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救済と決断と
#124:強さの主張 - side 時生
しおりを挟む「え。それは…」
彼女は、じっと僕を見据えて首を傾けた。
「海外じゃあ皆ウィンタースターの話で、すっごい盛り上がってる。もちろんオランダのフェジェスタが、幻のプレイヤーに大きなお金を出すって前から公言してるから、皆が誰なのかを予想して話題にしてる。SNSに、ニセモノのアカウントもいっぱいできたし、中には本名をウィンタースターに変えちゃった人もいて、怪我でプレイ出来なくなったからコーチ名目で契約を取り付けようとした人もいたくらいなんだよ?」
「へぇ。そんなことがあったんだ!」
「というか一昨日の試合より前からキングスの社長さんは、あなたがウィンタースターだって知ってたの?」
「あ、うん。知ってる」
「じゃあ考え直すように言われなかった?」
「えっと、うん。言われたよ。何度も言われた」
「それでも断ったの?」
彼女は不思議でならないのだろう。普通に仕事をして稼ぐより、遥かに高い巨額の金額を手にしないのは変だと言いたいのだ。
「うん。まぁ色々考えて」
「事務所にいる他の選手たちもプロにならないかって言われたでしょ?」
「一部の選手にはね、言われたけど」
「一部? ウィンタースターなら皆んな欲しがるもんじゃない?」
「僕がウィンタースターだって言うのは、ごく一部の人しか知らせていないことだから、皆んなが知ってたわけじゃないんだ」
「どういうこと?」
「僕がタイデスを始めてランクが順調に上がっているとき、定期的に社長には報告してたんだ。タイデスのプロゲーミングチームを最初に作るときも、初代からいた宮田先輩と海堂先輩も知ってる。けど、なかなかチーム作りも大変だったから、そのあたりから僕は事務所内でウィンタースターのアカウントで練習に付き合うのはやめたんだよ」
「やめたって…なんで?」
「タイデスの練習には、少なくとも10人は必要になる。5人の主要選手と、控えの5人の選手。だけど選手が練習時間に全員集まることも難しくて、足りないメンバーをNPCでやるのは手ごたえがないから練習にならない」
「まぁプロ選手を相手じゃ対戦相手としては話になんないわね」
「だから当時は、オンラインでマッチした赤の他人と戦うこともあったんだけど。でも初期の頃のゲーム内チャットは罵詈雑言ばかりで、選手がヘイトに病んで辞退する人が多かったんだ。それで僕が準備生の頃に人数合わせで練習に付き合うこともあって、冬くんみたいには立ち回れないって理由で選手を辞退する人もいたんだよね」
「ちょっと待って。何それ。冬っちの所為にして選手を辞める人もいたってこと!?」
殆ど言い掛かりだとは分かっている。だが連日、負けが続く選手のメンタルが折れ始めてしまうと、チームを抜けるにしても何か言い訳が必要になるのだ。
「実際、ゲーム内の罵詈雑言も本当に酷かったから選手が追い詰められて、ヘイトに病む気持ちもわかる」
信じられないことだが、ゲーム内のプレイヤーは相手チームに対しても、自分のチームに対しても、厳しく指示をするプレイヤーもいれば、立ち回りをしくじると舌打ちや酷い言葉で罵ることが良く見られる。あまりにも言葉の悪いプレイヤーが多いため、開発元に苦情も多く寄せられたとSNSのタイデス公式で明かされた。
最近になって酷い発言をしたプレイヤーは通報で一時的にプレイができなくなる仕様に変更されたが、それでも熱くなりすぎるプレイヤーは一定数いるゆえに、攻撃的な態度をみせるプレイヤーは後を絶たない。
「でも冬っちは凄く強いじゃない。むしろ助言してあげたら選手だって強くなるでしょ?」
「逆効果なんだよ」
「え、逆?」
「なんていうか選手にはプライドがあるっていうか、僕がゲーム内で上手く立ち回るとね、あとで準備生のくせにランクが上がったからって自慢すんなってことを指摘されたこともあったんだ。大会に出る為に、連日連夜のゲームの練習に疲弊して気が立ってる選手もいて、準備生にあたることも多々あったから」
彼女は目を大きく見開いて、眉間に皺を寄せた。
「はぁ? なにそれ意味分かんない!」
「キングスもプロゲーミングチームができたばかりの頃は、それほど世間に知られてなかったし選手を辞めて、そのままゲーミングチームから抜ける人もいた。だから選手の流出や影響を考えて、社長と少し話し合ったんだけど事務所の中ではね、ウィンタースターのアカウントで練習するのを止めたんだ。それ以来、選手の練習に付き合うときには事務所ではランク上げをしてない戦歴真っ白なサブアカウントを使うようにしてる」
当時からプロになる気はなかったが、プロゲーミングチームに在籍し続けることは僕にとって大事なことだった。いずれ目標とする配信者に再び再会することを夢見ていたからだ。
チームを去る気はないものの、選手に迷惑や負担を掛けたくはなかった。だからウィンタースターを名乗らなくなったのも、プロゲーミングチームで上手くコミュニケーションを選手間で取るために僕なりにできる、ある意味での配慮だった。
「間違ってるわ」
「え?」
「冬っちからは学ぶこといっぱいあるのに。それで名乗ることをやめるなんて!」
彼女の声が荒くなった。カップを持ち上げると、一気に飲み干して大きな溜め息を付いた。
「あ、でも僕はゲームを楽しくやりたいと思うエンジョイ勢だし、別にアカウント名を広めるとか興味なかったから」
「信じられない。あたしには、ちょっと理解できないわ。だってプロゲーミングチームにいたことや、トップランカーだった人とかは、大体動画を出すときに絶対主張するわよ? 『ハーイ! 今日も世界ランク1位の俺が異世界かくれんぼを実況していくぜ!』っていう風にね!」
昔、同じようなことを相馬にも言われた。タイデスの解説動画を出すときに高ランクを主張した言い回しで、動画を出さないかと。事務所の細かい事情を相馬に話して、渋々諦めてもらったが再生数を稼ぐチャンスなのに動画を出せないなんてと悔しそうな表情を浮かべていた。
だけど高いランクの主張など、僕にはどうでもよかった。皆んなが考えている目的と、僕が考えている目的は同じじゃないから。会いたい人のことを思えば、バカで愚かなことだけれど、一つのアカウント名や強さの主張なんていらなかった。
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