当にすまない』

『大丈夫です。トレード、全然嬉しいです。僕、がんばるから元気を出してください!』 

 と、言ったものの、そのあとで彼が電話を掛けたとき、僕にも聞こえた。彼の友人が『だっせえ! 腹痛え! あっはははははは!』と絶叫しながら笑う声をだ。

 そして発表という今日に至る。

「すみません。群錠さん。戻りました!」

 そろそろ僕のメン限の配信に近づいてきて、VCをオンにすると直ぐ声が飛んできた。

『おかえり冬くん。もうすぐ配信だけどさ、今しがたSNSで知ったんだけど別件、動画が上がってるんだ。一応見ておいた方がいいかも』

「え。動画?」

 モニターの別画面では、キングスの会議室から、ラウンジのバーカウンターに映像へ切り替わっていた。画面にはまだ彼は映っていない。動画を見るには時間はあるけれど、見ておいた方が良い動画とは一体何なのだろうか。

 VCのチャット欄に群錠からURLが飛んできた。クリックしてブラウザに映ったのは、見たことのある姿だった。

「あ、神楽くん!?」

 そこには青紫のライトで光るゲーミングルームに、実写で映る神楽玲央、本人の姿だった。

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