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これは奇跡か、必然か

#87:この再会は奇跡じゃない。必然で起きたこと。 - side 誉史

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 ノベルティグッズを二人に任せて、俺はビルの外に出た。ここに来た時よりも気温は大分落ち着いていて、涼しい風が体を通りすぎてゆくのが心地よかった。

 結局、感染で寝込んだインターン生の一人との挨拶はできなかったが、肝心の彼――浅沂時生――には会えた。しかし、ゆっくり話す暇もなかったことだけが心残りだ。連絡先を得ることが叶わなかったのだ。

 プロモーション活動が、これから始まる。また会えなくなるわけではない。なのに、もう少し話したかった。

「とにかく次の機会だな」

 気を取り直して、折角赴いた新宿だ。電気店に向かい新しいケーブルや良さそうなモニターを目当てに、向かうことにした。出入口に着いて、上に行くエスカレーターは、どこにあるのか目を向けたときだった。見覚えのある人物が視界に入った。まさかと思い、もっと良く見ようと近づいたら、相手が振り向いて「あっ!」と声を上げられた。

「お疲れさまです。盤さん」

 俺を見上げて、目を見開いた彼は黒いキャップを少し浮かせてお辞儀した。

 次はいつ会えるかと思っていたのに、嬉しい再会だ。

「お疲れさま。何か探し物?」

「あ、あの…マウス。壊れちゃって。ネットで新しいやつを少し前に予約したんですけど、届くのに時間が掛かるみたいなんで、それまで繋ぎ用に安いやつ買っておこうかなって」

 そういえば彼は冬珈琲チャンネルを編集する活動をしていると言っていたっけ。

「マウスは使いやすいやつを選ぶと良いよ。こっち来て」

 彼を誘導しながら売り場に連れていった。カラフルな色が並ぶ棚を見て「うわぁ。思ったより、いっぱいあるなぁ」と言葉を零した。

「これ。軽くて使いやすいよ。こっちも使いやすいけど、少し重めでね。配色も豊富なんだけど、そうだ。何色が好き?」

「え。色ですか…俺は黒かグレーしか使ってないですね。別にこだわりはないけど、派手なやつは汚れとか、すぐ付きそうだし」

「じゃあ、これかな」

 掌に馴染みそうな小ぶりのグレーなマウスを渡した。彼はジロジロと商品を見つめたが、少し唸った。

「ちょっと予算オーバーかな…予備用っていうか繋ぎに使うだけなんで、性能が良くてもここでプロ仕様はいらないかも」

「じゃあ記念に買ってあげるよ」

「えっ!」

 両手で商品を持つ彼の手から、マウスを取り上げた。

「ちょっ、ちょっ、ちょっと盤さん!」

 流れるようにレジで支払いを済ませて、紙袋ごと彼に引き渡した。困ったように眉をハチの字にさせて、袋の中を覗きながら梱包された四角い商品を見つめた。

「…あの…なんでこんな良くして…記念にって何ですか?」

「だって冬くんの配信チャンネルを担当してるんでしょ? っていうことはアーカイブを管理したり、配信データを編集したり、アップしたりするってことだよね。それ以外にもコメント欄に荒らしが出たら削除対策したり、告知だってする。それらの手間暇を掛けてるからマウスも良く使う。なら良いマウスを使うべきだよ。時々ゲームして気分転換するのにも役立つしね」

「はぁ。まぁ…でも」

「本当は誕生日にあげたいところだけど、12月まで半年先だし」

「えっ。俺の誕生日プレゼントのことまで考えて!?」

「だから今日会えたのも何かの縁だし。あ、そうだ。連絡先教えてくれる?」

 スマホを取り出した。驚いた顔を見せた彼は戸惑ったように固まりかけていた。

「…えっ…良いんですか」

「良いもなにも。編集で何か分からないことがあったら、いつでも相談乗るよ?」

「相談って…マジかよ…」

 おずおずと彼はぎこちない手つきで、フードのポケットの中をまさぐるようにスマホを取り出した。

「会って間もないのに連絡先交換しちゃって大丈夫なんですか?」

「え。俺の連絡先は別に売らないでしょ?」

 彼は首をぶんぶんと真横に強く振った。

「う、売りません!」

「良かった。まぁでも折角だから、ご飯でもどうかなと思うんだけど。お腹空いてない?」

「え。ご飯!?」

 いちいちリアクションが大きいから、微笑ましく感じた。

「いやでも、マウスを頂いたのに、この上ご飯までというのは何かちょっと気が引けるというか」

「これまで配信とか編集上でいろんなことがあったと思うけど、君の話も聞きたいなと思ってね」

「俺の話ですか」

「うん。意見も聞いてみたいし」

「意見?」

「今年の多分後半くらいには100万人に到達するんだけどお祝いの記念配信をどうするか、まだ決めてないんだ。でも初心を忘れないように、初見の人も楽しめる企画とかが良いんじゃないかと考えてるんだけど、そもそも動画編集の駆け出しの頃ってどんな配信に夢中だったかなっていうのも検討材料の一つなんだ。だから君の意見も聞いてみたいなって」

「マジすか…俺なんかの意見が役に立つのかな」

 少し屈んで同じ目線で、まっすぐ彼を見た。

「大事だよ。でも貴重な意見を伺うんだから何でも好きな物食べて良いよ。何が良い?」

「やば…あ、そうだ、あいつにも電話…」

 スマホを弄りだした彼は再び声を上げた。

「出ない…あの、あいつも呼ぼうとしたんですけど多分今、龍の棲む国ってやつを試遊してて忙しいかも」

「ああ、冬くん試遊参加してるんだ?」

「そうなんですよ。登録者数5万もないんで今年も試遊のサポートするって朝、連絡貰って」

 龍の棲む国は、田幡が動いている筈だがウイルスによる仕業ならプレイヤーは試遊してる場合ではないから出来ない筈。もし今、試遊しているのならウイルスではなかったということだろうか。

「忙しそうなら、まぁ明日には分かるんじゃないかな。冬くんに連絡してみるのは」

「そうですね…試遊って結構時間掛かるし、配信外なんで俺が編集する出番は何もないし」

「だったら我々はご飯を取ろうじゃないか。ね?」

 噴き出すように彼は笑った。

「じゃあ、行きますか」

「そうこなくちゃ!」

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