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今できること

#135:遅すぎた気付き 2 - side 誉史

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「そういえば冬くんがウィンタースターっていうのは、君は知ってたの?」

 彼は目をパチパチとさせてから、不思議なものを見るような表情を浮かべて少し噴き出すように笑った。

「え。知ってるも何も、ウィンタースターっていうハンドルネームの名付け親は俺っすよ?」

「そうなんだ!」

「タイデスが初めてリリースされたのが冬だったんですけど、ウィンターって英語でトッキーが単純に名付けようとしたとき、俺がタイデスでトップスターになろうぜって言って、ウィンタースターとして名付けたんです」

「なるほどね」

 昔を振り返るように遠くを見て、彼は穏やかに話してくれた。ワンダイフのインターン就業は不採用になった、という報せを特別試合の翌日に彼の方からテキストメッセージで知ったときは、どうなるかと思ったが、全く気落ちすることなく明るい受け答えに、ホッとした。

「それにしても寂しくなるよ」

 彼は小さく笑うと「もう決めたことなんで」と、頬を掻いた。

 急な話だった。心機一転、大学を休学して今後は親戚の家で自分を見つめ直すとも伝えてくれたのだが、決断があまりにも早すぎて、引き留める間もなかった。

「冬珈琲チャンネルの編集担当も降りるとは思わなかったけど。編集ならPCあれば、どこでもできるのに」

「そう…なんですけどね。だけど俺が編集のままでいたら、キングスの事務所に迷惑を掛けちゃいますから離れた方が良いんです。炎上騒動を招いたのが冬珈琲チャンネルの編集担当だったなんて、非難が飛んだら申し訳なくて」

 彼はパワレコでの一件を気にしているのだろう。だが、試合に出ることを拒むのが難しい状況だったにせよ、キングスの代表は出場させることを止めなかったのだ。

「そこまで気にする必要はないよ。夏河社長も状況を分かってて参加させたんだから。それに非難が飛んでくることも想定して、君も冬くんも事務所が守るって言ってくれたんだろ?」

 しかし彼は軽く首を横に振った。

「でも俺は事の重大さを分かってなかったんです」

「どういうこと?」

「インターン先のワンダイフは大手企業じゃないですか。なのに迷惑を掛けてしまいました。だから他の学生宛に今後来るはずだった求人も減らすことになってしまったから」

「求人を減らした?」

 少し彼は黙ったが、進路相談の先生に呼び出されたことを打ち明けてくれた。

「ワンダイフからの求人が一旦全部引き上げられたって言われました。何か知ってるかって聞かれたけど正直な話、言えなくて。ワンダイフからは確かに何もお咎めはなかったけど、全ての求人の引き上げを大学側に要求するとか思ってもみなかったんで」

 なんてことだ。デュエットの件で恐らく煽りを食ったのだ。ワンダイフにとっては決闘試合に振り回されて、楽曲の販売停止を受ける悲劇を生んだ。むしろ被害者ではある。だが契約解除となった神楽にもはや責任は問えない。かといってインターン生、個人を訴えるのも非現実的。ならば少しでも損失の穴埋めにと、今後の学生の受け入れを見送る方針にしたのだろう。

「俺にはどうすることもできないから。これは自分を見つめ直すタイミングだなって。直ぐ夏河社長にも連絡しました。そのとき、まとめて引継ぎの話をして。てか、俺が冬珈琲の編集を続けることは絶対あとからまた問題になるんで」

「待ってくれ。問題というのは、まだ他にも何かあるのかい?」

 神楽との一件が解決をみせたのに、まだ悩ませることがあるなんて聞いてない。

 彼は、ふと見上げて苦笑いを浮かべた。

「ちょっと前の話になるんですけど、夏河社長から度々言われてたんです。なんとかプロ転向してもらえないか交渉してほしいって。あいつ一度断ってて」

「あ、冬くんのことか」

「でも社長はやっぱりプロで活躍してくれるのを、ずっと望んでて。まぁPCの貸与たいよとか機材の入れ替えにしても手厚く面倒見てるのは、そりゃプロにさせるためだよなぁって。社長は諦めてなくて、俺に再交渉をやんわり持ち掛けて気が変わるように話してもらえないかって言われてたんです」

 プレイの上手さを高く買われているから、夏河はどうしてもプロにさせたいのだろう。

「冬くんの上手さなら今からプロになっても間に合うと社長は踏んでいるんだろうね。あ、そういえばプロゲーマーって確か選手歴は割と短いよね? てことは今ぐらいのタイミングは最終交渉になるのか」

 彼は頷いた。

「ここだけの話、来年か再来年くらいには、宮田選手か海堂選手あたりは引退時期を迎えます。キングスでのプロ引退は大体20代半ばくらいになるんで」

 そうなると主力の選手が引退で退いたとき、世界ランカーのようなプレイヤーがいれば、リーダーとしても頼りになるだろう。尚更ストリーマーのままにしておくのは、恐らく夏河としては歯痒く感じている筈だ。

「事務所には色んな所からの移籍交渉を持ち掛ける話が殺到しているとも聞いたんです。違約金を払うから移籍してほしいとまで言ってるところもあるって。俺も、あいつにはもっと活躍して欲しいと思うから、キングスでプロ転向しても良いと思うし、思い切って海外に行くってのも有りだと思ったんです」

「確かに冬くんならプロになれば今より大きくキャリアも積めるだろうね」

「そうなんですよ。だから俺が編集担当のままでいるよりも、早くキングスでプロ転向して選手たちと協力し合って、事務局と連携を取った方が今後の活動もしやすくなると思うんです」

「だけど君が離れたら冬くんは寂しく感じるんじゃない?」

 彼は首を振った。

「それじゃダメなんですよ。俺といたらストリーマーとしてズルズル歩むことになると思うし、逆に俺がいることで事務局や社長とのやり取りも少し遠くなるから。だから、これから事務所と直接、話を交わすことが増えれば、またプロ転向の交渉を持ち掛けられます。トッキーの性格を考えると、まぁ押し切られたら観念してプロになる決意も固まると思うんです」

 インターンがダメになり自分を見つめ直すため大学を休学し親戚の家に行くと決めた話には、どこか急すぎて不自然にも感じたが、きっと恐らく彼の本音には相棒の将来を考えてこそ、敢えて離れるという選択肢だったようだ。

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