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今できること
#138:甘えんぼな5才 - side 誉史
しおりを挟む「まさかこんなことになるなんて」
ダメもとで、VCアプリを経由して冬珈琲のアカウント宛にメッセージを送ってみた。ウィンタースターで名が広まり、今フレンド申請が殺到しているだろうから、即レスで来ないのは重々分かっている。
ほとぼりが冷めた頃に、アプリを覗けば俺からのメッセージも分かるだろう。しかし一体、それがいつ分かるのかは不明だ。
「いや待つだけじゃ、ダメだ。やれることはやって何とか連絡して」
ネット上のヘイトなど、無視すれば良い。スマホを切っているのなら、むしろ見ない選択を敢えて取る対策をしているということだ。ヘイトに煽られて海外で起きたような自死に至るなんてことはない筈。
そんなことが、ちらりと浮かんで、俺は頭を振った。
「まずい。最悪な事を考えてしまう」
しかし家にも事務所にも行けないという異常事態に、不安を抱いているだろうから、あの子は今一人きりで寂しい思いをしているだろう。
会って慰めたい。傍についていてやりたい。そう思うのは、昔のことを思い出してしまうからだ。
遥おばさんの帰りが遅くて、いつもよりも長い時間、預かっていたときだ。
俺の母親も帰宅したとき、玄関から真っすぐにベランダに出て、外を眺めていた。
「どうしたの母さん?」
「大変なの。駅からアパートに戻る途中から煙が見えて、まさか家からと思って走ってきたの。違ったけどね」
母の見ている方角を見やると少し離れた別のアパートから出火しているのが見えた。
「ほんとだ。あそこ火事になってる」
「そうでしょう。怖いわよ。こんな近くであるんだもの」
俺と母親が近くで起きた火事を見ていると、トイレから出てきた時生が、とたとたと駆け寄ってきた。
「なに見てるの?」
まだ背が小さくて、ベランダの手すりさえ届かない彼を外が見られるように俺は持ち上げた。
「あそこで火事があったんだよ」
「あ…ほんとだ」
けたたましく鳴り響く消防車が集まり、ピカピカと光る赤いライトが見えて、じっと彼は眺めていたが俺の襟元を、ぎゅっと握った。
「ママ戻って来る?」
「え。ママ? ママは戻って来るよ?」
出火するアパートから俺に視線が移り、不安そうな大きな目が揺らいでいた。
「ほんと?」
「大丈夫だよ。母さんが夕飯を作るから、今日は俺と一緒に食べよ?」
「うん」
いつも夕飯前に彼の母親が迎えに来て隣の部屋に戻るのが、いつものルーティンではあった。だが、そのときは随分と遅い時間帯のピックアップとなり、時刻にして午後10時過ぎを回ってから玄関に登場した。
遥おばさんの姿を見て安心したのか直ぐ足元に駆け寄った彼は声を上げて泣いた。
「本当にごめんなさい。成美さん!」
「あらあら、全然いいのよ。お風呂にもサクッと入れたから、あとは歯を磨いて寝るだけ。じゃあ、おやすみなさいね。時生くん」
膝を曲げて少し屈んだ母は、手を上げて声を掛けた。彼は振り返り、とたとたと拙い歩きで、また俺の足元に戻って来た。
「今日おにーちゃんと寝る!」
彼は俺の足にしがみ付いた。
「え」と俺。
「あら」と母。
「ちょっと時生!」
戸惑う母親たちの前で「さっき約束したんだもん!」と彼はダダを捏ねた。
「あー。すみません。迎えが明日になるかもと思って、今日は特別にゲームしながら俺と一緒に寝るかと風呂場で話して。つい」
「そっか。じゃあ、時生。お言葉に甘えてお泊りする?」
「する!」
「え。良いんですか?」
「実は明日も凄く早く家を出なくちゃいけなくて。朝6時には電車に乗らないといけないから」
「まぁ遥さん。そんなに早いの! 大丈夫? 体、壊さないでよ!」
「今日も本当は帰れるか分からなくて、だけど人事の方から帰ってくださいって言われて追い出されたんです。結局、仕事は終わってないので朝早く行って片づけないといけなくて」
それほどまでにシングルマザーの仕事は大変なのかと思ったが、思い返してみれば今ほど時短業務何てものは当時導入してない企業でムリして働いていたのだろう。
「そうだわ。お惣菜の残り物が余ってるから今まとめて、そっちに持ってくから。遥さん。着替えて、お風呂に入ってきちゃいなさい!」
「じゃあ俺は、明日起きたら時生くんを小学校まで送ってきます」
そうやって彼女の面倒は時に俺の母親がみて、俺は必然と息子の時生の面倒をみることが多くなった。
小学校からの帰りから、ずっと一人で過ごすことが多いからこそ、俺の部屋でゲームも勉強も時々泊ることも日常の一部だった。
甘えんぼで、よくダダを捏ねて、サイレンやカミナリなどの大きな音に震えて泣き出すこともあった。
編集担当の新井相馬のように逞しく育っていたならば、何も心配することはない。だが、相馬の言っていたようなSNSのヘイトに慎重になりすぎるところがあるなら、いろいろと気にしてストレスを抱えているだろう。
せめて一言だけでも話しをできれば良いが、どこにいるのか何も掴めないのはマズい。
「そうだ。大鳥だ。あいつに電話して取次を頼むか」
打開策ではないが、親子の連絡が付かないなら、どちらかに連絡が取れる手段を増やす手立てを思いついて直ぐ大鳥に電話した。
しかし友人もまた繋がりにくい場所にいるのか、電波が届かず掛からなかった。
仕方なくワンダイフに掛けてみる。
意外にもコール音が鳴るよりも早く相手は出てくれた。
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