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ファンタジックな運命
#80:さっそく僕は異世界に行ってみたけど普通にヤバかった件 5 - side 時生
しおりを挟む『鬼退治のときに、一緒に作業を手伝ってほしいって何人かの女性配信者に頼まれたことがあったんだ』
そのシーンは彼の配信で去年見たことがある。彼は配信内では結構モテモテなのだ。現実では既婚者でも、ゲーム内の桃太郎は独身だった。前回の鬼退治においては、男女のパートナーを作る設定はなかった。従者の猿、キジ、犬として共に行動するしかなかったけれど、桃太郎の役を選択する女性配信者は結構いたのだ。
『レベル上げを手伝ったんだけどね、配信を終えたあとゲームから抜ける直前に、一人の女性配信者から訊かれたんだ。ファンなんでDMかショートメッセージで、後で直接やりとりできないかって。そういうのは断ったんだけど。そうしたら去年の年末あたりに俺の知人が、その女性配信者と会ってたんだ』
「え! それってまさか群錠さん!?」
『違う違う! 群錠じゃないよ』
彼が噴き出すして笑う声も一緒に聞こえた。
『群錠とは違う人なんだけど、コラボはあまりしてなくてさ。裏で一緒に飲んだり遊んだりしたゲーム仲間だったんだ』
「え、コラボをあまりしないって…」
つい口から出た。彼とコラボをしたがる配信者は多いのに、逆にしないというのは珍しいと思えたからだ。
『これまで1回きりの配信者も結構いるんだけどね。その何人かは、のんびりと配信をしたい人もいるんだよ。彼は、ファンの急増を希望してなかった。でも俺とは飲んでみたいって言われて。結構面白い人だったんだけどね』
「もうゲームをしたり一緒に飲んだりとかはしてないんですか?」
甲冑のキャラクターの頭が左右に揺れた。
『してない。できなくなったんだ。女性には今カレがいて、彼女の浮気を知ってSNSに暴露したから。ショートメッセージのやり取りのスクショ付きで、完全に炎上が起きた。で、俺の知人は暫く配信できなくなって謹慎して、そのとき知ったんだ。俺と同じように声を女性に掛けられてたって。最初はDMで、やり取りしてる内に会いたいっていうのを受けてしまった。それ以来、俺との連絡も途絶えてしまってね』
そういえば半年前の年末に、男女関係の炎上がSNSのタイムラインで話題になっていたような気もする。どんな名前だったかすら覚えてない。よくある炎上だと思い、見聞きしたことは流したが、まさか彼に繋がる知り合いだったとは。
これまでの彼の雑談配信でも聞いたことがない。きっと、そんなことがあったことも彼は口外せず飲み込んできたのだろう。
「なんか、ごめんなさい。嫌なことを思い出させちゃいましたね」
『いや、もう大丈夫だよ。随分前のことだしね。ま。ただ配信外で女性と親密になることだけは遠慮してるというか、ちょっと考えないといけないかなって』
画面が一瞬、白くフェードアウトした。景色がゆっくりと戻り、キラキラと光るハートマークの出現と共に《パートナー成立》の字幕が浮かんだ。
『あ。なれたみたいだね。体調は、大丈夫そう?』
気遣う言葉が掛けられた。僕の体系が少しふっくら形を変えているから、心配したのだろう。
「大丈夫です。体力とは別のパラメーターが付いたんで…あっパラメーターが下がった…撫でてください! 早く!」
『え。撫でるって?』
「VキーですVキー! 早く!」
『あ、はいはいはい。Vキーね。あ、撫でてる。え、これで良いの?』
彼の甲冑の鋼鉄の手が僕のお腹を、すりすりと撫でた。急降下した緑のパラメーターが上昇してゆくと、僕のキャラクターが小さく吐息をついた。
「はい。パートナーに、お腹を撫でて貰って気分が良くなりました」
『待って。パラメーターって何のパラメーターが付いたの?』
「その、これは…悪阻ですね」
『えっ!?』
「赤ちゃんできるとパラメーターも表示されて、でも直ぐ下がったから。お腹を撫でてっていうマーカーというか、手を振るマークのようなものが出たんです。それでVキー押せって警告も出て。でも自分じゃダメだったから、パートナーにやってもらうんだなって直ぐに思って。あの、もう大丈夫です。メーターはマックスだし気分良くなったので安定しました。すみません。お騒がせしました」
『良かった。もう大丈夫なら良いけど。それにしても、できるの早いな。赤ちゃん生まれるのも、いつなのか分かる?』
表示された自分のメーターを調べてみた。7日と表示されている。恐らく生まれるまでのカウントダウンなのだろう。
「1週間くらいですね。これで検証作業を進められます」
『そっか。だからリアルに1週間は、妊娠期間中だと他の人とパートナーにはなれないってことになるのか。なるほど。じゃあ、大丈夫そうなら俺行くけど…あ、そうだ』
彼は背中に背負っていた大きな斧を手にすると、地面に突き立てた。
「盤さん?」
『この斧。部屋の隅に置いてくね。デカい斧は他にもあるし鍛冶屋で見かけたから、そっち使うよ』
「え。なんで置いてくんですか? 薬の調合しかできないんで、斧は持てないし使えないんですけど」
ドアの前で彼は振り返った。
『そりゃあまぁ、今日抜けて明日から来ない奴が、君を守ることができないから。せめて、ここに斧を置いておけば、パートナーの相手が戦士だっていう主張にもなると思うんだ。その戦士が出入りしている場所を侵害する奴は、いないと思うけど…だから、お守りくらいにはなるかなって』
「そういうことだったんですね。ありがとうございます。気にかけていただき嬉しいです。助かります。あの、色々と足止めさせてしまって本当にすみません!」
『全然足止めにはなってないから大丈夫だよ。君も頑張って。そうだ。今更だけど、一応、名前を聞かせてもらえる?』
「名前ですか…えーと、まだこの子の名前は決めてないんですけど」
僕はお腹をさすった。
『え。ああ、いや、そっちじゃなくて君の名前のことだったんだけど』
「あっ!…すみません。えっと、ハーブです!」
『ハーブ…それは…いや、いいか。うん。じゃあ、俺行くね。検証がんばって!』
ドアを開けて彼は出ていった。
もしかして今、一瞬言い淀んだのは、キャラクターの名前ではなく僕の名前について訊ねられたのだろうか。
「ダメだ。時間が勿体ない。さっさと検証作業やんなきゃ!」
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