上 下
132 / 204
救済と決断と

#129:避難とリスケ - side 時生

しおりを挟む


 契約解除。想定していなかった事態だった。

 レクシアズが声明を出した内容を見ても、初めて知ることばかりだった。

 先週、デュエット曲をリリースした矢先でプロモーションをどうするのか、話し合いが裏で詰められているものだと。

 もちろんミランダ・ヘスによる告発は気になったが、プロモの続行か、それとも一時的な活動休止か、そのどちらかによる決着であると思っていた。

 突然の決定に驚いたのは僕だけじゃない。彼――盤さん――のファンや、神楽玲央、レクシアズに所属するVのファンたち、そして、れこ盤のリスナーたちや、タイデスをプレイするユーザーらも巻き込んで、一斉にSNSで呟いていた。

 あまりの多さに、ぼんやり眺めている内に、いつのまにか都内マンション、キングスの隠れ家に着いていた。

 ねまき猫を見送った新宿駅からJR総武線で数駅。四ツ谷駅で下車して歩いて6分。何の変哲もない5階建て5つの部屋しかない贅沢なマンションの最上階が、いわば選手が練習のために缶詰めで一時暮らす部屋である。

 僕は有難く使わせてもらっている。家にも事務所にも居ずらくなった僕のために夏河社長が避難先を提供してくれたのだ。

「あ、夏河社長!」

 ちょうど考えているところで携帯が震えた。僕は直ぐ出た。

『冬くん。お疲れ様』

「お疲れさまです!」

『レクシアズが出した神楽くんの契約解除の話は見た?』

「見ました!」

『あれ。結構反響がデカくて、事務所になんで特別試合に冬くんを出したのか問い合わせてくる話がかなり来てる』

「え!?」

『記者って名目で電話なりメールしてくる輩が多くてね。出版社や企業名を名乗らない。明らかに個人からのものだけど神楽くんのリスナーだと思う。ぶっちゃけ冬くんが出なけりゃ海外勢からの注目を集める結果にはならないからね。つまりウェブくんのお兄ちゃんが神楽くんに気付いて、昔の事で取り上げることもなかったら契約解除には結びつかなかっただろうって。そういう書き込みもSNSに増え始めてる。だから正直言うと、冬くんへのヘイトが今少しずつ目立ってきてる』

「だって、それは!」

『分かってるよ。ワンダイフから断れる状況じゃなかったから。でも神楽くんが契約解除になった今、どうして特別試合が起きたのか内情を世間は知らないからね。説明する機会もいずれは必要とあらば、する日は来るかもしれないけど、今じゃない』

 今ではないというのは、時期が悪いという意味だろうか。ひょっとしたらレクシアズやワンダイフと揉めないように、距離感をどうするか夏河は考えているのかもしれない。

「僕はどうすれば」

『まず万一にも冬くんに対する誹謗中傷が大きくなってきたら私が弁護士に頼んで訴えることになると思う。事務所で対処するから心配する必要はないよ。ただ家と事務所に張り付いてアポなしで君を追う記者も、当初は一週間くらいだと思ってたんだよね。けどね、ちょっと長引きそうだから当分は隠れ家を使って様子を見るしかないかな』

「わかりました。あの…それとコラボの方は?」

『あつれきくん、とのことだよね?』

「はい」

『今月仲良くコラボを配信するのは若干まずいかな。分かってると思うけど、あつれきくんの配信に荒らしが出る可能性は否めない。もちろん君もね』

 やはりダメなようだ。スケジュールは確実に変更となるだろう。

「じゃあ延期ですか?」

『そうだね。あつれきくんは来月のRPイベントには参加するみたいだから、早くてもコラボは9月にリスケだね。それは事務局でやっておくから』

「わかりました。SNSにも告知入れておいた方が良いですか?」

『いや現状でコラボをすること自体何も告知してないから、コラボをするときが来たら直前に入れよう。期日を書いておくと余計に荒らしてくる奴もリスケさせちゃうから、コラボはゲリラ的に配信するのが良いだろうね。勿論、あつれきくんにも伝えておくから』

「はい。わかりました。ありがとうございます」

『ところで相馬くんとは連絡が取れてる?』

「あ、いえ。特別試合から実は連絡のやり取りが途絶えてて。音信不通ではないんですけど、試合のあとに後でまた連絡するとは言われました」

『そっか。なるほど。じゃあ、ひとまずだけどSNSに関しても事務局のスタッフが代わりにやっておくのが良いだろうね。配信も動画投稿も当分は予定ないと思うけど、そろそろ君の家にあるPC機材の入れ替えや調整も必要だろうから』

「わかりました家に戻れたら調整しておきます」

『他に何か手配とか手続きしなくちゃいけないものはあるかな?』

 一つある。まだ事務所に通していないから、彼とのコラボのことはどうするか日程すら決まっていないのだ。

「あの、もう一つコラボを予定していたのですが、そちらも9月以降にリスケということになりますでしょうか?」

『誰とコラボするの?』

「盤さんです」

 僕が、そう答えると少しの間があった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】今後の鉈枠は、

ほわとじゅら
BL
高校時代に知り合う先輩後輩: ちょっとワケありパティシエ(31歳・先輩)x傾聴力に長けた人気の相談系配信者(29歳・後輩) ▶配信活動7年目を迎える求宮宗武(もとみやむなたけ)は、自身で立ち上げた鉈(なた)チャンネルの配信者・鉈ちゃんという活動名で、今日も凸者(とつしゃ)からの悩みや相談事に耳を傾けていた。 凸者とは、配信にやってくる者を指すネット用語の一つである。宗武はMC鉈ちゃんとして、鉈のリスナー(通称:鉈リス)や、ときに鉈リスではない一般人または配信者自身からの悩みや相談事を取り上げる相談系配信者で活動していた。いまや登録者数、50万人へと到達目前だった。 そんなある日、高校時代の先輩である近江大(おうみまさる)と再会する。二つ年上の近江は、近所にあるライブキッチンで、イートインで美味しいスイーツが食べられる2か月限定の店舗OUMI・PÂTISSERIES(オウミ・パティスリー)をオープンした。 卒業以来となる近江先輩と再会祝いに飲み明かした日、宗武は酔いつぶれた先輩を家に送り届けるが、部屋に入った瞬間、そこには宗武のキャラクターが、びっしりと埋まる部屋!? 高校時代から淡い恋心を持っていた宗武は、まさかのガチ恋リスナーに変貌していた近江先輩に驚愕するとき、二人の距離感は加速度的に変化していく――リスナーx配信者の物語。 ★は、リアルな配信アーカイブのエピソードです ※本作は完全フィクションのオリジナル作品です

男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話

ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに… 結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

ポメラニアンになった僕は初めて愛を知る【完結】

君影 ルナ
BL
動物大好き包容力カンスト攻め × 愛を知らない薄幸系ポメ受け が、お互いに癒され幸せになっていくほのぼのストーリー ──────── ※物語の構成上、受けの過去が苦しいものになっております。 ※この話をざっくり言うなら、攻めによる受けよしよし話。 ※攻めは親バカ炸裂するレベルで動物(後の受け)好き。 ※受けは「癒しとは何だ?」と首を傾げるレベルで愛や幸せに疎い。

学祭で女装してたら一目惚れされた。

ちろこ
BL
目の前に立っているこの無駄に良い顔のこの男はなんだ?え?俺に惚れた?男の俺に?え?女だと思った?…な、なるほど…え?俺が本当に好き?いや…俺男なんだけど…

強制的にダンジョンに閉じ込められ配信を始めた俺、吸血鬼に進化するがエロい衝動を抑えきれない

ぐうのすけ
ファンタジー
朝起きると美人予言者が俺を訪ねて来る。 「どうも、予言者です。あなたがダンジョンで配信をしないと日本人の半分近くが死にます。さあ、行きましょう」 そして俺は黒服マッチョに両脇を抱えられて黒塗りの車に乗せられ、日本に1つしかないダンジョンに移動する。 『ダンジョン配信の義務さえ果たせばハーレムをお約束します』 『ダンジョン配信の義務さえ果たせば一生お金の心配はいりません』 「いや、それより自由をください!!」 俺は進化して力を手に入れるが、その力にはトラップがあった。 「吸血鬼、だと!バンパイア=エロだと相場は決まっている!」

【完結】私立秀麗学園高校ホスト科⭐︎

亜沙美多郎
BL
本編完結!番外編も無事完結しました♡ 「私立秀麗学園高校ホスト科」とは、通常の必須科目に加え、顔面偏差値やスタイルまでもが受験合格の要因となる。芸能界を目指す(もしくは既に芸能活動をしている)人が多く在籍している男子校。 そんな煌びやかな高校に、中学生まで虐められっ子だった僕が何故か合格! 更にいきなり生徒会に入るわ、両思いになるわ……一体何が起こってるんでしょう……。 これまでとは真逆の生活を送る事に戸惑いながらも、好きな人の為、自分の為に強くなろうと奮闘する毎日。 友達や恋人に守られながらも、無自覚に周りをキュンキュンさせる二階堂椿に周りもどんどん魅力されていき…… 椿の恋と友情の1年間を追ったストーリーです。 .₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇.ෆ˟̑*̑˚̑*̑˟̑ෆ.₊̣̇ ※R-18バージョンはムーンライトノベルズさんに投稿しています。アルファポリスは全年齢対象となっております。 ※お気に入り登録、しおり、ありがとうございます!投稿の励みになります。 楽しんで頂けると幸いです(^^) 今後ともどうぞ宜しくお願いします♪ ※誤字脱字、見つけ次第コッソリ直しております。すみません(T ^ T)

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...