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今できること

#136:遅すぎた気付き 3 - side 誉史

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「なるほど。君は偉いね。自分の事より、ちゃんと冬くんのことを考えてるんだね」

「そんなことないです。俺、もっと早くこうすれば良かったと後悔してるんです。今まで、トッキーの好きなようにゲームをするのも、配信をするのも付き合ってきたけど、いつまでも遊び相手みたいに付き合ってちゃダメだって思い知ったんです。だから俺は自分の道をちゃんと見つけなきゃいけない」

 一気に話した彼は息を付いた。

 チャンネル開設当時から寄り添って来た相棒と別れるのは辛いだろうに、真っすぐ前を見てしっかりとした話し方は既にもう大人のような風格すら感じた。俺の知らない間に、彼は成長していたのだ。あの頃に手を差し伸べてあげなければならない姿など、どこにもない。

 少し寂しさも感じたが、俺にできることがあるとすれば応援してあげることぐらいだろう。

「てか色々と俺、盤さんにも迷惑を掛けてしまい本当にすみませんでした!」

 彼は黒いキャップを外すと深々と頭を下げた。

「いやいや謝らないでくれ!」

「でも多方面に影響が出たのは事実です」

 彼は眉を下げて悲しそうな表情を浮かべた。

「何言ってるんだ。むしろ俺の方こそ助ける側なのに、何もできなかったから面目ない。それに試合だって元々は神楽が勝手に仕掛けてきたことじゃないか。君が気にすることはない。むしろ俺は、自分の下手な歌が、これ以上出回らなくて正直ホッとしてるんだ」

「盤さん」

「君に起きたことは災難としか言えない。親戚の家でゆっくりしたら、また会えるだろ?」
 
 地面を向いていた彼が顔を上げて、少しぎこちない笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。ほんと優しい方ですね。帰ってくるときには連絡します!」

「おう。頼むぞ!」

 ポンっと頭に軽く手を当てた。

「あ」

「え?」

「それよりトッキーには、いつ会います?」

「え。冬くんに?」

「はい」

「いや別に…特に会うとか予定は、うーん…ないけど」

 幾分、彼の目が見開いた。驚いたような表情で俺を見上げて、何か言いたそうに口を開いたが、ゆっくり閉じられた。

 同じ配信者同士で連絡を取り合うものだと彼は思っているのかもしれない。コラボの約束くらいはしたが、今のこのタイミングで、コラボをする選択肢は不味いだろう。ここへ来る途中、SNSに目を軽く通しただけでも、神楽や俺のリスナーらしき呟きの中には、冬珈琲とのコラボを望まない言葉も見受けられた。

 世間の非難が冷めるまで、どれくらい時間が掛かるか分からない。いつかコラボをするときが来ても、気まずい配信になるのが目に見えている。下手すりゃ数年先まで突っかかるアンチはいるだろう。やるとしたら、お気持ちや釈明は必要になるかもしれない。

 どうみても今回は、春先にプチ炎上した規模とは比べ物にならないから。俺の経験上、注目の世界ランカーであっても関わるのは当分ない。

 元編集担当に言うのは忍びないので、話題を変えることにした。

「それより少し前から気になってたんだけど、冬くんのことを何でトッキーと呼んでるんだい?」

 最後の会話の餞別せんべつにと、何気なくした質問だった。

 ザワザワとする東京駅の新幹線乗り場で、彼は目をパチパチとさせて、一瞬だけ言葉を詰まらせたが戸惑うように告げた。名前の由来を。高校時代からの友人の愛称であることを。

 今度は俺が一瞬、言葉に詰まった。

 何を言ってるんだと思ったからだ。ちゃんと理解するのに、時間を遡り彼が――浅沂――と、社内スタッフに苗字で呼ばれていたことを指摘したとき、スタッフが誤って呼んだ苗字だったのだと告げた。

 俺がそのまま誤認識したのが始まりだったのだと、ようやく理解した瞬間だった。

 暫く言葉が出なかった。

 彼、新井相馬から改めて指摘を受け、知った。相棒である冬珈琲こと浅沂時生こそ俺が長年会いたかった人物――。

 いや既に会ってはいる。初対面は、キングスの事務所に赴いて直接会ったときだ。目の前にいたのに、あんなにも近くにいたのに、初期からいてくれている古参リスナーでもあるのに、だ。

 俺は何一つ気づかなかった。むしろ――冬くん――が俺を見るときの眼差しは、単純にリスナーとして、年長の配信者としての羨望なのだと思っていた。

 コメントを残してくれたとき、そう思ったのだ。


― ★[M]FuyuCoffee:
― もともとは、いつか盤さんとゲームができたら良いなくらいに思っていました。
― ゲームが上手くなれば遊べると思っていたけれど、
― 視聴者参加型のリスナーさんたちは皆、猛者レベルの人たちばかり。
― 足を引っ張るプレイはできないと思い、沢山ゲームをやりました。


 対等になってからリスナーだと言おうとしてくれたときも、遠慮がちに言う言葉には控えめな配信者だと思った。

― じゃ…じゃあコメントは今度、機会があるときに…します
― 僕は、リスナーを辞めたりしません…ずっと、応援してます


 彼にフルーを初めてしたときも、配信者として謙遜し返した言葉だと思った。

― また遊ぼうね…わぁ盤さん! えっと、本当に、本当に恐縮です。あ、ぜひまた遊んでください!


 明確に言えば、キングスの事務所でプロの選手と交えて少し遊んだくらい。
 
「やばい。どうしよ」

 遠い日の記憶に残る「また遊ぼうな!」と俺から言葉を掛けた。あのとき、あの子は確かに言ったではないか。


― また遊ぼうね。お兄ちゃん!


 彼と一緒に遊ぶ『約束』を、俺は未だ果たすどころか守れていない。

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