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想定外なこと

#171:群錠さんと - side 時生

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 いつもアーカイブでしか見たことのなかった彼の友人――群錠さん――にも、会うとは思わなかった。彼と並ぶと同じ身長ではなかったけど、僕よりも、ずっと背が高くて細身で、スラっとしていた。

 顔出しを全くしない白い錠剤をアイコンにした配信者だから、どういう人なのか全然思い浮かばなかった。ただ、彼とふざけた態度で良く絡む配信や投稿をしていて、話してる言葉は優しいから、穏やかで、ひょうきんな人なのかと単純に思っていた。

 実際はかすりもしないくらい違ってた。まず目が鋭い。鼻が高くて、唇は薄くて、綺麗な顔。でも黒髪の方が似合いそうなのに茶髪で、肩に付かないくらいの髪の長さがあって、後ろで一つに縛ってる。良く見たら赤い輪ゴムみたいなやつだった。正直、コンビニ前で座って煙草吸ってたらヤンキーな人に見えるかも。

 海堂選手と良い勝負ができそう、なんて言ったら怒られそうだけど。

「へぇ。ここが隠れ家なのかぁ。普通に暮らせるな。あ、このソフト俺も持ってるやつだ」

 ゲーミングルームに入った彼の友人は、物珍しそうに棚に並べられたゲームソフトのタイトルを眺めていた。気になったのか、一つ一つを引き出してはソフトの裏面に記載された文字を読んでいた。

「あの…それでテストというのは」

 古参チェックと呼ばれる独自のテストは一向に始まる気配がなかった。だから思い切って自分から話しかけてみた。

「ああ。テストね。やる必要あるか?」

「え?」

「だって君は犯人じゃない。盤さんをチートだって告白した奴じゃないだろ」

「でもさっきはするって!」

「君とサシで話すためだ。横に盤さんがいたんじゃ五月蝿うるさいだろうし聞けないからな」

 どうやらテストというのは嘘だったようだ。じっと僕を見下ろして、少し怒ったような表情だった。

「話って何ですか?」

「君は盤さんのことをどう思ってるんだ?」

 僕の質問は、質問で返されてしまった。

「え…どうって…」

「憧れてるとか、恰好良いとか、人としてとか、そういう話じゃなくて恋愛対象として見てるのか?」

「れ、ん…それは!」

 そんなことを聞かれるとは思ってもみないことだった。

 僕は、どう返そうか言葉に詰まってしまった。

「否定はしないんだな」

「あ…ぼ、僕は…」

「それとも盤さんを引退させたい?」

「え…」

 引退とは、配信者としての引退を指すのだろう。個人配信も、れこ盤もすべてを辞める。休止中の彼は、今の状態が最も一番近いかもしれない。

 彼の友人は、どうやら今この状態を憂いているようだ。

「させたくありません」

「君は引退を望んでないんだ?」

「望んでません」

「どうして?」

「どうしてって。僕は配信してるときの盤さんが好きだからです!」

 これだけは、ハッキリと言える――というか言えた自分にも内心驚いたが――自然なことなのだ。

 彼が配信をしている姿を見るだけで、ワクワクもドキドキもする。どんなアクシデントに見舞われても、楽しんで向かっていく彼の配信が面白いから。

 辞めてしまうなんて考えられないことだ。

「なるほど。じゃあ配信を再開してほしいとは思ってるんだ?」

「そりゃもちろん!」

「どうやったら戻ると思う?」

「え…それは…えっと、僕が配信に戻れたら」

「ふぅん。解決策はもう知ってるんだ。じゃあどうして君は配信に戻らないんだ?」

「あ…戻らないっていうか戻れないというか、どうしたら僕が配信に戻ってもリスナーさんたちがSNSでヘイトを書かなくなるかなって思って」

「リスナーたちの暴徒化を止められないから配信に戻るのを躊躇してるのか」

「そうです。僕は自分の配信でコメントが荒れてもリスナーさんをBANなんてしたくないんです」

「マジかよ。人が好過ぎだろ」

「でも皆仲良くして欲しいんです。盤さんや神楽くんのことで嘆いたり怒ったり、動画やSNSにヘイトを書きこまれたりしたら、きっと他の配信者さんもウンザリしてしまいます。だから単純に僕が配信に戻ることはできなくて」

「だったらメン限でやれば良いじゃん。コメントはメンバーじゃないと書き込めないようにすりゃいい」

「え?」

「でもまずその前に君のお気持ち配信をやってからだな。配信前に事務所に連絡して夏河さんに許諾取るとかして、ここでも下でも、盤さんの環境を借りたって良い。とにかく君のお気持ちを皆に話してから配信に戻れば良いんだよ。別に恥ずかしいことじゃない。それで通常配信に戻れたら、暫くは閲覧もメンバー固定での閲覧に絞って限定配信をするんだ。君の純粋なファンなら毎日やったって見てくれるだろ?」

「それは、そうだけど」

 誰でも楽しくみれるチャンネルを目指していた。だから閲覧をサブスク枠に絞って配信なんてしたことがない。一体どれくらい僕を見てくれる人がいるだろうか。普段の配信でも数百人規模の配信なのだ。

「ま。一応、君のチャンネルはもうすぐ5万人の登録者数になるよな。注目度は高いだろ。やってみて、どれほど集まるか確かめてみるのはどうなんだ?」

「…確かめて…みる…そう、ですね…」

「登録者数にこだわって、盤さんと肩を並べる配信者になるってのは正直ムリがある。今の君はまだ全然届かない。だけど続けていくことも大事だよ」

 同じことを彼にも言われた。どうしたら登録者数を上げられるか。コツコツ動画を上げて、配信を続けることだと。

「盤さんにも同じこと言われました」

「そうか。じゃあ心配してるんだな。配信者として。そりゃ良かった」

「え?」

「ここに、あいつとどれくらい一緒にいるのか知らないけど。うすうす気づいてんだろ?」

「気づくって何を?」

 彼の友人は溜め息を吐いた。

「君にメロメロなのを」

「え!」

「盤さんは君しか見てない。俺が君とサシで話すと言ったとき、怖い顔で睨まれたからな。もはや相当に重症だよ」

「でも配信者としてのアドバイスも貰ったし…」

「君の前では恰好付けて良い助言くらいはするだろ。でも内心は、どうだろうな。逆に君が配信をするのは多分良く思っていないかもしれない」

「ええ!?」

「自分以外の人間が君をチヤホヤしたり慕うようなコメントを書いて、沢山のリスナーに囲まれるのを盤さんは複雑に見るかもしれない…むしろ君の引退を望んでるのは盤さんの方かもな」

 まさか彼が僕に配信を辞めてほしいと考えているかもしれないなんて、あり得ないと思った。

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