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望んでいること

#155:黄緑色の大粒 - side 誉史

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 甘やかしたい。ただ、それだけのことだ。

「時生くん。飲み物だ。はい。お口あーんして?」

 俺の呼びかけに、小さな口が動いて舌先が見えた。赤く柔らかそうな彼の舌の上に細いストローを、そっとのせた。唇が、ゆっくり閉じられると、ちゅるちゅると飲み物が吸い上げられた。

「どうかな。アイスコーヒーのバージョン作ってみたんだけど?」

「美味しいです」

「良かった。また作れるからリクエストしてね?」

「はい。ありがとうございます」

 彼は俺にもたれかかったまま、コントローラーを持つ鮮やかな手さばきで素早く操作ボタンを連打した。

 視線だけは真っすぐテレビ画面を見つめていて、次々に上から落とされる野菜同士をぶつけては更に高得点を叩き出した。35899点。オンラインランキングで、新たに作られた彼のアカウントネーム“トッキー”は突如として月間ランキング19980点に圧倒的な大差を付けて君臨していた。

 俺が事務所で見た冬珈琲というユーザーネームではない。昼間からゲームをしてるのが知られたらSNSに切り抜かれた動画が出回り騒がれるだろうと、急遽、用意したものだ。

「凄いな。もう誰も君の得点には追い付けないね」

「そんなこと…ないです…2位の人、昨日より5千点高い得点を出してます。ユーザーの履歴をみると毎日ログインしてるみたいだから、僕がログインしてなかった数か月の間にランキング順位が塗り替えられていました」

 冬珈琲というユーザーネームで、トップにランクインしていたのを誰かが追い上げたのだろう。

「でも君は直ぐ巻き返した。始めてから2時間も経ってないのに高得点の新記録を、ずっと出してる。このやさいゲームって、やさい同士をくっ付ける単純なルールのくせに意外と難しいんだから。はい。こっちはリアルな果物だよ。時生くんも食べるだろ?」

 大きな黄緑色の大粒を一つ摘まんだ。彼の少し前に掲げてみせると、チラッと一瞬、視線だけが動いた。すぐテレビ画面に目線は戻ってしまったが、コントローラーも手放す素振りはなかった。

「あ。今やってるので、後で食べます」

「冷蔵庫から出したばかりだから冷えてて美味しいよ。はい。じゃあこれも、お口あーんして?」

「えっ。あ、あの…でも…僕…」

「ダメダメ。もっと大きく、お口を開けようね?」

 彼の口元に摘まんだ粒を持ちあげた。視界の中で見えているだろう黄緑色の大粒は、一口で食べるには少々サイズが大きい。

「ほら。時生くん。お口あーん?」

 困った表情を浮かべながら、テレビ画面と、粒と、俺に流れるような視線を感じた。

 やがて観念したのか小さな口が、おずおずと大きく口を広げてくれた。

 ゆっくり彼の口に粒を入れて、指を口から離す間際に触れてしまった。柔らかい唇に。

 閉じられた口の中で噛み締めるように、モゴモゴと咀嚼しているときだった。果汁が溢れたのだろう、1滴、口の端から零れた。顎に伝う1滴の果汁は無防備に流れを止められないまま、どんどん流れ落ちていく。コントローラーで操作に集中する彼の手は塞がっていた。

「あ。シミになっちゃう」

 俺の左手には皿がある。右手には新たな粒を摘まんでる。動かせるのは首だけだったから咄嗟に身を屈めて、顎から首に流れた果汁を、さっと舌先で舐めあげた。

「ひゃ、ぁん…あああゲームオーバー! 盤さん!」

「あ。ごめん」

「もうなんで僕の首、舐めるんですか! びっくりするじゃないですか!」

 流石に怒られたか。

「果汁が君の服に染み込みそうだったから、つい」

 両手を掲げた。俺も両手が塞がっているというアピールだ。

「べ、別に良いですから!」

「そう怒るなよ」

 まだ文句の言いそうな彼の口に、新たな粒を押し当てた。まあるい目が少し見開いて、粒を見た。

「美味しいよ。ほら、お口あーん、して?」

 先ほどよりも大きい粒だ。彼の口よりも大きなサイズだから、もっと口を広げないと入らないだろう。

 俺が彼の唇に軽く押し当てた大粒は、小さな唇が少しずつ開いていくのを待った。粒を受け入れるように広げられてゆく赤い唇は、やがて飲み込むように果肉が吸い込まれた。

「ん…」

「美味しい?」

 頬張った果肉でいっぱいにした彼の口は応答できないのだろう。こくこくと頷いて、がんばってモゴモゴと噛み砕いている。

「まだあるよ。食べる?」

 ふわふわの髪が左右に揺れた。上目遣いで俺を見つめる大きな目が、もう粒はいらないと訴えているようだった。

「シャインマスカットだよ。ほんとにいらない?」

「…僕…なんか、餌付えづけ…されてるみたい」

「されてるみたいじゃなくて、してるんだよ?」

「なっ…ば、盤さん!」

 口を開けた瞬間に、もう一つ放りこんだ。

「んん!?」

「今より丸々と太ったら美味しそうだ」

 ぱちぱちと瞬きした目が更に見開いた。零れ落ちそうな彼の目は、見つめれば見つめるほど吸い込まれそうに美しかった。

「冗談だって」

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