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バグった距離感

#178:昔のこと - side 時生

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 コントローラーが動作せず彼は困っているのだろうかと思った。

 TV画面を見やると先に進まない質問から、どうして答えないのかと訊ねてみれば僕に言ってないことがあるらしい。

「言ってないこと?」

「ああ」

 済まなそうな表情を浮かべて、何だか深刻そうな顔だった。悲しそうに僕を見るのは、何故だろうか。どうして、そんなに沈んだ声で言うのか不思議だった。

 けれど彼の友人に言われた言葉がある。僕は瞬時に思い出した。

― 君が配信をするのは多分良く思っていないかもしれない

― むしろ君の引退を望んでるのは盤さんの方かもな

 そんなことはないと僕は思っていたけれど、彼の表情と言い辛そうなことを察するに、余程ネガティブなことなのだろう。

 だから今、聞くことになるのはあまり良いことではない気がした。

「時生くん」

 彼が僕の名を呼んだ。だが次に言われる言葉を聞く前に、僕は彼の言葉を遮った。

「僕は、配信を辞めませんから!」

「え…あ、うん。そう、なんだ。いや知ってるけど」

 彼は少し面を喰らったような顔で、目をパチパチと瞬いた。

「あれ。反対…しなんですか?」

「俺が反対? 何で?」

「何でって…実は反対してるっていう話じゃないんですか?」

「え。全然違うけど」

 何だよ全然違うじゃん!

 急に恥ずかしくなり、僕は顔を手で覆った。

 彼の友人の言葉を鵜呑みにしたのが間違いだった。

「何、時生くん。俺が君の配信再開を反対してる話だと思った?」

「だって…その、なんとなく」

「そっか。ごめんね。全然違うんだけど。真面目な話。君に謝らなければいけないんだ」

「謝る?」

 彼は真剣な表情で、じっと見つめるように真っすぐ僕を見た。

「君に無断で写真を撮ったんだ。君をね」

「写真?」

 彼に、いつ写真を撮られたのだろうか。少し目線を上げて考えてみたが、カメラを向けられたら普通分かるだろう。だが、全然そんな視線など感じなかった。

「いつですか? 最近?」

 彼は首を真横に振った。

「いや、まだ君が小さかった頃」

「え…大昔の僕を、ですか?」

「そう。その写真。実は今もあるんだ」

「そうなんだ…えっと、スマホに?」

 直ぐ近くのテーブルには彼のスマホが置かれている。

 彼はスマホを手に伸ばして引き寄せたが、首を真横に振った。

「いや。これには入ってない。事務所の配信部屋にあるハードディスクの底にある」

 どうやら機材を貸してもらったPCの奥底に仕舞われているらしい。そう言われても僕にはどうしようもないが、どうして無断で撮った写真を持っているだけで彼が謝罪するほど気にするのだろうか。

 僕には、イマイチよく分からなかった。

 今の世の中、人が無断で写真を撮って持っていることなんて普通だと思うのだ。昔は、そうではなかったのかもしれないけれど、スマホで何でも気軽に撮れる時代だ。彼は気にしすぎているのではないかと思えた。

 彼は途切れた話を続けるように、ぽつりぽつりと語りだした。

「実は撮った写真はね、一枚だけじゃなくて、結構沢山あって。もともとは遥おばさんに君を撮って欲しいと頼まれて、小学校に入学する前後の頃の君の写真を撮影したんだ。殆どは君の家のアルバムに入ってると思う」

「あ、なるほど。母さんに」

 そういえば、僕の子供時代の写真を前に見たことがある。海や山、遊園地、お祭り、運動会など、僕の写真で埋まってるアルバムには、母と僕が結構映っていたけれど、彼が映ってる写真が凄く少ないのを覚えてる。居たはずなのに、なぜ写真が少ないのかと思ったこともあるけど、言われてみれば撮影者だったからだ。

「あー、でも僕、撮ってくれたときのこと、殆ど覚えてないや」

「大分、小さかった頃のことだからね。でも、俺は自分のプライベートな時間で、君の面倒を見ているときにも、実は無断で撮影した写真もあるんだ。一枚だけ。こんなことを聞かされても困るだろうけど、本当にすまない」

 パシャッ。

 彼は音に反応して、こちらに振り向いた。

「気にしすぎ」

「時生くん?」

 僕のスマホの中に、少し俯く彼の姿を捕らえた。カメラ目線ではない、今、僕が撮影した一枚の写真だ。

「僕も無断で撮ったから、じゃあ僕も悪い子?」

 彼は驚いたような顔をした。

「僕は、全然気にしないけどさ。でも写真は盤さんが引っ越したときに持って行ったってことだよね? 何年も経ってて、もう僕のことは忘れちゃったかなって思ってたから、正直、嬉しいな」

 ふふっと思わず笑う瞬間に、僕は腕を取られた。

「ふぁ!?」

 視界がぐるっと傾いて、視界の先に天井が見えた。でもそれは一瞬のことで、僕の目の前には、彼が覗き込むようにじっと見下ろされた。

「自分が何を言っているのか分かってるのか?」

「え…?」

 するっと彼の掌が伸びてきて、僕の右頬に触れた。優しく撫でるように彼の指先が頬に当たると、ゆっくり肌を滑って僕の唇にも触れた。彼の大きな親指の腹で確かめるように、右から左へ、左から右へ行き来した。でも指先は少し下へズレた。

 突然のことだった。顎を掴まれて少し上向きに傾けられたから。

 流れるように下りてきた彼の唇に、僕は声を出す余裕もなかった。

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