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今できること

#139:狭まる手段、取れる手段 - side 誉史

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「この度は本当にすみませんでした。デュエット曲をあんなに頑張って練習をしていただいたのに」

 申し訳なさそうに野世宏実は謝罪を述べた。

「謝らないでください。早々プロジェクトが終了してしまいましたから、むしろ、いろいろと大変なのは、そちらですよね。大鳥も今回のことで大阪支社に呼び出されたんなら、野世さんも今とても大変でしょう。俺からも今後何かあれば、ご協力させていただきます」

「ありがとうございます! 大鳥にも、そう伝えておきますね!」

 若干、涙声で聞こえたが、電話の要件は労うためじゃない。

「えーと話は少し変わりますが、今回のプロジェクトでイラストレーターの遥さんにも一言申し上げたいのですが、パワレコで教えていただきました連絡先に繋がらなくて。なんとか取り次いでいただけないでしょうか?」

「あ、絵師の遥さんですか?」

「そうです」

「あー。確か今月からは大きな商談があるとかで、今地方に行かれているんですよね。戻りは、ちょっといつになるのか分からなくて。一応、イラストレーターさん自身の公式サイトがありますので、お問い合わせフォームから連絡するしかないかもしれません」

「そうなんですか。あの、差し出がましい相談ですみませんが、滞在先の電話やメールなど直接ご連絡を取ることは可能でしょうか?」

「滞在先はちょっと分からないですね。メールも一応はありますが、ご本人と最初に打合せをしました際、連絡は携帯電話にて直接伺うと話になって、必要書類をやり取りするときしか使わないんですよね。迷惑メールとか詐欺メールとか、商談を装う紛らわしい内容で届くこともあるそうで、基本的には携帯とかオンライン会議になるんですよ」

 分かる。物凄く。メールは必要最低限にしたい気持ちは。

「だから、ウチと商談中のときは、直接携帯のお電話で、やり取りさせていただくことが多かったのですが、一旦プロジェクトが終わると電話は通じないんですよね」

「え?」

「機内モードに切り替えているみたいで」

 俺も、よく使う手である。不要な営業電話に出ない対策として、飛行機に搭乗する際に使うスマホをオフにする機能を使い、音信不通となる手段だ。

「今回、販売中止になってしまいましたから、お詫びのご連絡をメールと、メッセージなどで送ったのですが、まだ返信がないんですよね。プライベートでは、商談先とはいえ、ちょっとした観光や取材も兼ねているらしくて、恐らく返事が来るのは2~3日か、3~4日は掛かるかなと思います。なので、お仕事に関するお話であれば、公式サイトのお問い合わせフォームから、ご連絡されるのが早いかもしれません」

 野世は、丁寧にメールアドレスと公式サイトのURLを教えてくれた。自身の業務も忙しいだろうに、元インターンの浅沂時生のことにまで取り次いでもらうのは何だか気が引けて、御礼を言ってから通話を切った。

 教えてもらった絵師宛に、早速連絡を取ってみたが返事は、もちろん即レスで返って来なかった。残した俺からのメッセージに母親も気づいてくれれば何かしら応答はある筈。

 今は待つしかない。

 いや、もう俺には待つという選択肢しかないのだろうか。

「あ…相馬くん!」

 ふとスマホに通知が届いて、新井相馬からメッセージが飛んできた。

【まだトッキーも社長も繋がらないです。事務局にも電話したけど回線パンク中なのか全然繋がらなくて。お役に立てず申し訳ないです!】

 まだ元編集担当も諦めていなかったようだ。申し訳ない気持ちになり直ぐ返事を返した。

【ありがとう。相馬くん。もう大丈夫だから。心配を掛けて済まない】

 そう送ろうとして送信しかけたとき、なんとなく絵師のことも知っているのではないかと思った。母親は冬珈琲の立ち絵を担当している。立ち絵を書いたイラストレーターのことを、配信界隈でママと呼ぶことは普通なのだが、文字通り、リアルママになるわけで、元編集担当なら同級生の母親とは面識があるのではないか。

 流石に所在までは知らないかもしれない、とも思ったが、違った。

【トッキーのお母さんは、福岡にいます。滞在先とかまでは、ちょっと分からないけど多分、絵師の仕事で月末まで戻らないそうです。少し前にトッキーから直接聞いたんで。また何か分かったら知らせますね!】

 今一番、誰よりも有能な返答だった。連絡が取れないことには変わりないが、少なくとも、あの子には母親も傍にいないということが明白である。

「どこにいるんだ。時生くん」

 キングスの事務局も不通、社長にも今は通じない。ワンダイフは既にインターン生を見限り、母親は地方に滞在。

 もはや手立てがない。連絡を取りたいだけなのに、どこにいるかすらも分からないのでは探しようもない。今まさに、状況的にタイミングが悪すぎる気がした。騒動が起きる前に、いや特別試合など起きる前から俺が気づいていれば、こんな事態すら起きなかったかもしれない。

「どうすりゃいいんだ…」

 深刻に考えすぎるのもよくないだろう。かといって放置すりゃ自然と時間が解決してくれる、ようにも思えなくて。

 俺は気持ちを切り替えるために両頬を叩いて、連絡先一覧から、いつもの名前を引き出した。

 待つことなく相手は通話に出てくれた。悠長に雑談してる場合じゃないので今回は俺の方から先に言葉を掛けた。

「聞いてくれ。まずいことになった。あの子じゃなかったんだ。俺が思ってた時生くんは時生くんじゃなくて、相馬くんは相馬くんだったんだよ!」

 聞こえてきたのは、ゆっくりと吐き出された溜め息。そして返ってきた言葉には長い吸い込みと共に困惑が含まれていた。

『すぅ―――――――悪ぃ。何言ってるか分かんないんだけど?』

 まったく要領の掴めない話だったようで、群錠は呆れたようだ。

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