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#106:少し前のこと - side 時生

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 チーフディレクターである大鳥から連絡を受けたのは、かなり直前のことだった。

 体調はどうか、と言葉を掛けられたが二言目には人手がいると言われた。

 流石に2週間もインターン先に行かないで、これ以上の引き延ばしはできそうにないと僕は感じて「じゃあ明日会社に行きます」と告げると、チーフディレクターに「そこじゃない」と指摘を受けた。

 僕はハッとして、スケジュールを思い出して息を飲んだ。デュエットプロジェクト企画のプロモーション初日に、渋谷のパワーレコードへ向かうこととなり、もう直接に会わないことを回避するのは無理なことだと覚悟するしかなかった。

 渋谷駅で待ち合わせをして朝7時、やってきた相馬がぎこちない言葉で「お、おはよう」と言った。

 僕は「おはよう。じゃ、じゃあ行こうか」と言葉を掛けると、友人は心配そうに顔を覗き込んできた。

「なぁ。良いのかよ?」

 何のことだと一瞬思えたけれど、僕には直ぐ分かる。

「だって盤さんには身バレしてんでしょ?」

「そうだけど…え、待って。トッキー、もしかして連絡取り合った?」

「え。取ってないよ?」

「マジか…盤さん、忙しいのかな?」

「まぁ忙しいとは思うけど僕のことより、相馬の方が気まずくない?」

 横断歩道のスクランブル交差点に差し掛かり赤信号を見てから、相馬に視線を移した。

 彼は少し驚いたような表情を浮かべてから、小さな声で「あー糸重のことか」と呟いた。

 中学時代のいざこざから6~7年くらいは経つ。だが今日のプロモーションでは神楽玲央が現地パワレコに参加するという話である。スタッフ内でしか共有されていないが、感染下であることを考慮してマスコミなしで行うと決まったと聞いた。

「僕らみたいな学生でさえサポートが必要だって大鳥さんから言われてる。経験させてもらえるのは貴重だけど。でも神楽くんと向き合うことになるじゃん?」

「あいつと顔を合わせなくなったのは卒業式以来だからな。ぶっちゃけ顔を見ても覚えているか分からないかもしれない。俺。中学の時より背伸びたし野球やんなくなって少し体重増えたけど。あ、心配してくれてありがとうな」

 相馬が苦笑いを浮かべた。

「けどさ。トッキーの方こそ、どうなんだよ。盤さんに挨拶くらいはしなくて良いのか?」

「今日の主役はゲストだからね。盤さん、多分、学生に構ってる暇はないんじゃないのかなぁ」

 そりゃあ少しは話せないのだろうか期待してしまう気持ちも湧くけれど。

 プロモーション初日の午前中はラジオ収録で、午後は場所を移して、ワンダイフ・グループ内での挨拶回りがあると聞いた。世話になった関係各所に挨拶周りをするというのが音楽業界では慣例になっているらしい。

「それもそうか。でも糸重も一緒に挨拶回りすんのかな?」

 Vキャラとして顔出しをしていない神楽玲央は、ラジオ収録に参加するとはいえ、午後からの挨拶回りに行くのか気になるところだろう。

「大鳥さんからは、その辺どうなるのか聞いてないから分かんないな。でも盤さんが神楽くんを映したタブレットを持って、挨拶回りしてたら面白くない?」

 噴き出すように相馬が笑った。

「想像したら受けるな。あ、そうだ。それよりワイズとのコラボの件はどうなった?」

 急に話が変わった。ワイズマンのストリーマーあつれきとのコラボを、どうするか相馬は訊ねているのだろう。

「夏河社長に聞いてみたんだけど、コラボは別に構わないって」

「そうなんだ!」

 むしろ社長からは難色を示されるのではないかと思っていた。過去に他の事務所とのコラボを行った事例というのがなかったからだ。だが違った。

「僕の思い過ごしだったんだよ。過去にワイズとコラボがないけど良いんですかって社長に聞いてみたら、そもそもお互いに多忙でスケジュールが合わなくて、コラボがないだけだって」

「なら良かったじゃん。じゃあインターン終わったら今日の午後か夜にでも、いつものように俺からワイズ宛に打診しておくか?」

「あ、そのことなんだけど。社長が事務局からの経由で向こうに打診入れておくって。だから日程決まったら連絡入る予定」

「おお。了解。話し早!」

 喋っている内に目的地であるパワレコに着いた。結構な人数――ワンダイフだけでなくパワレコの従業員たち――が既に集まっていた。

 僕たちに言い渡されたことは、収録を行うラジオブースの設営に手伝うことだった。既にパワレコの従業員たちによって昨晩、閉店後にDJブースは片づけられたが収録用の設営はワンダイフがやる仕事らしい。

 時間はあっという間に過ぎて、散乱したゴミを集めて掃除をしている中、大鳥がゲストを引き連れてくるのが遠目から見えた。

 他の人より身長が高いから頭一つ分、背が高くて、彼だと直ぐ分かった。

 相馬と共にゴミを廃棄するためパワレコ裏に出たとき、僕は思わず深い息が出た。

「トッキー。大丈夫か?」

「え。ああ、うん。やっぱ本物見ちゃうと結構アレだね」

「アレ?」

 キングスの事務所訪問から丸々3カ月ぶりの再会である。グレーのマスクをしていても優しい目元だった。整った顔なのにマスク姿なのが残念だけど、今日は半袖の白シャツに黒のクロップドパンツ、白いスニーカーというモノトーンで爽やかにまとめていて恰好良かった。

「でも実際、声掛けられたら、どうしよう。どんな顔して会えばいいか僕わかんないよ」

「ええ、今更。いや別に『よう!』みたいな感じで言えば良いんじゃね?」

「そんな馴れ馴れしく言えないよ!」

 クククっと相馬が笑った。

 そのとき扉が開いて、スタッフの一人に呼ばれた。

「いけない。立ち話してる場合じゃなかった。行こう。相馬!」

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