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望んでいること

#161:名探偵のツッコミ - side 誉史

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 気まずさを感じながら、俺は群錠の後を付いていった。ベランダのガラス戸を完全に閉めてから、友人におそるおそる訊ねた。

「群錠。話って、なんだよ?」

「はぁ。隠れ家にいる筈の人間が何故ここにいるんだ?」

 低い声で詰められた。

「そんなシリアスに聞かないでくれよ。たまたまなんだ。隠れ家がさ…」

 俺は指を真上に示した。

 友人は俺の指をみて「は?」と変な声を出すから、もう一度、真上に指を突き刺した。

「だから、この真上」

「え…まさかキングスの隠れ家なのか!?」

 流石に驚愕の眼差しで、群錠はベランダから顔を少し突き出して上を見上げた。

「バカッ! 大声で言うなって!」

「はえー。灯台下暗しってやつか。引っ越したときに気付かなかったのか?」

「全然。なんか個人名の表札みたいなのが出てたけど、夏河さんの名前じゃなかったし」

「案外、名義は別の人で押さえた部屋なのかもな。それで、なんで隠れ家からお前の部屋に?」

 上を見上げていた友人は、俺に視線を戻した。

「別に上にいても、下にいても同じだろ?」

「同じじゃない」

「はぁ? 何言ってんだ」

「何言ってんのはお前の方だろ。上にいるのと、下にいるのとでは全然意味が違うだろ?」

「意味が違うって」

「ここで静かに暮らしてるつもりでも、盤さんと一緒にいるってことは企画を潰した相手といるってことだ」

「冬くんが企画を潰したわけじゃない」

「お前が上にいなきゃいけない筈の人間を、ここに連れ込んでるだろ?」

「それは!」

「大方、一人でいるなんて心配だーとか言って無理やり引っ張り込んできたんじゃないか?」

 何て勘が良いのだろう。すぐに言い返そうとしたが半歩遅れた。

「違う、そういうんじゃなくて。たまたまゴミ出しのときにバッタリ会って」

「さっきの冬くん寝起きだったよな。隠れ家にも寝室くらいあるだろ。何で、ここで寝泊りしてるんだ?」

「それは、昔話して、ゲームして、時間潰してる内に寝落ちしたから」

「答えになってない。確かベッドでないと寝覚めが悪いって前に言ってたよな。ソファはあり得ないって。でも盤さんがベッド使ったら、もう一人が寝るにはちょっと狭いだろ。ベランダに来る途中で、リビングのソファに乱れはなかった。じゃあ起きたばかりの冬くんは、どこで寝てたんだ?」

 こんなところで名探偵を発揮しなくてもいいのに。いちいち答えるのが億劫に感じた。

 友人は深い溜め息を吐いた。
 
「冬くんをどうするつもりなんだ?」

「どうするって」

「配信に戻らせないのかよ?」

「戻るさ」

「いつ?」

「それは本人次第だ」

「はぁ? じゃあ聞いてくる」

「あ、おい! 群錠! ちょっと待てって!」

 戸を開けた群錠は、キッチンでジュースを飲んでいた彼に声を掛けた。

「冬くん」

「あ、群錠さん」

「君に話がある」

「話?」

「聞きたいことがあって。あ、そうだ。ついでに、できれば上の見学もしたいんだけど、チラッと覗かせてもらえる?」

「え。見学、も?」

 群錠を見上げていた彼は視線を少しずらして俺を見た。少し不安そうな表情を浮かべていた。

「悪い。キングスの選手に推しがいるんだ。群錠は根っからのファンで。悪い奴じゃないんだけど。ちょっと強引なところがあって。済まない。でも別に応じる必要はないから」

「俺は冬くんとサシで話したい」

 ほぼ同時だ。

「え?」

 彼と俺も同じ言葉が出た。

「サシでって。おい群錠!」

「二人だけで話したいことがある。真面目な話さ。抜き打ちテストだよ。前に言ったろ。古参リスナーでもアンチかもしれないって」

 それは、俺にチート行為だと濡れ衣を着せようとしたSNSでの告発者のことだ。冬珈琲チャンネルの解説動画で匿名のアカウントは直ぐ削除されたから、群錠は古参リスナーである彼の仕業ではないかと疑っていた時期がある。

「そんな前のこと、まだ気にしてたのかよ?」

「本当に純粋な古参リスナーなら、俺だけが知ってる盤さん情報の質問をしたら淀みなく答えられるのかテストしてやる。アンチなら気にしないから質問には答えられないだろうな。それに誰でもさ、理論上は古参アイコンは取得済ユーザーからアカウントごと買収したら手に入れられるからな」

「おい。犯人捜しはもう終わりって言ったよな?」

「次は誰がターゲットになるのか分からない世の中だ。だから直接、俺が確かめる。お前のチャチャが横から入るとウザいから俺と冬くんだけにしてくれ」

 苛々して言い返そうとした瞬間だった。

「分かりました。話、聞きます。テストも受けます」

 俺と群錠に割って入るように、大きな目が真っすぐ見上げた。

「それじゃ行ってくるから。まぁコーヒーでも淹れて、のんびり飲んでろよ。な?」

 2度、群錠に肩を軽く叩かれた。

 玄関に向かって歩いて行く。

 俺の横を通り過ぎようした彼の細い腕を取った。

「本当に良いのか?」

「僕は大丈夫です。すぐ戻りますから!」

 微笑んだ笑顔が、ふわりと消える。俺から視線を変えて静かに真っすぐと前を見つめて、駆け出した。

「あ。冬くん。別に慌てなくても大丈夫だよ。それより上って他に人いるの?」

「あ…いえ、誰もいないです」

「ふぅん。誰もいないのか。ちゃんと鍵、閉めてる?」

「閉めてます」

「鍵、持ってきた?」

「持ってます!」

 ポケットから、さっと取り出すと掲げるように群錠に鍵を見せた。

「OK。それじゃ、行こうか」

 玄関の扉が開かれて、友人のあとを追うように小さな背中は行ってしまった。

 普段。こんな暴挙に出るような奴ではないのに、一体どういうつもりなのだろうか。

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