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今できること

#142:12億の男 - side 誉史

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 今日の配信は、いっそ定期雑談ではない方が良いかもしれない。

 いつもの異世界かくれんぼ実況か、新しいホラーゲームを突発的にプレイする方が良いのかもしれない。

 あるいは、昔懐かしい立方体のブロックをただ積み上げるだけの建築配信でも良いかも。景色が殆ど動かないから、見てくれるリスナーの共感が分かれるところだ。

「そもそも別に俺はデュエットの件は怒ってないのに。逆に周りが過敏に気にしてるだけじゃないか」

 自分の口から出た愚痴だった。ふと口にした言葉だが、大事なことに気が付いた。

「そうだ。過敏だよ。それを皆が気にしてるんだよ」

 直ぐにポケットからスマホを取り出して、該当人物を引き出し電話を掛けた。

 繋がらない状況なのは重々承知だ。しかし掛け続けていれば、いずれは繋がると信じたい。

 何度目かのコール音で、やっと渋い声が出てくれた。

『はい。夏河です』

「盤です。さきほど鉢野から聞きました。宮田選手が降りた件」

『ああ。その件ですか』

「それだけじゃないです」

『というと?』

「冬くんです。彼は今配信も動画投稿もしてないですよね?」

『私は特に指示はしてませんが…ゆっくり休養を取るようにとは伝えました』

「それです」

『え?』

「こういってはなんですが、俺はデュエットが販売休止になったとはいえ、別に怒ってません。自分の声で歌ってるのが中止になったことは、むしろホッとしてるんです。だから、キングスの事務所の方々に何か配慮して欲しいだなんて思ってないんです」

『盤さん』

「らふTVにも昔いらっしゃったからこそ、夏河さんは色んなことを考慮して調整しているのでしょうけど」

 通話の向こう側で小さく笑う声がした。

「夏河さん?」

『盤さんこそ気配りが上手ですね。心配してくださってありがとうございます。ですが、実際には違うんですよ』

「え?」

『宮田くんの件ですが、半分は盤さんに対する配慮でもありますが、もう半分は違う。本来は出る予定のなかった国際試合に、来月出場するので、練習時間の確保のために番組は降りることにしたんです』

「そうなんですか!」

『ええ。ちょっと最新の実績データが欲しくてね。提出を頼まれてまして』

「提出…?」

『実は海外の有名なプロゲーミングチームから入らないかってオファーが来たんです。といっても数か月前に、最初は事務所を通さず宮田くんに直接声が掛かって一度、宮田くん自身が断りました。けど冬くんがウィンタースターだと知れた途端、今度は別のプロゲーミングチームから事務局に直接、選手をトレードできないか、と交渉してきたチームがありました。宮田くんもトレードは面白いなって反応もあって』

「トレードって、野球の選手トレードみたいなこと可能なんですか?」

『まぁ選手の移籍については、いろいろやり取りを兼ねるので、場合によりけりですけどね。特に、冬くんに対しては、プロ選手じゃありませんから、いつまでの期間が契約になっているのかとか、違約金を払うから直接くれないかっていう少々乱暴な問い合わせも来てるんですよ』

「違約金を払ってまで?」

『12億の価値がある男。海外では冬くんに対する評価が、それ基準にある。タイレルの王者フェジェスタが、その金額で契約をしたいと公言しましたから、フェジェスタ以外のプロゲーミングチームも目を付けてる』

「とんでもない額ですね」

『それに一度、宮田くんに断られたチームからも、事務局宛に再度交渉を持ち掛けられました。海外に環境を置けば、もっと伸びしろが出るとも言われましよ』

 さっきから凄い話ばかりだ。先日の特別試合から、海外からの引き抜きに問い合わせが殺到しているのだろう。

「もしかして酒飲んでます?」

『まぁ飲まずにはいられませんよ。でも今話したことはオフレコですよ。配信歴10年以上。奥さんは女優さん。本当はたくさん世間には言えないこともあるでしょうに、今まで配信で暴露したこともない。そんなあなただから教えただけです』

 話してくれたのは、少なからず俺のことを信頼してのようだ。

「ありがとうございます。ついでとは言ってなんですが、一つ教えてほしいことがあります」

『何ですか?』

 酒に酔っている今、夏河を交渉するのはチャンスだと思った。

「冬くんに、どうしても会いたいのですがダメでしょうか?」

『冬くんにですか?』

「もちろん日を改めて、宮田選手にも会えたら良いのですが、俺の件で振り回してしまったので一度謝罪をしたいんです」

『ああ、なるほど。うーん。そうですね。今はいろいろ事務局も忙しくてゲストの来社は受付できないんですが、折を見てなら調整させていただきます』

「ほんとですか!」

『ええ。でも調整できるのは宮田くんだけです。冬くんについては、申し訳ありませんが会うのは遠慮していただけませんか?』

「え。何故?」

『神楽くんの契約解除と同時に、デュエット曲も販売休止になりましたよね。参加は強制でしたから交代できる状況もなく、更に私が絶対負けるなとも指示しました。だけど出ないでバックレたら良かったと愚痴を零したので』

「彼が愚痴を?」

『隠れ家に案内するときにね。普段は愚痴なんて言わないから、ストレスが大きくなったんでしょう。だから休養を取るように言ったんです。今あなたに会ったら、余計気にするでしょうから時間が必要です』

 そんなに深刻だとは思わなかった。メンタルがキツイなら尚更だろう。

「分かりました。回復したら連絡もらえませんか?」

『まぁ良いですけど…ただ今年は恐らくコラボも望めないかと思います』

「え?」

『春先に出した解説動画やライブ配信への突発的な参加は事務所に一度許諾を通さなかった事例として、冬くんには良い勉強になったと思います。ですが今回の特別試合の件に関しては、インターン先で巻き込まれたこととはいえ、結果的には勝敗のどちらに転んでも多方面に影響が出ることは必至。その中で今、冬くんに対する世間のイメージは半々に分かれています。好意的に見るユーザーもいれば、批判的なユーザーもいます。ですから盤さんと年内にコラボすることがあれば、うーん、どうでしょうね。少なくともコメント欄は再び荒れると思います』

 これは実質の共演NGの告知だ。まさか、こんなタイミングで言われるとは思ってもみなかった。

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