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バグった距離感

#179:とんでもない発言 - side 時生

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 咄嗟だった。彼の伏せられたまぶたが、ぱっと開く。

 腕を伸ばして、ちょうど口を塞ぐように僕の掌で阻んだから、彼は驚いた顔で目を瞬いた。

「盤さん…何、しようと…してるんですか…」

 やっと絞り出した声だった。翳した僕の掌から彼は顔を反らすように少し離れてから、僕の腕ごとやんわりと掴んだ。

「何って……ダメだった?」

 穏やかに話す彼の言葉に問われて、僕は首を横に振った。

「ダメに……決まってるじゃないですか」

 彼は僕の腕を掴んだまま、ゆっくり下ろすと手首に触れた。長い指先が、僕の手首に巻き付いて、腕の内側をなぞるように肌を滑った。

「どうして?」

 上や下へ手首を這う彼の指先が肌を撫でる。ゾクゾクとした痺れと、くすぐったさの伴う感触に表現のしようのない何かを感じて息を詰めた。

「そんなの…ダメだから…ぁ…腕、離して…」

 僕の手首から彼の指先はまた移動して、今度は手の甲にスライドされた。彼の大きな掌が円を描くように、僕の手の甲でスイングした。くすぐったい。撥ね退けようと腕を引いたら、また手首を掴まれた。

 強い力だった。

「答えになってない」

「答えてるじゃん。ダメだって!」

「何がダメなの?」

「はぁ?」

「具体的に言ってくれなきゃ」

 じっと僕を見下ろして、真っすぐ見つめられて。分からなかった。

 本気で言っているのか、それとも僕をからかっているのか、どちらかなのか分からなくてイライラした。からかいなら、まだ引き返せるけれど、もし本気なら尚更ダメだ。

「僕にキスしようとしたじゃん!」

「したかった。ダメ?」

「ダメ!」

「俺のこと嫌い?」

「そんな聞き方ずる…でも…きら、嫌いじゃないからって、キスする理由にはなんないもん!」

「じゃあ、どうしたら君とキスできる?」

「はぁ? ……そんなの知らな」

「俺はしたい」

「バカじゃん。友達のすることじゃない」

「俺と君が友達?」

「違うの?」

「俺は、友達というより、君はもうかけがえのない存在だ」

 彼の言う言葉は本気の方だった。絶対ダメなのに。真剣な目が僕に降り注いで、また近づいてきたからドクドクと感じる心臓がうるさくなった。だから彼を見ないように思い切り顔を背けるしかなかった。

「時生くん」

 僕の耳元で直に吹き込むように彼が囁いた。思わず肩が跳ねてしまって声が洩れた。

「…ん…やだ」

「時生くん、こっち向いて?」

 甘く囁くような優しい声だ。

 そんな声で呼んでほしくないのに、名前を呼ばれると、またゾクゾクした。

「やだ…」

「時生くん、お願い」

 今度は切なそうに僕の名前を呼んで懇願されたけど振り向けなかった。

「いやだ」

「時生くん」

「やめて。だって盤さんには英華さんがいるじゃん!」

 彼の顔を見るのが怖かった。ガッカリしているのか、怒っているのか。イライラも、させてしまったかもしれない。とにかく知るのが怖くて僕は顔を背けたまま振り向けなかった。

「時生くん」

「できないよ。僕。嫌だから!」

「時生くん」

「尊敬できなくなるから、やめて」

「時生くん、聞いて」

「やだ!」

「頼むから聞いてくれ!」

 彼の強い言葉だった。

 瞑っていた目を反射的に開いてしまい、ゆっくりと視線を変えて、おそるおそる彼を見た。

「怒鳴って悪かった」

 視界に捉えた彼は眉を下げて僕を見ていた。

「英華は一番じゃない」

 この人は何を言っているのだろう。頭で理解しようとしたけど追いつかなくて、思わず言葉が出た。

「え…」

「俺は彼女を愛してない」

 とんでもない発言だった。

「…なに、言って…の」

「俺には昔から目の離せない子がいるんだ。隣に住んでた子供で、俺は、その子の一番でありたい…ありたかった。だから死ぬほど勉強して良い大学にも入ったのに引っ越して離れ離れになってしまった。本当はずっと傍にいたかった」

「盤さん」

「君が喜ぶと思って動画投稿を始めた。俺のことを見て欲しくて配信もやり出した。最初から見てくれてたって知った時は泣くほど嬉しかった」

「…盤…さん」

「なのに俺は安易に結婚の道を選んでしまった」

「やだ。やだ盤さん!」

「英華とは別れる。もっと早くすべきだった」

「やめて盤さん!」

 また彼の暴走だと思った。僕の声が届いてないように思えて、彼の名を叫んだのに。

「腕、離して!」

 身体を捩るように逃れたかったけど、彼の強い力に腕を引かれた。

「ごめんな。時生くん」

 彼の腕の中に僕は捕らえたまま胸を押し返しても全然ビクともしなくて、ますます強くなる力に僕の体ごと、ぎゅうっと抱きしめられた。

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