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ターニングポイント
#110:運命の岐路 - side 時生
しおりを挟む―『どんな風に成長したのか殆ど知らないんです。でも、また会えたら改めてゆっくり聞いてみたいですね』
店内に流れたラジオ収録の応答に、僕は言葉が出なかった。
それって、僕のこと?
彼が話すターニングポイントなる出来事は、正直僕にとってはうろ覚えだった。彼が話すエルムスター外伝は、初めて彼に会いプレイしたゲームだ。敵も強くて、すぐ負けちゃうから、なかなか冒険が難しかったことは覚えている。
それなのに肝心の難しい謎解きを僕が解いたという話に関しては、いまいちピンと来なかった。確かに、何回かは閃いて解いたような気はする。彼には鮮明に覚えていることらしいが、僕の記憶はぼんやりとしていて危ういのだ。
ただ謎を解いたとき、嬉しくて思わず抱き着いて驚いた表情をしていたようにも思う。頭を撫でて貰い、ちょっと嬉しかったような気も……一体、何を思い出してるんだ!
僕は頭を振った。
その当時のことがキッカケで彼は更に勉学を重ねて、難関大学を受験したというらしいが、そんな話、今初めて耳にした。これまでの雑談配信でも明かしてないことだ。
偏差値70以上。高い学歴がないと受験なんて相当難しい大学なのだが、毎年、彼のリスナーたちの中から『盤さん! 受かりました!』という報告がある度に、とてつもなく羨ましく感じたのを覚えている。
実は僕も受けた。でも落ちた。まったくテストで手ごたえがなかったのだ。彼の大学を受けるとき、相馬にも伝えたら『外交官か議員の秘書でも目指してんの? え、プロゲーマーの道は?』と言われたことあったっけ。
彼は語学に堪能だからこそ、海外のゲームを、れこ盤の配信で取り上げて紹介することも多くなった。見たことのない面白いゲームが沢山あり楽しませてくれる。
「盤さんが卒業した大学の関係者も、まさかゲームを扱う配信者を輩出することになるとは思わなかっただろうな」
彼に憧れて配信を始める者もいれば、難関大学に入ってレベルの高い職種に就く者もいる。リスナーの中には外務省で勤務する者や、考古学者などもいるらしいが、コメント欄に書かれたことが本当かどうかは分からない。ただ海外で職種に就き活躍するリスナーがかなり多いというのも聞くから、あながち嘘ではないかもしれない。
考えてみれば90万人以上もいるリスナーというのは、幅広い人脈であるとも思う。
「ほんと盤さんって凄いな。ね、相馬? …あれ、どこ行ったんだろう?」
すぐ隣にいた筈の相馬が、いつの間にかいなかった。トイレかと思い、あたりをキョロキョロと見回した時だ。
後方から大きな声が聞こえた。怒鳴るような声だった。
何があったのか向かってみると、パワレコ出入り口のど真ん中で、僕と同じ年齢くらいの青年がいた。
銀髪で、シルバーの指輪やピアスにネックレス、黒いタンクトップとレザーパンツ、というパンクっぽい派手な伊出立ち。酷く狼狽した様子だった。再び大声を上げようとする青年の肩に宥めようとしたのだろう一人の女性が手を掛けた。しかし青年が強く振り払った衝撃で鼻に引っかけていた丸いサングラスが反動で落下した。
カラカラカラと、僕の足元にまで丸いサングラスが滑ってきた。どうしようかと思ったが逡巡する暇もなく騒ぎに気付いた従業員達が集まって来る人だかりに飲まれてしまう前に、僕は青年の落し物を拾い上げた。
「マジあり得ない! 何で、お前がいるんだよ!」
強い口調で言葉を投げる青年の声は聞いたことがある。レクシアズのトップ歌唱力を持つ神楽玲央の声、そのものだった。改めて神楽の顔を見てみると、パワレコに急いで駆けつけたのだろう額に汗を掻き、真っ黒に塗られた爪――人差し指――を突き出して、真正面にいる僕の友人を睨みつけていた。
「俺は――」
相馬が口を開こうとした。だが遮るように、神楽が先に口を開いた。
「はぁ? なんでだよ! またオレの邪魔をしようとすんのかよ! マジであり得ない! お前! 潜り込んでオレの顔でも撮って写真拡散するんだろ! オレ嫌だよ! あー最悪最悪! 最高に最悪だ! オレは帰る!」
凄まじい癇癪だった。先ほど腕を振り払われた女性は、レクシアズのスタッフもといマネージャーなのか、オロオロとしながら必死に神楽の背中に触れて引き留めようとしていた。
「一体どうしたんだ!」
店内の奥からチーフマネージャーの大鳥も駆けつけた。しかしパワレコの出入り口で大騒ぎを起こしている異様な光景に、困惑した表情を浮かべた。
「あ、あの。神楽が今日のプロモーションには出ないと申しておりまして」
弱弱しい声でマネージャーらしい女性が悲痛な表情で訴えて、再び神楽の肩に手を掛けた。
「離してくれ! オレはここに、一分一秒たりとも居たくないんだ!」
暴れだした神楽は女性の腕を振り解こうとした。
「ちょっと待ってくれ!」
女性を撥ね退けた神楽は外に飛び出そうとしたが大鳥に腕を掴まれた。
「神楽くん。一体どうしたんだ? 何があったんだ?」
焦るように大鳥が神楽の顔を覗き込んだ。
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