90 / 204
これは奇跡か、必然か
#87:この再会は奇跡じゃない。必然で起きたこと。 - side 誉史
しおりを挟むノベルティグッズを二人に任せて、俺はビルの外に出た。ここに来た時よりも気温は大分落ち着いていて、涼しい風が体を通りすぎてゆくのが心地よかった。
結局、感染で寝込んだインターン生の一人との挨拶はできなかったが、肝心の彼――浅沂時生――には会えた。しかし、ゆっくり話す暇もなかったことだけが心残りだ。連絡先を得ることが叶わなかったのだ。
プロモーション活動が、これから始まる。また会えなくなるわけではない。なのに、もう少し話したかった。
「とにかく次の機会だな」
気を取り直して、折角赴いた新宿だ。電気店に向かい新しいケーブルや良さそうなモニターを目当てに、向かうことにした。出入口に着いて、上に行くエスカレーターは、どこにあるのか目を向けたときだった。見覚えのある人物が視界に入った。まさかと思い、もっと良く見ようと近づいたら、相手が振り向いて「あっ!」と声を上げられた。
「お疲れさまです。盤さん」
俺を見上げて、目を見開いた彼は黒いキャップを少し浮かせてお辞儀した。
次はいつ会えるかと思っていたのに、嬉しい再会だ。
「お疲れさま。何か探し物?」
「あ、あの…マウス。壊れちゃって。ネットで新しいやつを少し前に予約したんですけど、届くのに時間が掛かるみたいなんで、それまで繋ぎ用に安いやつ買っておこうかなって」
そういえば彼は冬珈琲チャンネルを編集する活動をしていると言っていたっけ。
「マウスは使いやすいやつを選ぶと良いよ。こっち来て」
彼を誘導しながら売り場に連れていった。カラフルな色が並ぶ棚を見て「うわぁ。思ったより、いっぱいあるなぁ」と言葉を零した。
「これ。軽くて使いやすいよ。こっちも使いやすいけど、少し重めでね。配色も豊富なんだけど、そうだ。何色が好き?」
「え。色ですか…俺は黒かグレーしか使ってないですね。別にこだわりはないけど、派手なやつは汚れとか、すぐ付きそうだし」
「じゃあ、これかな」
掌に馴染みそうな小ぶりのグレーなマウスを渡した。彼はジロジロと商品を見つめたが、少し唸った。
「ちょっと予算オーバーかな…予備用っていうか繋ぎに使うだけなんで、性能が良くてもここでプロ仕様はいらないかも」
「じゃあ記念に買ってあげるよ」
「えっ!」
両手で商品を持つ彼の手から、マウスを取り上げた。
「ちょっ、ちょっ、ちょっと盤さん!」
流れるようにレジで支払いを済ませて、紙袋ごと彼に引き渡した。困ったように眉をハチの字にさせて、袋の中を覗きながら梱包された四角い商品を見つめた。
「…あの…なんでこんな良くして…記念にって何ですか?」
「だって冬くんの配信チャンネルを担当してるんでしょ? っていうことはアーカイブを管理したり、配信データを編集したり、アップしたりするってことだよね。それ以外にもコメント欄に荒らしが出たら削除対策したり、告知だってする。それらの手間暇を掛けてるからマウスも良く使う。なら良いマウスを使うべきだよ。時々ゲームして気分転換するのにも役立つしね」
「はぁ。まぁ…でも」
「本当は誕生日にあげたいところだけど、12月まで半年先だし」
「えっ。俺の誕生日プレゼントのことまで考えて!?」
「だから今日会えたのも何かの縁だし。あ、そうだ。連絡先教えてくれる?」
スマホを取り出した。驚いた顔を見せた彼は戸惑ったように固まりかけていた。
「…えっ…良いんですか」
「良いもなにも。編集で何か分からないことがあったら、いつでも相談乗るよ?」
「相談って…マジかよ…」
おずおずと彼はぎこちない手つきで、フードのポケットの中をまさぐるようにスマホを取り出した。
「会って間もないのに連絡先交換しちゃって大丈夫なんですか?」
「え。俺の連絡先は別に売らないでしょ?」
彼は首をぶんぶんと真横に強く振った。
「う、売りません!」
「良かった。まぁでも折角だから、ご飯でもどうかなと思うんだけど。お腹空いてない?」
「え。ご飯!?」
いちいちリアクションが大きいから、微笑ましく感じた。
「いやでも、マウスを頂いたのに、この上ご飯までというのは何かちょっと気が引けるというか」
「これまで配信とか編集上でいろんなことがあったと思うけど、君の話も聞きたいなと思ってね」
「俺の話ですか」
「うん。意見も聞いてみたいし」
「意見?」
「今年の多分後半くらいには100万人に到達するんだけどお祝いの記念配信をどうするか、まだ決めてないんだ。でも初心を忘れないように、初見の人も楽しめる企画とかが良いんじゃないかと考えてるんだけど、そもそも動画編集の駆け出しの頃ってどんな配信に夢中だったかなっていうのも検討材料の一つなんだ。だから君の意見も聞いてみたいなって」
「マジすか…俺なんかの意見が役に立つのかな」
少し屈んで同じ目線で、まっすぐ彼を見た。
「大事だよ。でも貴重な意見を伺うんだから何でも好きな物食べて良いよ。何が良い?」
「やば…あ、そうだ、あいつにも電話…」
スマホを弄りだした彼は再び声を上げた。
「出ない…あの、あいつも呼ぼうとしたんですけど多分今、龍の棲む国ってやつを試遊してて忙しいかも」
「ああ、冬くん試遊参加してるんだ?」
「そうなんですよ。登録者数5万もないんで今年も試遊のサポートするって朝、連絡貰って」
龍の棲む国は、田幡が動いている筈だがウイルスによる仕業ならプレイヤーは試遊してる場合ではないから出来ない筈。もし今、試遊しているのならウイルスではなかったということだろうか。
「忙しそうなら、まぁ明日には分かるんじゃないかな。冬くんに連絡してみるのは」
「そうですね…試遊って結構時間掛かるし、配信外なんで俺が編集する出番は何もないし」
「だったら我々はご飯を取ろうじゃないか。ね?」
噴き出すように彼は笑った。
「じゃあ、行きますか」
「そうこなくちゃ!」
51
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話
ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに…
結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?
優等生の弟に引きこもりのダメ兄の俺が毎日レイプされている
匿名希望ショタ
BL
優等生の弟に引きこもりのダメ兄が毎日レイプされる。
いじめで引きこもりになってしまった兄は義父の海外出張により弟とマンションで二人暮しを始めることになる。中学1年生から3年外に触れてなかった兄は外の変化に驚きつつも弟との二人暮しが平和に進んでいく...はずだった。
俺たちの××
怜悧(サトシ)
BL
美形ドS×最強不良 幼馴染み ヤンキー受 男前受 ※R18
地元じゃ敵なしの幼馴染みコンビ。
ある日、最強と呼ばれている俺が普通に部屋でAV鑑賞をしていたら、殴られ、信頼していた相棒に監禁されるハメになったが……。
18R 高校生、不良受、拘束、監禁、鬼畜、SM、モブレあり
※は18R (注)はスカトロジーあり♡
表紙は藤岡さんより♡
■長谷川 東流(17歳)
182cm 78kg
脱色しすぎで灰色の髪の毛、硬めのツンツンヘア、切れ長のキツイツリ目。
喧嘩は強すぎて敵う相手はなし。進学校の北高に通ってはいるが、万年赤点。思考回路は単純、天然。
子供の頃から美少年だった康史を守るうちにいつの間にか地元の喧嘩王と呼ばれ、北高の鬼のハセガワと周囲では恐れられている。(アダ名はあまり呼ばれてないが鬼平)
■日高康史(18歳)
175cm 69kg
東流の相棒。赤茶色の天然パーマ、タレ目に泣きボクロ。かなりの美形で、東流が一緒にいないときはよくモデル事務所などにスカウトなどされるほど。
小さいころから一途に東流を思ってきたが、ついに爆発。
SM拘束物フェチ。
周りからはイケメン王子と呼ばれているが、脳内変態のため、いろいろかなり残念王子。
■野口誠士(18歳)
185cm 74kg
2人の親友。
角刈りで黒髪。無骨そうだが、基本軽い。
空手の国体選手。スポーツマンだがいろいろ寛容。
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる