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救済と決断と
#129:避難とリスケ - side 時生
しおりを挟む契約解除。想定していなかった事態だった。
レクシアズが声明を出した内容を見ても、初めて知ることばかりだった。
先週、デュエット曲をリリースした矢先でプロモーションをどうするのか、話し合いが裏で詰められているものだと。
もちろんミランダ・ヘスによる告発は気になったが、プロモの続行か、それとも一時的な活動休止か、そのどちらかによる決着であると思っていた。
突然の決定に驚いたのは僕だけじゃない。彼――盤さん――のファンや、神楽玲央、レクシアズに所属するVのファンたち、そして、れこ盤のリスナーたちや、タイデスをプレイするユーザーらも巻き込んで、一斉にSNSで呟いていた。
あまりの多さに、ぼんやり眺めている内に、いつのまにか都内マンション、キングスの隠れ家に着いていた。
ねまき猫を見送った新宿駅からJR総武線で数駅。四ツ谷駅で下車して歩いて6分。何の変哲もない5階建て5つの部屋しかない贅沢なマンションの最上階が、いわば選手が練習のために缶詰めで一時暮らす部屋である。
僕は有難く使わせてもらっている。家にも事務所にも居ずらくなった僕のために夏河社長が避難先を提供してくれたのだ。
「あ、夏河社長!」
ちょうど考えているところで携帯が震えた。僕は直ぐ出た。
『冬くん。お疲れ様』
「お疲れさまです!」
『レクシアズが出した神楽くんの契約解除の話は見た?』
「見ました!」
『あれ。結構反響がデカくて、事務所になんで特別試合に冬くんを出したのか問い合わせてくる話がかなり来てる』
「え!?」
『記者って名目で電話なりメールしてくる輩が多くてね。出版社や企業名を名乗らない。明らかに個人からのものだけど神楽くんのリスナーだと思う。ぶっちゃけ冬くんが出なけりゃ海外勢からの注目を集める結果にはならないからね。つまりウェブくんのお兄ちゃんが神楽くんに気付いて、昔の事で取り上げることもなかったら契約解除には結びつかなかっただろうって。そういう書き込みもSNSに増え始めてる。だから正直言うと、冬くんへのヘイトが今少しずつ目立ってきてる』
「だって、それは!」
『分かってるよ。ワンダイフから断れる状況じゃなかったから。でも神楽くんが契約解除になった今、どうして特別試合が起きたのか内情を世間は知らないからね。説明する機会もいずれは必要とあらば、する日は来るかもしれないけど、今じゃない』
今ではないというのは、時期が悪いという意味だろうか。ひょっとしたらレクシアズやワンダイフと揉めないように、距離感をどうするか夏河は考えているのかもしれない。
「僕はどうすれば」
『まず万一にも冬くんに対する誹謗中傷が大きくなってきたら私が弁護士に頼んで訴えることになると思う。事務所で対処するから心配する必要はないよ。ただ家と事務所に張り付いてアポなしで君を追う記者も、当初は一週間くらいだと思ってたんだよね。けどね、ちょっと長引きそうだから当分は隠れ家を使って様子を見るしかないかな』
「わかりました。あの…それとコラボの方は?」
『あつれきくん、とのことだよね?』
「はい」
『今月仲良くコラボを配信するのは若干まずいかな。分かってると思うけど、あつれきくんの配信に荒らしが出る可能性は否めない。もちろん君もね』
やはりダメなようだ。スケジュールは確実に変更となるだろう。
「じゃあ延期ですか?」
『そうだね。あつれきくんは来月のRPイベントには参加するみたいだから、早くてもコラボは9月にリスケだね。それは事務局でやっておくから』
「わかりました。SNSにも告知入れておいた方が良いですか?」
『いや現状でコラボをすること自体何も告知してないから、コラボをするときが来たら直前に入れよう。期日を書いておくと余計に荒らしてくる奴もリスケさせちゃうから、コラボはゲリラ的に配信するのが良いだろうね。勿論、あつれきくんにも伝えておくから』
「はい。わかりました。ありがとうございます」
『ところで相馬くんとは連絡が取れてる?』
「あ、いえ。特別試合から実は連絡のやり取りが途絶えてて。音信不通ではないんですけど、試合のあとに後でまた連絡するとは言われました」
『そっか。なるほど。じゃあ、ひとまずだけどSNSに関しても事務局のスタッフが代わりにやっておくのが良いだろうね。配信も動画投稿も当分は予定ないと思うけど、そろそろ君の家にあるPC機材の入れ替えや調整も必要だろうから』
「わかりました家に戻れたら調整しておきます」
『他に何か手配とか手続きしなくちゃいけないものはあるかな?』
一つある。まだ事務所に通していないから、彼とのコラボのことはどうするか日程すら決まっていないのだ。
「あの、もう一つコラボを予定していたのですが、そちらも9月以降にリスケということになりますでしょうか?」
『誰とコラボするの?』
「盤さんです」
僕が、そう答えると少しの間があった。
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