135 / 204
救済と決断と
#132:じゃあ、またな! - side 時生
しおりを挟む「もしもし相馬。大丈夫?」
『ようトッキー元気してるか? 今なにしてる?』
「僕は元気だよ。夏河社長が用意してくれたキングスの隠れ家で避難してるんだけど、ひとまず待機って感じかな」
『すげぇな。隠れ家があんのか!』
「うん。事務所には記者とかリスナーが凸してて、家には記者っぽい人もいるからさ」
『うわ。まじか。遥おばさんは大丈夫なのか?』
「母さんは福岡に行ってる。仕事でね。月末くらいには帰ってくる予定なんだ。もちろん心配掛けたくないからさ。隠れ家のことはもう伝えてあるし」
『そっか。じゃあトッキーは避難先に暫くはいる感じか。もう夏休みにも入るしな。長めにいるんなら着替えとかいるか?』
「それは大丈夫。キングスのリアルイベントで作られたときの服がまぁまぁあって。下着も直ぐ買って持ち込み済みだから」
噴き出すように相馬が笑った。
『ああ、感染前のイベントか! あんときの限定服! まだあったのかよ。羨ましいなぁ』
「相馬も持ってる服だよ。それより相馬の方は、どうなの?」
『え。どうって?』
「だからワンダイフやレクシアズから何か言われた?」
僕からの質問に、友人は少しだけ声を落とした。
『あー。その、ことな』
歯切れが悪い。直接の上司だった大鳥から何か言われたのだろうか。
『実はさ、大鳥さんが謝ってきた。試合前から謝罪はあったけど、レクシアズからの謝罪も大鳥さん経由で謝罪があったんだ』
「あ。謝罪。そういや僕もあったよ!」
直接の上司である大鳥から電話を通して謝罪を受けたのは、試合のあった日の翌日、月曜のことだ。
インターンの話は流れてしまい採用は見送りになったこと、ムリに特別試合に出したことを改めて謝罪をされたのだ。そして訴えると言う話もなかった。
逆に僕の方から訊ねてみたが、個人に訴訟してまで争うことはしないと言ってくれた。
『採用はなくなったけど訴えられることはないって言われたからさ。ホッとしたけど。トッキーがウィンタースターだって知らなかったみたいで、大鳥さんに君は知ってたのかって聞かれたんだ。結構長いこと、トッキーの編集担当もしてるからな。しらばっくれるのは多分通じないと思ったから、知ってるって答えた』
今思えば、きちんと大鳥に話しておけば状況は変わっていたのだろうか。想像することしかできないが、話せば別のゲームになっていたかもしれない。だが今更の話だ。考えるだけムダなのでやめた。
『大鳥さんは、そうかって言ってくれたけど、ワンダイフの人たちは負けると思っている人も多かったみたい。皆驚いてたよって言ってた。こんな状況だけどさ、驚いた人たちのクリップ映像なんかがあれば良いのにって思ったよ。俺が切り抜いて動画化してやって、チャンネル登録者数をもっと増やすんだ。トッキーが戦ってくれたんだから!』
「面白いジョークだね。でも僕、負けた方が良いんだろうなって直前まで思ってた。夏河社長に全力でやれって、訴えくらいは守るからって話になったから」
『でもサブアカウントでプレイすることもできたじゃん。有耶無耶にしないで、レベチな戦いして3試合。トータル30秒も掛からない瞬殺で試合を終わらせた。糸重に抱き込まれて参加した2人のプロ選手はむしろ可哀想だったろ。だから余計にトッキーが、ウィンタースターで出たのは、マジでエグかった。俺、まじで震えたよ!』
「あーいや、サブアカウントを使わなかったのは、たまたま勝てたのかもしれないとか、バグや操作不良とかさ、そういう指摘を受けるかもしれないじゃん?」
『だけど堂々と戦って打ち負かしてくれたときは、すげー爽快だったぜ?』
「相馬がそう言ってくれるんなら、まぁ戦った甲斐があるかな」
『またまた。謙遜すんなって!』
「謙遜なんかしてないよ。ただ、まぁ…大鳥さんに観戦試合だけでも中止にできないか伝えてみたとき応えられないって告げられたのはショックだったから。僕らに無許可で、あっちは配信までしたからムカついたってのもあるかな」
『自業自得だよな!』
「それよりインターンの仕事、結局採用見送りになっちゃったけど、これからどうする?」
『そのことなんだけどさ』
「うん」
『まぁ今は配信やっても動画投稿やっても多分やべぇと思う。ねまき猫ちゃんみたいに特別試合のときの映像を切り抜いて投稿できれば良いけど、そもそも所属事務所がアメリカで海外なんだよな』
現状レクシアズ公式が出していた特別試合のアーカイブは既に非公開となっている。試合に参加した他のプロ選手2名も、僕達も試合のことは一切、動画を上げていない。切り抜きを上げているのは、ねまき猫だけなのだ。
『切り抜き上げたら多分顰蹙を買うだろうしな。SNSもさ、よく見たら、ねまき猫ちゃんよりも今はトッキーに誹謗中傷が集中してるじゃん?』
「そう、だね…」
『ほんとマジで申し訳ねぇと思う。俺のことがなきゃ、こんなことにはならなかったんだからな』
「別に僕は大丈夫だから。誹謗中傷なんて時間が経てば減ると思うし」
『でも今は活動できないじゃん?』
「うん」
『だから俺さ。ちょっと自分を見つめ直したいっていうか』
「え?」
僕は相馬が躊躇いながら、一つ一つの言葉を丁寧に口にした話に、相槌を打つことができなくなった。
この2年半年。冬珈琲チャンネルの編集担当をやってきたが、卒業したいということだった。
今後の編集に関しては僕に電話を入れる前、夏河と事務局には引継ぎを既に依頼済み。大学には昨日、休学届を提出し、明日、親戚の家に向かうため今荷造りを進めているという。
急な話に僕が引き留める隙間はなく、相馬はこの先も活躍を楽しみにしていると告げて『じゃあ、またな!』と言葉と共に通話は切れた。
正直、よく飲み込めないまま虚しさと悲しさが同時に込み上げてきて、自分一人だけが取り残されたように感じた。
40
お気に入りに追加
50
あなたにおすすめの小説
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
好きなあいつの嫉妬がすごい
カムカム
BL
新しいクラスで新しい友達ができることを楽しみにしていたが、特に気になる存在がいた。それは幼馴染のランだった。
ランはいつもクールで落ち着いていて、どこか遠くを見ているような眼差しが印象的だった。レンとは対照的に、内向的で多くの人と打ち解けることが少なかった。しかし、レンだけは違った。ランはレンに対してだけ心を開き、笑顔を見せることが多かった。
教室に入ると、運命的にレンとランは隣同士の席になった。レンは心の中でガッツポーズをしながら、ランに話しかけた。
「ラン、おはよう!今年も一緒のクラスだね。」
ランは少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑み返した。「おはよう、レン。そうだね、今年もよろしく。」
学園と夜の街での鬼ごっこ――標的は白の皇帝――
天海みつき
BL
族の総長と副総長の恋の話。
アルビノの主人公――聖月はかつて黒いキャップを被って目元を隠しつつ、夜の街を駆け喧嘩に明け暮れ、いつしか"皇帝"と呼ばれるように。しかし、ある日突然、姿を晦ました。
その後、街では聖月は死んだという噂が蔓延していた。しかし、彼の族――Nukesは実際に遺体を見ていないと、その捜索を止めていなかった。
「どうしようかなぁ。……そぉだ。俺を見つけて御覧。そしたら捕まってあげる。これはゲームだよ。俺と君たちとの、ね」
学園と夜の街を巻き込んだ、追いかけっこが始まった。
族、学園、などと言っていますが全く知識がないため完全に想像です。何でも許せる方のみご覧下さい。
何とか完結までこぎつけました……!番外編を投稿完了しました。楽しんでいただけたら幸いです。
その溺愛は伝わりづらい!気弱なスパダリ御曹司にノンケの僕は落とされました
海野幻創
BL
人好きのする端正な顔立ちを持ち、文武両道でなんでも無難にこなせることのできた生田雅紀(いくたまさき)は、小さい頃から多くの友人に囲まれていた。
しかし他人との付き合いは広く浅くの最小限に留めるタイプで、女性とも身体だけの付き合いしかしてこなかった。
偶然出会った久世透(くぜとおる)は、嫉妬を覚えるほどのスタイルと美貌をもち、引け目を感じるほどの高学歴で、議員の孫であり大企業役員の息子だった。
御曹司であることにふさわしく、スマートに大金を使ってみせるところがありながら、生田の前では捨てられた子犬のようにおどおどして気弱な様子を見せ、そのギャップを生田は面白がっていたのだが……。
これまで他人と深くは関わってこなかったはずなのに、会うたびに違う一面を見せる久世は、いつしか生田にとって離れがたい存在となっていく。
【続編】
「その溺愛は行き場を彷徨う……気弱なスパダリ御曹司は政略結婚を回避したい」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/962473946/911896785
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる