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これは奇跡か、必然か

#82:田幡武雄という男は - side 誉史

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 3年前に登録した電話番号だ。変わってないと良いのだが、とりあえず掛けてみた。

『はい。らふTVコンテンツ事業編成部、イベント担当の江野口でございます』

 コール音が鳴るよりも早く出た。

 前も、そう名乗っていたような気がする。少しハスキーで、若い男の声だ。

「あ。どうも。いつもお世話になっております。来田です。今朝らふTVから龍の棲む国の試遊ができるようになったので、来月から本格稼働する連絡の旨をメールで頂いたんですけど、僕は来月参加ができないので試遊だけさせていただきました。ですが、ちょっと予期せぬ出来事がありましたので直接ご連絡を差し上げました。ご担当者さんっていますか?」

 少し早口だったが、江野口は歯切れよく直ぐに応じた。

『あ、そうでしたか。僕も担当スタッフの一人でございます。ですので詳細を、お聞かせいただけますでしょうか。もし何か不都合なバグ、エラーでございましたらVC運営用のチャットにも、ご報告していただければ現参加者に共有もできるのですが』

「知ってます。でも内容が軽いのか重いのか分からなくて、場合によっては別途調査とか緊急対応になるかもしれなくてですね。なので僕からの報告で他の人たちに不安を煽るのもどうかと思いますし無暗に共有するんじゃなくて、先にちょっと確認させていただきたいなと思いまして」

『はぁ。それは…どういった確認でしょうか?』

 若い声が困惑している。要領が掴めないからだろう。

「西の都の外れにある調合師の女性キャラが襲われていたので先ほど助けたところなのですが、襲った相手は魔法使いでした。ちなみに魔法使いに化けていたのは、モンスターではありませんでした。NPCではなく、プレイヤーによるキャラクター操作です。強制的に95番目の確認のためだとか言って、女性キャラに迫って殴るという暴行を加えた上で、検証作業を妨害したようなんです。こういった行為は運営側でランダムにプレイヤーを選んで、イレギュラーな指示とか出してたりします?」

『は? えっ。ちょ、ちょっと待ってください。えっと、イレギュラーな指示というのは、女性キャラの方でしょうか。それとも魔法使い側でしょうか?』

「魔法使いの方です」

『えっと、その魔法使いは男性が操作していたキャラクターになりますか?』

「僕は調合師が襲われていたので、魔法使いを背中から斧でぶった切ってしまい、ライフゼロになったから話をする間もなく消えてしまったんですね。だから事情は女性キャラを操作していた方から伺いました。なので、伝聞になってしまうのですが、どうも魔法使いは男のようです。なので襲うような指示を、魔法使いを操作された方に運営側が指示されていたのか確認したいのですが?」

『え…あー、いや僕はそういう指示をしろとは聞いてないですけど…ちょ、ちょっと待ってもらえますか…あの確認してきます!』

 通話がプツリと切れた。

 江野口は保留ボタンを押したつもりなのだろうが、どうやら慌てて確認を急ぐあまり押し間違えたようだ。

「切れちゃった…」

 スマホを見つめていると、数秒置かずに電話が入った。最初の4桁の数字は見たことがある。らふTVからによる番号だ。

「はい」

『あ、もしもし。お久しぶりです。盤さん、ですよね?』

 今度は落ち着いた声だった。この声は聴いたことがある。れこ盤ディレクターを担当していた前任者、田幡武雄たはたたけおだ。

 鉢野より2つ年上の先輩にあたる。らふTVの大型イベントステージでは過去お世話になったこともある。この人がディレクターだった当時は、まだ俺にもゲストで誰を呼ぶか意見を聞いてくれたっけ。でも田幡が番組担当から他へ異動となったとき、俺がゲストを知るのは収録当日の方が面白いだろうと鉢野の考えで変わってしまった。

「あー田幡さん。お久しぶりですね!」 

『江野口から聞きました。電話が切れてしまったみたいだけど、来田さんって人からの連絡と、来月参加できないって話から配信やってる人で試遊参加してるのは、あなたくらいしか思いつかなかったから直ぐ分かりましたよ。早速ですけど試遊の件で問題が起きたことについてですが、運営側は何も指示してません。検証いただくプレイヤーに確認事項を試して報告して欲しい、とだけ伝えましたが、特定のプレイヤーにイレギュラーな指示を投げることはありえません』

 ものの短時間で俺だと突き止めたようだ。しかも、相変わらずの頭の回転の良さである。こちらの意図を直ぐにみ取って理解してくれたようだ。

「田幡さん。話が早いですね。では特定のプライヤーに指示してないってことは、勝手にゲーム内サーバーに入り込んだプレイヤーが妨害行為を行っているという認識になりますでしょうか?」

『それは分かりません。プレイヤーによる妨害行為なら見つけ次第、永久追放のBANをするなりして二度と踏み込まないように対応処理はできますが、万一プレイヤー操作によるキャラクターに見せかけた妨害が、ウイルスによるものかもしれないですし、いずれにしろ現時点では何ともいえません。盤さんが助けた調合師のキャラを操作中の方にも事情をお伺いしたいので、あとはこちらで諸々確認を進めさせていただきます』

「わかりました。よろしくお願いします」

『すみません。とても久しぶりでしたので、ゆっくり話をしたいところですが、一息つく暇もなくて。れこ盤のあとマーケからの広報経由で、今月からコンテンツ事業編成部に異動してきたんですが、感染予防で社員の人間が在宅と通勤組で作業スピードも違う上、統括する奴が寝込んで2週間来れなかったりすることもあって、社内がバタバタしてるんです』

 出来る社員が異動辞令で、まとめ役を担っているようだ。さすが上の人間は、田幡武雄の使いどころを分かっている。

「それは大変ですね。それじゃあ何か分かりましたらご連絡ください」

『はい。とにかく原因が分かりましたら再度ご報告致します。ご連絡ありがとうございました。また何かありましたら、お知らせください。それでは失礼します』

 通話が切れた。なんだか大変なことになってきた。闖入者は、もしかしたらプレイヤーに見せかけたウイルスかもしれないなんて、そんなことあり得るのだろうか?

「にしても田幡さんの手腕は凄いな。俺が考えているよりも、もっと広く考えて行動してるんだな」

 タイミングよくメッセージの通知が届いた。鉢野からだ。

【盤さん。お疲れさまです。今日の打合せよろしくお願いしますね。先に行って近くのカフェでお待ちしてますので、着きましたら連絡ください】

 スマホで撮影したのだろう写真が添えられていた。人の少ないカフェで、美味しそうにパフェを頬張りサムズアップしている呑気のんきな姿が映っていた。

「おいコラ鉢野。お前も田幡さんを見習えよ!」

 のんびりデザートを食す番組プロデューサー様に思わず溜め息が出た。

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