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甘い時間、甘い日々

#147:聞きたいこと - side 時生

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「…聞きたいこと?」

 結局、僕は浮いた腰を椅子に座ることになった。彼の手は、まだ僕の手首を握ったまま。

「俺の配信は、いや。俺のチャンネルは、いつから見てくれてたのか知りたいんだ」

「え。見始めたとき?」

 彼は軽く頷いた。真剣な顔だ。

 意外な質問すぎて、思わず拍子抜けしそうになったが―――そんなことが彼にとって重要なのだろうか。

「えーと。最初」

「え、最初って?」

「だから最初に、らふTVで動画投稿を始めたときの1投目。1回目の投稿のときから」

「1回目の投稿のときから見てるってこと?」

「うん」

「え、うそだろ」

 予想外だったのか、目を丸くして信じられないような顔をした。凄い驚かれている。

「嘘、じゃないけど…」

「いや、ごめん。でも、じゃあ何で教えてくれなかったの?」

「教える?」

「時生くんから見てますってコメント待ってたんだけど」

「あ…でも、そういえば僕、一瞬だけコメントしたことある」

「え。してくれてたの!」

「本名で登録とか母さんにダメって言われてたし。盤さんは、れこばんっていうユーザー名だったから本当の名前で名指しなんて出来ないから。だから適当に作ったアカウントで、いつも見てます面白いですって書きました」

「冬珈琲っていうアカウント名じゃなくて?」

「違う。小学生の時は『えいと』初めて動画を見たとき、ずっと見ててコメントを書くときにアカウントを作ることになって、本名はダメだし、どういう名前が良いのか母さんにどうしたらいいか聞いたら、ちょうど時間を見たら夜8時だったから。エイトはどうかって。だから」

「そっか。エイトか。でもエイトで、ずっと使わなかったんだ?」

「僕がポカをしたからなんです」

「ポカ?」

「パスワードが分からなくなって」

「ああ、それで作り直したのか」

「初めてのライブ配信のときです。盤さんが有料会員でしか手に入らない最初のサブスクの話を紹介し始めたとき、母さんに頼んで急いでアカウントを取得してサブスクも取ったんです。だけど急いで取ったから名前は未設定のままで、コメント欄には僕の名前は数字の羅列だけが流れてしまって」

 今でこそ――誰々さんがサブスク何か月目を取得しました!――とコメント欄には流れるのだが、ライブ配信の始まった当時は――000000はサブスクを取得――という簡素な通知が自動で流れる仕組みだったのだ。

「あー…そういえば初めてサブスクを貰ったとき何件か数字だけのアカウント名が流れたな…その中の一人が時生くんだったのか」

「だから僕、それが何か恥ずかしくて何もコメント打てなかったし、あとでユーザー名を書き換えたときも、日本語で前と同じユーザー名は打てなくて『えいと』と数字の8を組み合わせただけの『えいと8』になったし。冬珈琲に変えるまで、ずっとそれで見てました」

「そうだったのか…じゃあ、なんで一報がないんだ?」

 僕の手首から、彼の手が離れた。腕組みをして唸り溜め息を付いた。

「一報って?」

 聞いてはいけないような気がしたが、僕が何かをしくじっていたら嫌だと感じて訊かずにはいられなかった。

「実は昔、君のお母さん。遥おばさんに、俺が引っ越してしまったあと君が凄く落ち込んでいるから、なんとかしてあげたいって連絡をくれたことがあったんだ」

「え! 母さんから?」

 なにそれ。僕の知らないことだ。

「そうだよ。でも俺は大学の授業とか色々忙しくて、なかなか君に会いに行けなかったから。だから、らふTVでゲーム動画を上げることにしたんだ。2周目のRPGのゲームならエンディングも違うし、多分飽きずに見てもらえる。それに昔やったゲームなら、君も気づくと思ったんだ」

「気づくって…まさか…」

 彼の言いたいことが、直ぐに分かった。これまで初期に投稿してきた動画の数々は、殆どが彼とゲームして遊んだタイトルだからだ。

「でも途中からは僕とゲームしてないやつ」

「そうだよ。気分転換にアップしたフィットネスの動画とか、苦手な銃撃戦とか。あとスローライフ物のゲームとかね。それは君とはやってない。時生くんから見たよっていう返事がもらえなくて、俺、何やってるんだろうなって、やさぐれて適当に投稿し始めたんだ。でもゲームもリバイバルで出したり、新しいアップデート版とか出たからさ。昔やったゲームの新装版も投稿するようになった。君が楽しそうに見てくれているのなら、きっと遥おばさんから何か返事もあるのかなって思ってた」

「僕の母さんに?」

「遥かおばさんにチャンネルを作って初回の投稿動画をアップしたことも知らせておいたからだよ。けど特に何も連絡がなかったから、俺の投稿は面白くなかったのかなって思ってた」

「そんなことない。全部、面白かったから!」

 母に言われた。たまたま見つけたと言っていたが、彼のチャンネルを偶然見つけたのではなく、本当は僕の為に投稿してくれたことを最初から知ってたのだ。

 大事なことなのに、どうコメントを書いたら良いのか僕は迷いに迷って、色んな人が書いてることを同じようにマネして――いつも見てます面白いです――と、よくある感想を書いただけ。

「ごめんなさい。僕のことを書いたら迷惑になると思ったから」

「謝らないで。君は全然悪くないから。ちゃんと個人情報を守れて凄く偉い。よく考えてみれば俺が返事を一つ貰えないだけでバカみたいに空回りしてたんだ」

「盤さん…」

「君とまだ年賀状で、やりとりをしていた頃も君からは最近ハマッてるゲームのことが書かれてるだけだったから、益々チャンネルのことには触れてないところをみると、もう見てないんだろうなとか勝手に考えてた。女々めめしくてごめんな?」

 僕は言葉に詰まった。

 大昔に僕が送った年賀状のことは、正直あまり覚えていない。どういうゲームソフトにハマっていたのかなんて、それすら思い出せないのに。歯痒く感じた。

 だけど一つだけ分かる。本当は何を書きたかったのか、あのときに本当のことは書けなくて何か適当なことを僕は書いて彼に送ってしまったのだから。

「違うよ。チャンネルのことを書こうとはしたんだよ。でも年賀状って住所を書くじゃん。郵便局の人に、ゲームを投稿してる学生のチャンネルが、バレたらダメだと思ったから!」

 冷静に考えてみれば、大量にハガキや郵便物を取り扱う郵便局員が、一個人の年賀状一枚に目を通すことはないだろう。

 僕の幼い考えで、急遽書くことを路線変更しただけ。彼は呆れると思ったが、柔らかく笑った。

「そっか。ちゃんと、そこまで考えてくれてたんだな。あー、俺のやってきたこと、やっぱ無意味じゃなかったんだなぁ」

「え…盤さん…?」

 意外だった。僕の目の前で、彼が自分の手の甲で頬を拭う姿を見る日が来るなんて、あり得ないことだ。

 なのに、その――ポロポロと流れる涙が綺麗に思うとか、胸がぎゅっと締め付けられるような錯覚を感じるなんて思わなかった。

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