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今できること

#140:忘れちゃいけないこと - side 誉史

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 俺は、深呼吸をしてから順序立てて説明した。時を遡りインターン時に出会ったときのことや、俺が大勘違いを起こした新井相馬を浅沂時生と思い込んでいた経緯についてもだ。

 暫しの時間、群錠からは気の抜けた声で返事がきた。

『へぇ……まじナチュラルにバカじゃん』

 電話の向こう側で低く笑う声も聞こえた。

「バカっていうなよ」

『いや一回病院で頭診てもらえよ?』

「うるさいな。恥を忍んで、お前に掛けたんだ。真面目に聞いてくれ」

『聞いてるよ。俺はいつでも真面目に聞いてる。でも今回ばかりはアホすぎて現実にいるとは思わなかったぜ。普通、間違えるか?』

 こいつに電話したのが、そもそも間違いだったかもしれない。余程可笑しかったのか、噴き出すように笑う声が、また聞こえた。

「はぁ。じゃあ、もういいよ」

 電話を切ろうとしたときだ。『まぁ、待てよ』と呼びかける群錠から質問が飛んできた。

『相馬くんが時生くんじゃなかったことに気付けて良かったけどさ、それで肝心の時生くんには、これから会うのか?』

「できれば会いたい。だから相馬くんに時生くんへ電話を取り次いでもらおうとしたんだけど。それが一番最短だからさ」

『確かにな。それで?』

「ムリなんだよ。スマホの電源切ってるみたいで」

『電話が通じないんなら、どうするんだ?』

「相馬くんに教えて貰ったんだけど、神楽との一件で家にも事務所にもファンとか記者が来てるから、社長が避難先を提供してキングスの隠れ家にいるらしい。でも場所が分からなくて」

『へぇ。そんなとこがあるんだ!』

「感心してる場合じゃないぞ。相馬くんも隠れ家の場所は知らないんだって。隠れ家なんて一般的には公開されてない情報だろうから、結局キングスに確認してもスタッフの人は知らないかもしれない」

『スタッフが知ってるかどうかより、そもそも知ってても盤さんに冬くんを会わせることはさせないんじゃないか?』

「え?」

『えっ、じゃないよ。だって盤さんは今回の件でデュエットが、おじゃんになったから、そもそも被害者だろうが。間接的に、とはいえ、冬くんの圧倒的な勝利で試合を終わらせたわけじゃん。それで周囲が騒いで、神楽の契約解除に繋がった。となれば、キングスとは若干、微妙な立ち位置になる』

 群錠の懸念は、よく分かる。だが俺はそんなことを気にしているよりも――

「多分、今、心細いんじゃないかって思うんだ」

『え?』

「配信も動画投稿もできてない。あの子は活動できる状況じゃないんだ。俺より立場が厳しいのは、冬くん――時生くんの方だと思う」

『そうだとしても今は動くべきときじゃないと思うけどな。まずは静観して時間を置けば良いじゃないか。周囲のほとぼりが冷めた頃に会うなりすれば』

 それが出来れば良いのだが、俺は今すぐにでも会わなければならない胸騒ぎがするのだ。

 あの子の友人、相馬も心配した表情を浮かべていた。

 特にSNSで叩かれている言葉には敏感なところがあると指摘していた。表面上なんでもないように装って、かなり昔から相当気にする面があると。

『あてはあるのか?』

「ない。正直ない。今回のデュエット曲のジャケットは、絵師の遥さんていうイラストレーターで、実は時生くんの母親、遥おばさんが担当してたんだ。けど多忙で連絡が付かなくて。母親経由で時生くんに連絡は頼れそうにない。夏河さんにも直接、直談判して教えてもらいたいところだけど、望みは薄いだろうな。他に連絡の取れる手段と言えば、俺の配信に出て貰ったとき、時生くんとはVCのフレンドになったから、テキスト・メッセージでコンタクトを取るしかない」

 既にメッセージは送ってある。しかし、まだ返事は来ていない。

『ま。盤さんからのメッセージ。いつかは見ると思うよ』

 正直、俺のメッセージは、いつ読まれるのか分からない。明日かもしれないし一週間後かもしれない。

『それより今日は深夜の定期雑談やる日だろ?』

「…ああ」

『おいおい。探し回ることより、自分の配信ぐらいしっかりやれよ?』

 本音を言えば、呑気に雑談などできる余裕なんてない。今は自分のことを話すよりも、あの子のことばかりで頭がいっぱいなのだ。

「これから事務所に帰るよ。できるかどうか分からないけど」

『念のため敢えて言うけど、間違っても冬くんに対して呼びかけるような発言はやめとけよ?』

 今の俺を見透かしたように、群錠は釘を刺した。

「そんなこと」

『するだろ。連絡を取りたいからって、一個人のことを取り上げて良いわけじゃない。盤リスの中には、冬くんに対するネガティブなイメージ持ってる奴もまだいるかもしれない。デュエットが台無しになって一番悲しいのは、お前のファンと神楽のファンだ。忘れんなよ!』

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