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ケリのつけ方
#112:チクタク、チクタク - side 時生
しおりを挟む僕には何ができるだろうか。
そんなことを延々と考えていても埒が明かなかった。
帰宅途中から相馬に何度か連絡をしてみたものの、メッセージの返信もなく、電話の応答にも出る様子はなかった。
きっと相馬には一旦、一人で冷静になる時間なのだろう。スマホに手が伸びる衝動に駆られながら幾分やきもきしたまま翌日を迎え、昼頃に差し掛かるときだ。チーフディレクターの大鳥から電話が掛かってきた。
『すまない浅沂くん。次週からのインターンは、こちらから再度連絡するまで自宅待機にしてほしい。上からの一時的な決定で、大学生の雇用の見直しを求められるかもしれないんだ。本当に申し訳ない』
それだけの話を伝えられると通話は切れてしまった。
僕自身に神楽玲央と何も関りが無くても同年代の学生をデュエット・プロジェクトに参加させておくのはマズいだろうと判断されたらしい。
このインターンがダメになっても、また元の生活に戻るだけ。しかし騒動に巻き込まれてしまった相馬はどうなるのだろうか。
「それに盤さん。午後からの挨拶回り。大丈夫だったのかな…神楽くんも同行するみたいだったから、行けなくなるってのは結構まずいんじゃ」
店内でパニックになる神楽を説得した彼は、昨日の午後、関係各所への挨拶に向かったハズだ。大鳥との通話で聞いてみたい衝動に駆られたが、雇用の見直しという冷たいワードを耳にしたとき、とても聞ける雰囲気ではなかった。だから彼の挨拶回りがどうなったのか分からない。
リリース初日に、デュエットした相方が不在というのは完全に異常事態とも呼べるだろう。
時刻を見た。土曜の午後15時半を回っていた。
もうこの時間、世間ではデュエット曲を聞くリスナーで溢れているだろう。渋谷のパワレコは収録した場所だ。収録ブースはまた近い内に使われるそうで、今は来店客に見学できるように展示扱いで置かれている。
もちろん全国のパワレコでは収録されたインタビューが流れている頃だ。
僕は後半の内容は聞いてない。今すぐに行けば聞けるのだろうけど、気が乗らなかった。
今の僕には本当に何もすることはない。配信をすることぐらいしかないけれど、相馬と連絡も取れない今、勝手に配信なんてできない。
ゲームだってそうだ。気晴らしにゲームして過ごすなんてことも、まったく気持ちが起きなかった。適当な電子漫画をパラパラめくってみたが、文字が頭の中に入って来なかった。
「はぁ…どうしよう…」
チクタク、チクタク。
無常に過ぎゆく時計の針が、どことなく何かをカウントする音のように聞こえた。
チクタク、チクタク。
僕にできることは、本当に何もないのだろうか。
チクタク、チクタク。
「もう、うるさいなぁ!」
自分の部屋を飛び出して、リビングに出た。
ネット回線が弱い大学の寮ではなく、1時間かかる実家での暮らしは相馬も同じ選択を辿った。寮からの通学なら便利なのに、実家なら僕の家と近いからという理由で相馬はあっさり決めたのだ。
学校でも良く話し合うが、相馬の家でも配信内容をどうするか話し合った。そういや大失敗したパンケーキ作りの配信は相馬のキッチンだったが、僕のリビングではタイデスでのルールを相馬に沢山教えたっけ。
編集担当との連絡が途切れるなんてことは今まで一度もなかった。相馬からの応答が昨日の《先に帰宅する》というメッセージ以降、まったく連絡が取れないのもあり得ない事態だ。
「…このまま待ってても良いのかな…」
相馬の家に凸して聞き出そうと思った瞬間だ。
手に握りしめていたスマホが震えてた。相馬からかと思ったが、違った。
『あ、冬くん。お疲れさま』
キングスの事務局からだった。感染下で在宅と事務局に分かれて仕事するスタッフの中の一人で、今この時間にオフィスでの当番を任されている女性からだ。
「お疲れさまです」
『あのね、ワイズの子とコラボする件なんだけど、何のゲームをするのか話を詰めてもらいたくて。それで前もってメーカーにも連絡入れておくので、とりあえず幾つか予定してるゲームタイトルのフィードバックが欲しいのね』
「あ、フィードバック」
『でも相馬くんに昨日メールしたんだけど返事がなくて。ただ急いでるわけじゃないんだけど、今月コラボする予定であれば早めに返事がちょっと欲しいのよ。なんだっけ、そうそう、あつれきくん側からは8月のRP出ちゃうから来月のコラボだと調整ムズいかもだって。それでゲームは、こっちに任せるって』
変だと思った。前のめりに僕のマネージャーのような立ち回りをする相馬が、事務局からのやり取りにも応じてないなんて。
これは、相当に一大事なことが起きているのではないかと思った。
けれど相馬の家に凸しても、僕は会えるだろうか。胸騒ぎが、刻一刻と膨らんでいくのが止まらない――。
『じゃあ二人で話し合ったら連絡また頂戴ね』
「あ、あの、ちょっと待ってください!」
電話を切ろうとする事務局の女性に、僕は慌てて声を掛けた。
『え、なに、どうしたの?』
「きょ、今日は社長いますか?」
今、相談できる相手は、その人しかいないと思った。
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