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救済と決断と
#125:ミランダ兄弟 - side 時生
しおりを挟む「ま。でも冬っちがプロになっていたら、あたしはコラボをすることもなかっただろうし、特別試合でチームになることもなかったってことよね。だから今まで主張しなかった冬っちには感謝しかないわね。むしろ、ありがとうって言わなきゃいけない。ちょっと複雑だけどね」
「ねまきちゃん」
「でも冬っちのキャリアは自由に決めて良いことだと思うし、咎めるつもりもないわよ。あ、でも。もう一つ気になるんだけど。なんでウィンタースターって名前なの?」
「それは僕が高校生のとき、冬の寒い日にタイデスがリリースされたから」
「あ、単純にウィンターって名付けたのね!」
「うん。当時は日本語でユーザー名を打てなかったから、ウィンターウィンターって僕がブツブツ呟いてるときに、今回一緒にタイデスのオースに参加した友達、相馬がね、ふざけて名付けたんだ『このゲームで、スターになろうぜ!』って」
「あれ。なんで冬珈琲っていう名前にしなかったの?」
「リリースが冬珈琲で活動する前のことだったし」
「なるほど。そーいうこと!」
若干、中二病みたいな響きで少し恥ずかしさを最初は感じたけれど、ランクが上がる度に、だんだんと親しみを感じて今では気に入っている名前だ。
「じゃあ友達にも感謝しなきゃね。ヘイトの多いゲームでトップになれたんだから、本当に凄いよ!」
「あ…うん、なるべくVCやチャットを聞かずにプレイしてたから…」
「へぇ、そうなんだ。でもこれで、あなたがウィンタースターだっていうのが広まったし、もう無謀な対戦を喧嘩腰で吹っ掛けてくる人はいないと思うから伸び伸びと配信をできるわね?」
彼女は、にこりと笑ってスマホを取り出した。
「ねまきちゃん?」
「だって神楽ってひと、あたし良く知らないけど日本ではトップ配信者なんでしょ?」
「あ、うん」
「海外じゃあ彼のことも今もの凄く騒がれてる。良い意味じゃなくて、悪い意味でね。特にミランダ。弟のウェブの方じゃなくて、兄のヘスが凄い怒ってる。ヘスは、タイデスのリリース当初にライブ配信してたから酷いヘイトをかますユーザーに当たって、ワザと酷い立ち回りで迷惑行為をしたユーザーに今でも許してないんだから。それが神楽じゃないかって話になってる」
その件は、彼女と今日待ち合わせる前に電車の中で知った。SNSには、神楽に嫌がらせを受けたとする告発が上がったのだ。最も謂れのない告発かもしれないとも思われるが、嫌がらせの報告は最近の話ではなく、昔の話だ。
「ミランダ・ヘスはね、定期的に配信でタイデスの新規ユーザー向けにダメな例として取り上げて警告してるのよ。それが今回の騒動で、もしかしたら神楽ってひとの昔使ってたアカウントじゃないかって指摘してるの」
時期的にタイデスがリリースされたばかりの頃で、僕と相馬が同い年だから、同時に神楽も高校生であった頃のことだ。あの頃の神楽玲央はチャンネルが削除を受けて一年程が立つ。僕の想像にしかすぎないが、恐らくゲームでストレスを発散させていたのではないかと思う。
「ねぇ、冬っち。これ、どういうことか分かる?」
彼女はスマホから顔を上げて、僕を見る。真面目な顔だ。
「えーと、もし本当だとしたら少しの期間は活動休止ってことになるんじゃかな?」
「まさか。そんな生易しいものじゃないわね。あたしなら、そうね。奴隷契約にさせて報酬半分ね!」
それは怖い。少し大げさに冗談で言ったのだろう。
「冬っち。最後に個人的に興味本位な質問になるんだけど、フェジェスタには行かないの?」
何気なく彼女は訊ねたのだろう。オランダのチームが12億で契約がしたいという打診が、フェジェスタの公式で呼びかけられている。
「今この瞬間も、スカウトページが存在しているから、チームは諦めていないわよ?」
実のところ、事務所に違約金ごと支払うから契約させてくれないか、とする移籍交渉の問い合わせが殺到している。その話を、夏河社長から直接言われて、僕のことでキングスの事務所のスタッフたちが朝から対応に掛かり切りという話をされた。
それから二言目には、もう一度考えてみないかとプロになることを勧められた。
対応する事務所のスタッフの人たちにも、社長にも本当に申し訳なく思うけれど、僕は再びプロ打診を断った。
だから――。
「行かないよ。夏河社長に、どうするかって聞かれたけどプロにはならないし、また海外も興味ないですって返事したから」
「そっか。意思は固いんだね。ま、冬っちのしたいようにすれば良いと思うよ。でも良い事務所だね」
「え?」
「だって普通にさ。こういう話って、本人の意思や意見が尊重はされるけど、赤字の事務所の場合には別っていうか」
「なにそれ?」
「だから移籍じゃなくても一旦はコーチで再契約とか、逆に海外研修みたいな感じで行ってくるとか色々キャリアアップになる話で進むこともあるんだよ?」
「え。僕なしで?」
そんなバカな。
「うーん。お金の話は結局本人通さないとダメだけど、事務所も経験を積んでから帰ってきてもらうっていう言わば短期的な大人の留学っぽい感じでどうかって後から行くことを強く勧められることもあるから」
僕の望んでいないことを夏河社長は進める筈がない。そう思ってはいるけれど、今後のことを考えて僕にそうして欲しいと望んでいるのだろうか。
まったく日本とは異なる遠い外国に行くなんて、僕には考えられないことだ。
「やだな。そんなこと、あるわけないよ!」
「でも万一決まったら教えてね!」
あり得ない未来に、僕は溜め息が出そうになった。
「あ、いけない。のんびりしちゃったわ。さて冬っち。約束のお買い物デートに、さぁ行くわよ!」
彼女は勢いよく椅子から立ち上がった。
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