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望んでいること

#158:頑張れ俺。耐えろ俺。- side 誉史

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 正直、ドキっとした。

 彼の柔らかい手でマッサージなんて受けたら、どれほど気持ち良いか――なんて考えてしまったら、また夢で見てしまいそうである。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。

「えーと。気持ちは有難いんだけど。そんな面倒なことまで掛けたくないというか、ムリしてマッサージしなくて良いから」

 幾分、ぎこちない断りではあるが、彼に迷惑を掛けたばかりなのに性的サービスを、違う違う、善意あるサービスであっても受けるわけにはいかないだろう。だが遠回しに断りを入れたのに、俺の手を彼は手に取って、ぎゅっと握った。

「ムリしてないです。安心してください。僕。これでも上手いんです。母がイラストレーターに転向してから家で仕事することが多くなって、肩凝りが酷くなってしまったんですけど、僕が、ときどき首とか背中をマッサージして、凄く気持ち良いって褒めてくれるんです!」

 俺の手を握る彼の掌に力が籠った。真剣な表情で俺を見上げて、心配そうな目に見つめられた。

 ダメだ。もう俺の心がグラついている。きっぱりと断りを入れるのが難しい。

「偉いね。時生くん。マッサージしてあげてるんだね。そっか。プロの絵師のお墨付きとは、ゲームだけじゃなくてマッサージも上手いのか」

「だから少しでも疲れを取れたらいいなって。盤さんにも気持ち良くなってほしいから」

 その発言アウトだって。えっちな言葉の上位ワードだから。

 頑張れ俺。耐えろ俺。

 必死に理性を働かせて渾身の断りをなんとか口にする。

「いや、でもマッサージは、ほんと大丈夫だから」

 嘘である。本当は受けたい。無茶苦茶、受けたい。願ってもない提案に、むしろお金を出して受けたいくらいだ。

 財布の紐が緩んでしまうくらいには、彼の言葉に油断してしまいそうになる。なのに何故、今日に限って露出の高いTシャツに短パンの姿なのか。しかも素足だ。

 恐らく俺がトイレに行ってる間に着替えたのだろうが、先ほどまでは膝下くらいのズボンだったのに、膝上20、いや30cm、いやその間くらいなのか分からんが、丈の短さに思わず目が行ってしまう。

「でも疲れた顔してるよ?」

 俺の顔が酷い状態に見えるのは、色々な罪悪感の所為だろう。彼をここに連れて来て一緒に過ごすようになってから、実は浅い眠りしか取れていない。だからとはいえ別に、何かのテストがあるわけでもないし、大事な書類を役所に提出するようなこともないわけで。

 むしろ昔みたいに夜更かしをして一緒にゲームをする体力くらいがあれば良いと思っていたから――。

「本当にマッサージは別にいいから」

「何言ってるんですか。ゲームだって体が硬いままでやったら腰痛とか坐骨ざこつ神経痛とかで悩むことになります。それに良いパフォーマンスで、ゲームしたいでしょ?」

「それはそうだけど」

「このままじゃ良くないですから。とにかく、ここに寝てください。ほら、うつ伏せになって。ね?」

 手を引かれて、甘い言葉に誘われる。横になってはダメだと俺に問いかける自分と、疲れているのだから少し横になるだけでもと悪魔の声で囁く自分の幻聴が聞こえるような気がした。

「その…マッサージって、遥おばさんにしたみたいな首とか背中をするのかな?」

「盤さんは凄く疲れてそうだから、全身マッサージです!」

「全身…」

 マズすぎると思いながらも上目遣いに「寝てください」なんて可愛い声で言われて、俺は結局うつ伏せに寝そべることになった。

「はい。まずは背中からします。ちょっと僕の体重が少し掛かるけど、少しだけだから我慢してください」

「え。乗るの!?」

 訊ねたときには遅かった。彼がまたぐように俺の尻の上に体重を掛けたから。一瞬だけだが、柔らかい尻の感触も感じてしまい、思わず出そうになった声を殺した。

「じゃあ始めまーす。まずは背中から。僕の体重を少し掛けながら指圧しますね」

 マッサージを止めてもらおうと体を起こそうとしたが、始まった指圧に思わず息を詰めた。背中の真ん中から肩までの短い距離を深く押されて、また引き返すように背中の真ん中まで彼の指が戻る。同じ動作で繰り返されたが意外と気持ち良くて、良い感じにツボを刺激されたのだ。

「肩甲骨のところ。ちょっと硬いかなぁ。どうですか?」

 ここは、なんだ。天国か?

 可愛らしい声と心地良い指圧に、変な声が出そうになるのを何とか堪えた。

「やばい…凄く気持ちいいかも」

「あ、ほんと? 良かった。じゃあもっと気持ち良くするね?」

 気持ち良くするねって、その言葉も、結構やばい。 

「腰から背中にかけて下からぐーっと指圧します。どうですか。盤さん、気持ち良い?」

 囁くように甘く柔らかい声で問いかけられた。彼がもしASMR配信なんて始めたら、俺は毎日だって聞いていられる。いや、そんな配信は絶対にさせるべきではない。ダメだ、ダメだ。ああ、そこ凄く気持ち良い。確かに気持ち良い――のだが、他のことを考えないと、まるで如何わしい行為におぼれているようで、また俺自身が反応しかねないと思えた。

 しかし何度も強い指圧を受けている内に、どんどん頭の中が溶けていくのを感じた。

「ああ。凄く…気持ちい、い…よ…」

「良かった。じゃあ次は太ももと、ふくらはぎをマッサージしますね…盤さん……盤さん? …あ、寝ちゃった…おやすみなさい…」

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