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これは奇跡か、必然か

#85:ようやく君に - side 誉史

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『いえ、とんでもないです! オレの後ろで、マネージャーは本社とちょっとまだ電話してるんですけど…まぁ基本、オレが確認してる最中もずっと聞いてるんで。むしろ今日は、なんか本社のインターネット回線がバカみたいに死んでて申し訳ないです。打合せとか会議に出られないなんてことは普段ないんで。ちょっと、このあとウチの、レクシアズの従業員との挨拶とか謝罪とかが、併せてあると思うんスけど、今後ともよろしくお願いしまぁす!』

 ふざけた態度だが、打合せに出られなかった本社のスタッフのために、神楽は一人で打合せを乗り切ったのだ。褒めるべきところだが、調子に乗るので、黙ったままでいることにした。

『それじゃあ、えっと、そろそろオレは次の予定があるので、あとは、お任せしても良いですか?』

 神楽の呼びかけに、鉢野が応じた。

「ああ、神楽くん。もうお時間でしたね。あとはスタッフの人たちとの顔合わせの挨拶と、盤さんにサイン書いてもらうだけなんで、今日はもう上がって大丈夫だよ。打合せに出てくれて本当にありがとうね。お疲れさま」

『あざーっす! じゃあ、諸々よろしくアンドお疲れさまでぇーす! 盤のアニキも、オレに会える日を楽しみにしててくださいねー!』

 神楽は両手を振りながら元気な声を上げた。ノートパソコンのウェブカメに野世も手を振った。

「お疲れさまでした。今後とも、どうぞよろしくお願い致します」

 俺は軽く手を上げた。

「はいはい。お疲れ」

 神楽玲央がプツリと消えた。

「それでは改めまして、弊社の従業員をオンライン会議に招聘してプロジェクターに映させていただきますね」

 彼女はノートパソコンにカタカタと打ち込んだ。

「え。直接お会いできないんですか?」

 わざわざワンダイフに来社したのだ。思わず口に出た。

「ワクチンは始まったばかりですが、まだ感染下ですから、殆どの従業員は在宅からのご挨拶となります。申し訳ありません」

 野世が済まそうな表情で弁明した。

「そうですよ。盤さん。皆さん、お忙しいのに集まってくださったんです。ご挨拶させてもらえるだけでも有難いんですよ?」

 俺の横で、鉢野が軽く溜め息を付いた。

「そう、そうですよね…すみません。サラリーマン時代やってたときは、ムリしてでも取引先に挨拶しに行くとかやってたんで、つい」

「あ、盤さんはサラリーマンやられてたんでしたっけ。流石、打合せが毎回スムースに進んで凄くやりやすいなぁと思ってました」

 野世がフォローするように褒めてくれた。

 会議室の壁に数十名のスタッフらが、パラパラと映り始めた。10マス、20マス、30マスへと人物の映る画面の枠が割れていく。

「在宅及び社内の他の部屋で仕事を進めておりますスタッフたちです」

 野世が丁寧に一人一人を紹介した。神楽玲央の新曲リリースに関わるプロジェクトチームに参加するワンダイフ・コーポレートの従業員だ。

 彼らは、マスクをしていなかった。一人一人が自己紹介を始めて、ざっと挨拶した。

「では次にレクシアズ本社様とのお顔合わせになります。あちらの従業員の方々と今お繋ぎしますね」

 野世は、レクシアズの従業員たちも、同様に会議室の壁に映し出した。

 一人一人に彼らと挨拶を終えて、暗かった部屋の電気が点いた。

「お顔合わせは、ひとまず以上となります。何かご質問はありますか?」

 ある。大いにある。

 俺の目当ての人物はいなかったのだから。

「あの一つ質問なんですが、さきほどご挨拶していただいた方々でマックス、全員いたんでしょうか。前に大鳥さんからプロジェクトメンバーの一覧を見せていただいたときは、あと少しいたような気がしたんですが」

 俺の記憶が間違っていなければ、レクシアズではなく、ワンダイフ・コーポレート側の関係者一覧に名前があったのだ。

 鉢野が小さく口を挟んだ。

「え。そうでしたっけ?」 

 野世が「メンバーは今日いない大鳥を除いて全員いましたけど…」と声を上げたが、ハッとしたような顔つきに変わった。

「あ、臨時で入ってもらっている人かしら?」

「臨時?」と鉢野。

「ええ。インターンの学生の子と、派遣スタッフを少し臨時で入れたんです。今日はノベルティがかなりありますから、いま裏の倉庫で最終的な検品と個数のチェックをしてもらっています。デュエットするお二人をイラスト化したアクリルスタンドに、曲名『星の導き』のタイトルを印字したTシャツ、イラストと曲名がプリントされたコットンバッグなので、掠れてたり何か欠損してるとマズいですから。全部で300か400くらいはあります」

 え。サインするだけでも、そんなにあるのかよ!

「うわぁ。結構な量だ。ここに運んでいただくんですよね? なら私も手伝いますよ」

 鉢野が買って出た。今までスタッフ任せで、体力を使う仕事には前のめりに取り組んでいるのをみたことはないのだが、臨時の増員を聞いて気の毒に感じたのだろうか。

「じゃあ俺も手伝いますよ」

「あ。いえ盤さんは結構ですよ。これからサインをする人が、物を運んで運悪く手を切ったり怪我したりすると、まずいですから部屋で待機しててください」

 鉢野らしくない言葉のように思えたが突っ込むのは止めておいた。やる気になっている人を、いじるのは良くないだろう。

「そうですね。盤さんは、こちらに待機しててください。マジックも今お持ちしますね。あと倉庫にいるスタッフにも声を掛けて挨拶に伺うよう言っておきます」

 野世と鉢野が会議室から出ていった。

 倉庫にいるのなら、俺も正直行きたかった。そこに彼がいるのなら、今すぐにでも確かめたかったのに――。

 ガチャっとドアが開いて、大きな段ボールが見えた。だが余程重いのか足元が崩れそうに見えて、俺は咄嗟とっさに駆け寄った。

「大丈夫かい?」

 一回り小さい背だ。黒いキャップが動いたが目元は良く見えなかった。

「すみません。大丈夫です!」

 大きなダンボールを会議室のテーブルの上に置いた人物は振り返って俺を見た。

「あ…」

 目が合ったとき「浅沂くん。こっちも持ってって!」と遠くの方から、指示する野世の声が聞こえた。

「そうだ…荷物」

 さっと黒いキャップのツバを目深に被り直して、出て行こうとするから、俺は彼の腕を思わず掴んだ。

「ちょっ、ちょっと待って!」

 背を向けた黒いフードと黒いキャップを被った彼は、体を震わせた。そして、ぎこちなく振り向いた。

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