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モンスター

#95:身重だけど異世界で無双させていただきます!2 - side 時生

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 以前に会ったときよりも更にねっとりとした気持ち悪い声を出して、勢いよく触手が伸びてきた。インベントリから薬を取り出しておいた小瓶を、僕は振り上げて投げつけた。

 小瓶が割れた。触手に当たり煙が瞬時にモクモクと勢いを付けて広がると、あたりを包んだ。

『うらああああああああああ………あ、あ、ああ、あれ?』

 しばらくして煙がゆっくり消えていくと、プルプルと震わす掌を僕に翳したままの細い男が立っていた。広場で行き交うNPCの住民と変わりばえのないキャラクターだ。

「ただの町民A。君に敢えて名前を付けるなら、僕はそう呼ぶね」

『え。どういうことだ…お前、何したんだ?』

 今度は動揺する声で女性戦士に問われた。

「さっきの小瓶は不老不死の薬なんだ。元々この世界では存在しない。特別に緊急で用意してもらって、責任者の田幡さんに貰ったんだ。使うとね、体力9999になる。魔力はない。特別な力も宿らない」

『そんなバカな!』

「例えば戦士だと特定の合言葉を唱えれば、ダンジョンの扉が開いたりレアな宝箱を開けたりできるけど、町民じゃあ開けられない。なら転生すれば良いと思うかもしれないけど、不老不死はどんな攻撃も受け付けない。だから死なない。死ねないんだよ。キャラが不老不死を負うと死なないけど何の役職にも就けないんだ。ただの人になる。だから町民Aなのさ。ちなみにパソコンを強制終了させて再度ログインしても町民のままだ」

『まじかよ。すげぇじゃん!』

「さぁ、町民Aさん。どうしますか。小瓶の薬には、キャラクターにマーカー入りのコードも含まれています。いずれエンジニアの人たちが、あなたを特定します。皆、遊ぶためにログインしているわけじゃないのに、勝手に入り込んでプレイヤーの操作を妨害したから業務妨害してますよね。特定されたら、きっと運営から訴えられるでしょう」

 思い切り舌打ちが聞こえた。無表情で町民Aの姿が消えて、僕らだけが残された。恐らく強制的にログアウトしたのだろう。

『やっば。お前…いや、もしかして運営さんでしたか?』

 途中から声を静かに落として女性戦士に訊かれた。

「僕は運営じゃないよ。らふTVから僕の所属してる事務所に連絡が入って、社長から試遊してみてって言われて検証してるだけ」

 驚いたように女性戦士の声が跳ねた。

『え。どこの事務所?』

「キングスだよ」

『キングス! マジ! 部門は選手? ストリーマーの方? あれ…でも君の声って、生の声…じゃないような?』

「これは、この女性キャラのオリジナル音声をそのまま利用してるんだ。まぁ要はボイチェンだね」

 モニターに設定画面を表示させて、ボイスチェンジ機能をオフにした。

「本当はこういう声。部門は今年からストリーマー部門で活動してる。冬珈琲って言います」

『うおおおマ? うわぁ冬くんだ! お、俺、ワイズだよ!』

「ワイズって、ワイズマンの事務所ってこと?」

 タイデスで、いつもキングスとリーグ戦で必ず戦う強いチームだ。

『そう。ワイズマンのストリーマー! あつれきって言うんだ。炎上しそうな名前だけど今まで一度も炎上は起こしたことないぜ? あつくん、れきくん、どっちでも呼ばれてる。ヨロシクな!』

「こちらこそ、よろしく!」

 女性戦士は、両腕を上げて手をバタバタと左右に振った。

『実は、俺めっちゃ君のファンなんだよ! いつもチャンネル見てるぜ?』

「え。そうなの!?」

『だからマジで敢えて嬉しい! フルーも投げたことあるしサブスクだって毎月、購読してる!』

 まさかワイズマンに僕のリスナーがいたとは。

「そうだったんだ。え。でも、あつれきって名前は見たことない、かも…」

 チャンネル登録数は1万を超えていても、リアルタイムに視聴するリスナーは数百人規模なのだ。フルーやサブスクで表示されるユーザー名は、滝のようにあるわけじゃないから毎回欠かさず見ている範囲で、覚えてはいる。

『俺は、眠りのゴロウって名前でチャンネルを見てるんだ。気軽にフルーを贈りたいのに、配信の活動名で贈ると後でリスナーどもが騒いで迷惑掛けちゃうからさ。だから俺のユーザー名は秘密にしてくれよ?』

「そうだったんだ。なるほど。了解!」

『なぁ。本スタートのときは、また会える?』

「うーん…僕は登録者数が少ないから参加は難しいかな。もし決まったら、お知らせ配信をすると思う」

『なるほど。配信楽しみにしてるぜ?』

「うん。あ、そうだ。今さっき気持ち悪い触手に襲われた件、運営に報告して欲しいんだ。被害報告を出しておけば、更に何か対策してくれるかもしれない」

『あ、そっか。なるほどね。分かった。俺はもう検証でやることないから、このあと直ぐ報告するよ』

「よろしく!」

『さっきはワケ分かんねぇ奴に触手で犯されて超ガチ萎えだったけど、今最高に嬉しい。じゃあ冬くん。また今度な!』

 ブンブンと両腕ごと大きく左右に振って、女戦士はゆらりと消えた。

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