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救済と決断と

#132:じゃあ、またな! - side 時生

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「もしもし相馬。大丈夫?」

『ようトッキー元気してるか? 今なにしてる?』

「僕は元気だよ。夏河社長が用意してくれたキングスの隠れ家で避難してるんだけど、ひとまず待機って感じかな」

『すげぇな。隠れ家があんのか!』

「うん。事務所には記者とかリスナーが凸してて、家には記者っぽい人もいるからさ」

『うわ。まじか。遥おばさんは大丈夫なのか?』

「母さんは福岡に行ってる。仕事でね。月末くらいには帰ってくる予定なんだ。もちろん心配掛けたくないからさ。隠れ家のことはもう伝えてあるし」

『そっか。じゃあトッキーは避難先に暫くはいる感じか。もう夏休みにも入るしな。長めにいるんなら着替えとかいるか?』

「それは大丈夫。キングスのリアルイベントで作られたときの服がまぁまぁあって。下着も直ぐ買って持ち込み済みだから」

 噴き出すように相馬が笑った。

『ああ、感染前のイベントか! あんときの限定服! まだあったのかよ。羨ましいなぁ』

「相馬も持ってる服だよ。それより相馬の方は、どうなの?」

『え。どうって?』

「だからワンダイフやレクシアズから何か言われた?」

 僕からの質問に、友人は少しだけ声を落とした。

『あー。その、ことな』

 歯切れが悪い。直接の上司だった大鳥から何か言われたのだろうか。

『実はさ、大鳥さんが謝ってきた。試合前から謝罪はあったけど、レクシアズからの謝罪も大鳥さん経由で謝罪があったんだ』

「あ。謝罪。そういや僕もあったよ!」

 直接の上司である大鳥から電話を通して謝罪を受けたのは、試合のあった日の翌日、月曜のことだ。

 インターンの話は流れてしまい採用は見送りになったこと、ムリに特別試合に出したことを改めて謝罪をされたのだ。そして訴えると言う話もなかった。

 逆に僕の方から訊ねてみたが、個人に訴訟してまで争うことはしないと言ってくれた。

『採用はなくなったけど訴えられることはないって言われたからさ。ホッとしたけど。トッキーがウィンタースターだって知らなかったみたいで、大鳥さんに君は知ってたのかって聞かれたんだ。結構長いこと、トッキーの編集担当もしてるからな。しらばっくれるのは多分通じないと思ったから、知ってるって答えた』

 今思えば、きちんと大鳥に話しておけば状況は変わっていたのだろうか。想像することしかできないが、話せば別のゲームになっていたかもしれない。だが今更の話だ。考えるだけムダなのでやめた。

『大鳥さんは、そうかって言ってくれたけど、ワンダイフの人たちは負けると思っている人も多かったみたい。皆驚いてたよって言ってた。こんな状況だけどさ、驚いた人たちのクリップ映像なんかがあれば良いのにって思ったよ。俺が切り抜いて動画化してやって、チャンネル登録者数をもっと増やすんだ。トッキーが戦ってくれたんだから!』

「面白いジョークだね。でも僕、負けた方が良いんだろうなって直前まで思ってた。夏河社長に全力でやれって、訴えくらいは守るからって話になったから」

『でもサブアカウントでプレイすることもできたじゃん。有耶無耶うやむやにしないで、レベチな戦いして3試合。トータル30秒も掛からない瞬殺で試合を終わらせた。糸重に抱き込まれて参加した2人のプロ選手はむしろ可哀想だったろ。だから余計にトッキーが、ウィンタースターで出たのは、マジでエグかった。俺、まじで震えたよ!』

「あーいや、サブアカウントを使わなかったのは、たまたま勝てたのかもしれないとか、バグや操作不良とかさ、そういう指摘を受けるかもしれないじゃん?」

『だけど堂々と戦って打ち負かしてくれたときは、すげー爽快だったぜ?』

「相馬がそう言ってくれるんなら、まぁ戦った甲斐があるかな」

『またまた。謙遜すんなって!』

「謙遜なんかしてないよ。ただ、まぁ…大鳥さんに観戦試合だけでも中止にできないか伝えてみたとき応えられないって告げられたのはショックだったから。僕らに無許可で、あっちは配信までしたからムカついたってのもあるかな」

『自業自得だよな!』

「それよりインターンの仕事、結局採用見送りになっちゃったけど、これからどうする?」

『そのことなんだけどさ』

「うん」

『まぁ今は配信やっても動画投稿やっても多分やべぇと思う。ねまき猫ちゃんみたいに特別試合のときの映像を切り抜いて投稿できれば良いけど、そもそも所属事務所がアメリカで海外なんだよな』

 現状レクシアズ公式が出していた特別試合のアーカイブは既に非公開となっている。試合に参加した他のプロ選手2名も、僕達も試合のことは一切、動画を上げていない。切り抜きを上げているのは、ねまき猫だけなのだ。

『切り抜き上げたら多分顰蹙ひんしゅくを買うだろうしな。SNSもさ、よく見たら、ねまき猫ちゃんよりも今はトッキーに誹謗中傷が集中してるじゃん?』

「そう、だね…」

『ほんとマジで申し訳ねぇと思う。俺のことがなきゃ、こんなことにはならなかったんだからな』

「別に僕は大丈夫だから。誹謗中傷なんて時間が経てば減ると思うし」

『でも今は活動できないじゃん?』

「うん」

『だから俺さ。ちょっと自分を見つめ直したいっていうか』

「え?」

 僕は相馬が躊躇ためらいながら、一つ一つの言葉を丁寧に口にした話に、相槌あいづちを打つことができなくなった。

 この2年半年。冬珈琲チャンネルの編集担当をやってきたが、卒業したいということだった。

 今後の編集に関しては僕に電話を入れる前、夏河と事務局には引継ぎを既に依頼済み。大学には昨日、休学届を提出し、明日、親戚の家に向かうため今荷造りを進めているという。

 急な話に僕が引き留める隙間はなく、相馬はこの先も活躍を楽しみにしていると告げて『じゃあ、またな!』と言葉と共に通話は切れた。

 正直、よく飲み込めないまま虚しさと悲しさが同時に込み上げてきて、自分一人だけが取り残されたように感じた。

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