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望んでいること

#160:来ちゃった♪ - side 誉史

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「来ちゃった♪」

 電話もメッセージも何も予告なく、俺の個人事務所に訪問した友人――火口賢人――と顔を突き合わせることになるとは、あまりにも突然だった。

 連続したチャイムをピンポンする奴は誰なのか、ドアスコープから覗いてみても何もみえず開けてみたら、こいつが指で塞いでいることに、俺は気付くのが遅れたのだ。

「何で…来ちゃったって、おい!」

 オートロックのマンションなのに、1階出入り口のパスワードを覚えていたのは、俺がマンションに入るタイミングで、恐らく横でちらりと覗かれていたのだろう。過去数度、来訪したことがあるだけで、しょっちゅう来ることはないから、油断した。

「連絡したらサプライズになんないだろ。配信も動画投稿もしないで部屋に閉じこもってて。お優しい俺が様子を見に来てやったんだ。鉢野さんからだって連絡来たぞ。今月は完全になくなったてな。れこ盤」

「番組は、らふTVの上の人間がそうしたんだ」

「来月から仕切り直しか。もしキングスの選手がまた出るような企画があったら今度こそ俺を呼んでくれよ?」

「あー。いや、それはなくなった」

「は?」

「夏河社長からなかったことにしてくれって。でもそれは、別件でやることができて断りが入っただけだったから」

「マジかよ。事務所からNG喰らったのか。ますます悲惨だな。もう、れこ盤はオワコンなのか!」

「まだオワコンじゃねぇし。てかSNSには書いただろ。休むって。俺の夏休み。だから放っておいてくれ!」

「はいはい。分かったから。俺がお手製の飯でも作ってヨシヨシしてやるから、とりあえず部屋に入れろよ」

「なんだヨシヨシって! そんなものいらん! 散らかってるから帰ってくれ!」

 群錠は、俺を退かすように手が伸びてきた。身長は10cmは低いのに、力が強くて思い切り押しのけられた。

「俺は一人で居たいんだ、って、おい群錠!」

「んじゃ、お邪魔しまーす」

 ずかずかと玄関を上がり、勝手知ったる部屋の奥へと友人は突き進んだ。

 俺は慌てて追いかけて、肩に手を掛けて廊下の奥の最後の扉を開ける前に阻止しようとしたら、群錠がドアノブに手を掛ける前に開いてしまった。

「あ…」

「は?」

「あ!」

 先手、寝ぼけ眼で目を擦る彼が小さな声を上げた。恐らく洗面所に向かい顔を洗うために廊下に繋がる扉を開けたのだろう。

 次に二番手、疑問を含む声を出したのは友人、群錠の声である。そして最後は俺だ。

 グギギ、と効果音でも付きそうな、それこそゆっくりとした動作で群錠が振り返ると口角を上げて、ニヤッとした。目を瞬き、俺にだけ分かる――分かりたくもない――がアイコンタクトを送った。

 オイ、コレハ、ドウイウコト、ダ?

 そんな感じに読み取れそうな言葉が聞こえてくるようで、俺は首を小刻みに振った。

 タノム、ソコニハ、クビヲ、ツッコマナイデ、クレ!

 群錠は僅かに眉間に皺を寄せると、小さく小刻みに頷いて俺を睨んだ。

 オマエ、フショウジヲ、オコスナッテ、オレ、イッタヨナ?

 この間、僅かに数秒の出来事である。なのに無言で俺を見る友人の視線が痛くて、俺は明後日の方向を向いてしまった。

「ふーん。一人で居たい、ねぇ。へぇ~?」

 最悪だ。なんて朝だ。

「あの…」

 おずおずと俺たちを伺いながら、どう言葉を掛ければ良いのか戸惑っているのだろう。

 可愛い上目遣いにクラクラしそうになるが、今は惚けている場合じゃない。

「差し詰め君は冬くん、なんだろ?」

 群錠が俺から視線を変えて、彼に向けた。群錠に見下ろされて怖いだろうに、躊躇しながらも小さな声で彼は応じた。

「はい…あ、この声…群錠さん?」

 頭を傾けるように、大きな目が群錠をじっと見上げた。

 友人は姿勢を少し屈めた。

「そうだよ。初めまして」

「あ、初めまして。いつも見てます」

「え、いつも見てくれてるの?」

「あ…ときどきですけど。大体アーカイブで追っかけてて」

「そっか。ふぅん。社交辞令でも嬉しいよ」

「え。いや、社交辞令なんかじゃなくて…あの、タイデスのタクティカルを何戦か見ました。初見から始めて1カ月で中級レベルまで上げてて本当に凄いなって思いました!」

「マジ。本当に見てくれているんだ。嬉しいな。12億の男に、そう言ってもらえるなんて凄く光栄だよ」

「あ、12億のやつは別に…」

「もっと君と話していたいけど、おじさん、ねぇ。この、おじさんに、ちょーっと話があるから、また後で話そうか」

 屈めた姿勢を戻すと、群錠は振り返って大きく顎で、こっちへ来いと俺を促した。

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