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ずっと避けてきたこと

#187:最低な告白 - side 時生

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 学校から帰宅したあとに配信を良く見る生活になった頃だ。

 ときどき彼がドラマ出演の話をするようになった。もちろん、パートナーである英華が出演する話で、いわゆる番宣である。けれど、そんな話をするときは、僕は聞かずに他のことをしていた。宿題とか、干してある洗濯物を取り込んで畳んだり、家の中を片付けたり、ときに彼の過去のアーカイブを見直したり。

 嫌なものを聞かずにやりくりしていたけれど、彼女の活躍が少しづつ目立ち始めた僕の中学時代には、学校の教室で耳にすることが増えた。

「おい。昨日さぁ、たまたま見たドラマにめっちゃ美人な女優出てたんだけど、英華って知ってる?」

「えいか? 誰それ?」

「あー知ってる知ってる。兄貴が何気にファンでさ、深夜ドラマでやってるやつだよな?」

「それ。犬になりなさいってやつなんだけど、超胸デカいの。昼間は地味な女だけど、深夜になるとエロい恰好になんの!」

「まじか。へぇ。そんなドラマあるんだ。てか、お前その英華ってやつのファンになったの?」

「見ればわかる。普通になるよ。つうか俺、彼女のマネージャーになりたい。羨ましすぎる!」

 「マネージャーねぇ。可愛いもんだな。兄貴は、彼女の鞄になりたいとか言ってたぞ?」

「はぁ? 何で鞄なんだよ?」

「彼女の手でいろいろ突っ込まれたーい! まさぐられたーい! って言ってた」

「お前のアニキまじ終わってる!」

 ゲラゲラと笑うクラスメートたちの下品な会話を日々耳にすることが多かった。そんな話は、やっぱり聞きたくなくて僕は小学校時代の時よりも一層、教室と保健室との行き来が増えていった。

 転機となったのは、相馬に出会ってからだ。新井相馬と、浅沂時生は、同じ「あ」から始まる苗字で前後の席で仲良くなったから、放課後にゲームで遊ぶことも増えた。一緒に、らふTVのステージを見に遊びに行き、やがてキングスに出入りするようにもなって、相馬とは随分同じ時を過ごした。

 けれど僕が――英華――彼女の事で悩む話を打ち明けたことは一度もない。女々しいと思われるのも嫌だったが、妬みや嫉妬があるなんて知られたくなかった。というより、相馬自身が時にクラスメートから好きな女優やモデルを聞かれることがあり、

「英華ってどう思う?」

 なんて質問に「え、うーん。普通かなぁ?」と適当に答えた先で、ついでに僕にも聞かれて、友人と同様の答えで返した。

 正直、そんな人の話はしたくなくて、突然に僕の中で振って湧いたストレスを、どうにか発散させたくて新作のゲームにのめりこむ様に打ち込んだ。だから日に日にランクが上がっていく数字を目にして、僕は段々と落ち着きを取り戻した。

 そのとき悟ったのだ。

 そうだ。あの人のことで、ストレスが出たらゲームすりゃ良いんだ!

 気がづいたら僕はトップを駆け抜ける世界ランカーになっていた。

 *

 ガチャンと音がした。

 すぐ目の前で、玄関の戸が開いた。

 彼だった。

「え、大丈夫かい? 時生君!」

 駆け寄って来た彼の手が伸びてきた。僕が蹲っているから心配したのだろう。

「…うっ…」

 こんな状態を彼に見せたくはなかった。何で今なのだろう。どうしてよりにもよって今日なのだろう。最悪だ。

「どうしたんだ。お腹が痛い?」

 彼からの呼びかけすらも聞いていられなかった。ズキズキとした痛みが下腹部で感じて、あまりの痛みに涙が出た。

「僕のこと…放っておい、て…そのうち…治まる…から」

「放っておけるわけないだろ。いま救急車を呼ぶから!」

「やめて。そこまでじゃない!」

 ポケットからスマホを取り出した彼の手を掴んで下ろそうとした。でも上手く掴めなくて、彼の手を弾いてスマホが床の上を滑った。

「…あ…ごめんな、さい…」

 最悪だ。最悪だ…最悪だ最悪だ最悪だ!

「大丈夫だよ。俺の方こそ君を一人にして…俺が彼女のところに行かなければ」

 やだ。あの人の話はしないで。

「でも全部片づけたから。彼女とは別れた。マンションの鍵も事務所に返してきたから」

 やだ、やだよ。それ以上、話さないで。

「俺はもう振り回されない。英華とは――」

「やめて!!!!!!!!」 

 勢いよく彼を突き飛ばした。

「と、きおくん?」

「みんな英華英華って…最悪…僕は聞きたくない。あの人なんか嫌いだ!」

「え…みんなって…え? 英華のこと、が嫌い?」

「そうだよ! 彼女のこと考えるとイライラする! 今更女性が好きだから付き合うとか、そんなのどーでも良い! 僕から大事なもの奪った人のことなんか!」

「え…でも俺は、別に彼女のことはもう愛して…いや最初から愛してないから。写真…君の小さい頃の写真を撮ったことを話しただろ。その写真でゆすられて結婚に応じただけだから」

 最悪な告白だった。そんなことを彼の口から聞きたくなかった。あの結婚披露宴なんて最初からなかったかもしれないなんて。

「なんで…なんで…!」

「元々女性しか愛せない人なんだ。だけど芸能界で生き残るには成功を掴むしかなくて。結婚は事務所に登録するための手段に過ぎなかった。離婚は軌道に乗るまでの条件で」

「最悪だ。あんな人のことなんか聞く必要なかったのに!」

「仕方ないだろ。俺は捨てられなかったんだ。君の写真を取り上げられて廃棄するって言われて」

「写真なんか別に捨てても良いじゃん!」

「良くない。君のことを忘れたくなかった。だから写真で俺は我慢して!」

「会いに来れば良いじゃん!」

「行ったよ! でも遅かったんだ! ごめん。だけどもし、あの頃に会っても君はまだ小さいし、会えば離れがたくなる」

「そんなの言いわけじゃん!」

「じゃあ、どうすりゃ良かったんだ!」

「誘拐でも何でもすれば良かったんだ! 僕はずっと好きだったのに! ずっと前から好きだったのに!」

 しゃくり上げる声を抑えることができなくて、僕は声を上げて泣いた。

 最低な告白だった。乱暴な言葉をぶつけるつもりはなかったのに、全部を吐き出さずにはいられなかった。

「時生くん…」

 彼がゆっくり近づいてきて、体ごと抱きしめられたと思った。けれど、膝裏に手が差し込まれて、ふわりと地面が遠くなった。

「すまない。俺に、意気地がなくて」

「うわぁ…え!?」

 床が遠い。あり得ない高さにバランスを崩しそうになって、思わず彼の首にしがみついた。

 もう小学生じゃない。あの頃よりも身長だって伸びたのに。いとも簡単に抱きかかえられたまま彼は玄関から外へ出た。

 彼は真っすぐに駐車場へ向かい、僕は助手席に座らせられた。

 何が起きているのか、よく分からなかった。彼は運転席に回り込むと直ぐエンジンを掛けて、こちらを向いた。

 目が合い、じっと見つめられて真剣な表情だった。 

 でも何も言わずに視線を外すと車を走らせた。ずっと無言のまま。景色は来た道を戻っていることに僕は途中から気付いた。

 彼の事務所へ逆戻り。車に揺られて、ふと足元を見た。

 靴も履いてない。僕は靴下のままだ。そのことに今ようやく気付いた。

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