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ファンタジックな運命

#76:さっそく僕は異世界に行ってみたけど普通にヤバかった件 1 - side 時生

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「わぁ。すご…」

 高台から眼下に広がる一面の景色は、オレンジ色の屋根に統一された家屋かおくが見えた。その中で灰色のドーム型の屋根や細くて高い塔も見えた。なんの施設になるのだろうか。

 日に照らされた街はうずを描くように隆起しており、中心となる高い場所に古城が見えた。

「あ、操作方法…どうやるんだったかな」

 VC用のブラウザを引き寄せて一瞥いちべつしてからキーボードのMボタンを押した。メインモニター画面に映る街の上空に、ドゥブロクニア旧市街と文字が表示された。

 確か、らふTVの社員は旅行を趣味にする人がいて、国内外で実際に見てきた景色をゲーム内の情景に反映すると前に聞いたことがある。前回は鬼退治がテーマだったから桃太郎で有名な岡山での旅行をしたらしいのだが、今回の景色もまた、どこかに旅行をしたのだろうか。世の中に感染が蔓延して飛行機もキャンセルになるという旅は暗黒時代、感染前に旅行は済ませていたのかもしれない。

「とりあえず町に行かなきゃ」

 ファンタジーな街並みに、わくわくしながら高台から駆け下りた。森を抜けて街に直ぐ着くと、何語がわからない文字で書かれたアーチ型の看板を潜った。きっと、ようこそ、とでも書いてあるのだろう。

 石畳の道を歩いてゆくと大きな斧や槍、長い剣や短剣を飾る鍛冶屋、やくそう・毒消し・魔法の聖水が置かれた道具屋、ふかふかのベッドがありそうな宿屋と続いて、BARの文字が書かれた木製の看板が見えた。

「なんでBARだけは英語なんだろ?」

 ここまで歩いてくるのに、まったく何語か分からない文字の看板だったから見た目で判断できた店が点在していた。しかし食事処だけ英単語とは不釣り合いな気がした。

 設定が可笑しい――という報告はすべきだろうか。いや、設定はスルーだろうな。そういう疑問を持つとキリがない気がして、僕は考えるのをやめた。

 さっとガラス窓から覗いてみた。丸い木のテーブルに椅子がいくつか配置されており、バーカウンターの棚には、見た事のないラベルが張られた酒瓶がずらりと並んでいる。

 ここは勇者や賢者とか、メインキャラを選んだ人が良く使うレストランになるのだろうか。それとも情報を吸い上げるためだけに使われる場所になるのだろうか。

「BARの中は人の影すらない…オープン前だからかな?」

 BARから離れて先を進んだ。やがて広場が見えてきて、町人らしき集団の塊が見えた。皆、大きな城を見上げるように上空を仰いでいる。

「何を見ているんだろ…」

 古城を見上げると上空に、文字が見えた。通常は見えないハズのものだから、文字の出現は運営担当による敢えての表示だろう。

《集まった皆さん。お疲れさまです。既に決められた役職に各自、就いてると思われます。このあとFキーで各自のポジションに直ぐ移動できます。一人最低でも100項目の動作・可動チェックを課しています。最初の1週間ですべての確認をお願いします。バグは発見次第、VC用のフリーチェット欄に報告してください。》

「100項目もあるのか」

 去年は50項目くらいだった。今回はフィールドが広い分、増えたのだろう。

《既にメインキャラのバグは現在調整中です。本日20時には改修したバグを再度実装しますので、メインキャラ選択の方は20時以降にご確認ください。確認用の項目一覧は、各自の担当ポジションに置いておきました。机とか椅子とかメモ用紙が置かれてると思います。敵役で草原担当なら木の幹に紙を張り付けておきました。確認後、さっそく始めてください。なお本件のデバッグは裏作業なので、SNSでの拡散、こっそり配信、他の配信者に対する何らかの伝言や報告などの発言は絶対にやめてください。》

 そりゃそうだ。口外は、すべて禁止である。そういえば去年、ポロっと個人のSNSでバグ内容を話した個人配信者が出禁になったというケースもあったっけ。

《検証内容でも周囲に話した場合、ネタバレになります。違反者は最悪の場合、らふTVから損害賠償に発展して訴えられる可能性を含みます。ルールを順守して何卒よろしくお願いします。》

 空に出現した文字は、ふわりと消えた。

『そういや前回の鬼退治で従者になる犬のキャラには首輪の装備があったらしいけど、運営は人がキャラを操作するとはいえ倫理的に首輪の装備を実装するかどうかで揉めたらしいぜ?』

 どこからかVCで会話する声が聞こえた。聞いたことのない声だ。恐らくゲーム内にあるオープンVCをオンにして、デバッグ参加者同士が会話をしているようだった。

『それ聞いたことある。結局、実装したらしいけど、視聴者が似たような首輪を実際に探してきて、それを新学期で学校に持っていって配信見てない同級生に付けさせて問題になったらしいよ』

『あ、それで途中から首輪の実装なくなったのか。配信の視聴も見る人が増えてくると、いろいろお気持ちお察しコメとか苦情とかあるよなー』

 らふTVは、いまや中高生には人気のコンテンツだから、配信で見たものが学校で話題になるのはよくあること。僕の大学でも行き交う生徒同士の会話で「昨日の配信見たか?」なんて声を耳にすることがある。

『それよりさぁ今回の新機能実装、知ってるか?』

 僕は迷わずFキーを押した。新機能を知るのは毎回楽しみにしているのに、聞いたらつまんなくなると思ったのだ。

 目の前に見えていた古城が揺らめいて、ハッキリと視界がまた見えるようになるとき、大きな暖炉の前に僕は立っていた。

 周囲を見渡すと、ダークブラウンの木製カウンターの上に沢山の葉っぱが積まれていた。近づいて調べてみた。

「満月薬…満月の日に現れる幻の薬草…あ、こっちは新月草って書いてある…えー、なになに。満月と併せて薬液にすると猛毒で瀕死でも全回復する…なるほど?」

 天井を仰ぎ見ると、たくさんの藁の束で敷き詰められた古風な藁葺わらぶき屋根だった。奥の部屋には大きな黒い鍋が見えた。

 魔女が使う、かき回していそうな鍋に見えたが、僕が今後ずっと使うことになる大事な道具の一つだ。

 あまりにも大きな鍋で僕のキャラクターより背の高い鍋のそばに木のハシゴが掛けられていた。

 もっと周囲をよく見渡してみた。部屋の奥に更に大きい木製のテーブルが、ずしりと重そうに構えていた。

「こっちは作業台か。これって、三角や丸いフラスコだ。色んな長さのスポイトに、ハケもある。これは紙の束…ってことは、メモ代わりに使うのかな…あ、違う。確認事項が書かれてる!」

 夢中になって読み始めたときだった。カランと音の鳴ったドアに僕は気づかなかった。

『みぃつけたぁ』

 急な声に振り返ると、青紫のフードを被った男が長い杖を振り下ろしていた。

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