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甘い時間、甘い日々
#151:もう僕は戻れない - side 時生
しおりを挟む「コラボ…」
「そう、俺とのコラボ」
「……コラボは…」
「時生くん?」
彼が顔を近づけて「なんて?」と聞き返された。すぐに応答できなかったからだ。
「…タイデス…でも先輩がもう」
既に春先、れこ盤のゲスト出演を果たした宮田に先を越されたのだ。悔しい思いをしながら番組を見ることになったから途中で見るのがつらかった。僕は悔しくて先輩にすら嫉妬した。
「ああ、宮田先輩にオースを教えてもらったときのか。そっか。世界ランカーだもんな。君も」
「本当はプロを断らなければ夏河社長に推薦を受けて、僕が…その…出られるはずだった」
「え。そうなんだ!」
「でも、その話はなくなって…ストリーマーになったあとで共演の話を知ったから…もう遅くて」
「遅くはないさ。少し遠回りにはなるかもしれないけど、プロを断って、ストリーマーになれば俺といずれはゲームのコラボができると思ってたんだろう?」
昨日、僕が言ったことだ。恥ずかしいことをぶり返されて、思わず下を向いた。
優しい声で指摘されるのが、今はつらかった。
「もう僕のことは放っておいて」
「放っておけないよ。コラボはちゃんと実現させるから」
「なに言ってるの?」
「オースでもタクティカルでも」
「そんなのできるわけないじゃん!」
「できるよ」
「ムリだよ。曲潰したの…原因、僕じゃん。なのに盤さんとコラボなんて実現するわけない!」
「曲は君の所為じゃないし、コラボは必ず実現させるから」
「それにもしコラボなんてやったら、盤さんにまたヘイトが来ちゃうじゃん!」
「別に構わない。俺は一緒に遊びたい人とやる。見たくないやつは見なきゃ良い」
「ダメだよ。番組失うことになったらどうするの!」
「あんなの失ってもいいさ」
「え…」
「当日に誰がゲストなのかを聞かされる番組なんて、いっそなくてもいい」
「そんなこと…言わないで…」
「君に約束するから」
彼の腕の強さが増して、ぎゅうっと抱きしめられて僕は息が上がった。身体を捩ろうとしてみても、腕を振り解くこともムリだった。
「離して」
「だめ」
「放っておいて」
「放っておけない」
「僕の事なんかどうでもいい!」
「どうでも良くない」
「コラボなんていらないから!」
「必ずするから」
「やんなくて良い!」
「約束する」
「そんな約束…」
僕は項垂れた。何を言っても彼に優しい声で返されてしまうから。
どう言えばいいのか、もう分からなかった。ぐちゃぐちゃな頭の中で、どうしたら長い間やってきた番組を簡単に捨てるなんていう選択肢を無くせるのか、止められる言葉が思いつかなかった。
「前に君の手を取って見たことがあったよね?」
「え?」
僕のお腹に巻き付いた両腕の一つが解かれた。彼は僕の手首を取ると、じっと掌を見つめた。
「ゲームをするには凄く綺麗な手だね」
「盤さん…」
「ほらタコがどこにもない」
そういって僕の指を一本一本辿るように彼の指先がなぞった。
あまりにもソフトで、柔らかく彼の指先が僕の指の間を滑るから、僕は息を詰めた。
「長時間やる手じゃない。でもいっぱい練習してきた手なんだろ?」
彼の指先が僕の手の甲をやさしく撫でた。瞬間、胸が高鳴って身体が反射的に跳ねた。
「んっ…」
「時生くん?」
「…やり、ます」
「え、やるって…?」
「やるから…ゲーム…」
「やるの?」
何度も僕は頷いた。彼の撫でる指先から逃れたくて、咄嗟に出た言葉だった。
彼に指でやさしく撫でられたとき、変な声が出そうになったのだ。こんなことで感じてしまいそうになって、気づかれたくなかった。
僕から彼は離れるとソファから降りて、テーブルの下から箱を引っ張り出した。中からポータブル用のゲーム機を取り出すと、コントローラーを外してタブレット本体をテーブル上に立てた。
「それじゃあ、はい。コントローラー」
彼にコントローラーを手渡された。細長いニンドーの赤いコントローラーだった。
テレビ画面の中でくるくるとゲームソフトたちが右から左へ流れていく。
彼は一つのゲームを選んでいた。
「君とやったことのないスローライフ系のゲームでもしようか。俺はタブレットでやるから時生くんは大きい画面でやると良いよ」
ぼんやり見ていた。気を使われて大きなテレビ画面でゲームをすることになっても「はい」と返事を一つ返すだけ。
スローライフなんてゴールのないゲームなのに。魚釣り、虫取り、素材集め、農作物を育てて、家づくり。彼と一緒にゲームの中で住まうのだ。
「俺の方はもう押したから時生くんの番だ。そっちのコントローラーもスタートボタンを押してくれる?」
始めたら終わりがない。もう引き返すという選択肢はない。
僕は、完全に“戻る”という言葉を伝える手段を失った。
甘えちゃいけないのに、彼が最初に出した提案に乗って甘えるしかなくて。
僕はスタートボタンを押した。
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