77 / 110
ファンタジックな運命
#74:こんなの聞いてない! - side 時生
しおりを挟む多分、僕が最初に気付くとき、殆ど同時に相馬も気付いたと思う。
会議室に通されて、今回取り組むことになった仕事の説明を受けたときだ。紙ではなく、プロジェクターで映し出された壁一面に見たことのある景色に息を飲んだ。
れこ盤とレクシアズによる共同企画、デュエット曲を世に輩出するのが、まさかインターン先の企業だったなんて思いもしなかった。
「君らに最初にしてもらう仕事は、一週間後に告知されるページの確認になる。これは未発表のことだからSNSに書いちゃダメだし、他の友達にも言っちゃダメだよ。もちろん盤さん、本人にもだ。本人にはこれから告知されるから、間違っても教えるなんてこともしちゃダメだからね?」
責任者であり且つ雇用者である大鳥からの説明に、僕らは何度も頷くしかなかった。
だからデュエット曲を出すことは、彼が神楽玲央から話を聞かされるよりも前に知ることとなった、のだけど――間違いがないか確認してくれと言われて、僕と相馬は隈なく告知ページの一言一句を確認した。
僕らは互いに顔を突き合わせて、書かれていることの内容に驚愕もした。
「トッキー。やばくね?」
「やばい」
「大鳥さん。キックオフミーティングは終わってるって言ってたけどさ、ほんとに顔合わせしないまま行けんのかな…てか、仕事中に盤さんに会ったりするのかな?」
「それは僕だって分かんないよ。相馬」
「そうだけどさ、トッキー、ほらここ。ボイトレとか打合せとかにも、カメラ回して収録するみたいだからさ」
「歌を売り出す前からプロモーションを掛けるため、だね…今まで歌を出さなった人が歌うから」
「メイキングはオイシイってか。てことは万一、トッキーが映り込んだらヤバイじゃん!」
「そ、そんなことにはならないよ。関わるスタッフは主に大鳥さんだし、僕らみたいな大学生が盤さんの近くで直接仕事するわけじゃないでしょ。だって裏の仕事じゃん。ウェブページの確認はデスクワーク。検品は倉庫だし。それにさ、今更インターン断れなくない?」
「うーん。このご時世に断ったら超心象悪いよな。2カ月くらいの短めインターンの仕事だっていうから受けたのにさ。ま、とにかく雇用期間中は大人しく目立たずにやるしかないな。でも盤さんに、バッタリ会った場合ちとマズいのはトッキーの方だよな…」
「え…僕…?」
「だって事務所。盤さん経由で、大鳥さんに知られたら事務所所属なのかって突っ込まれるだろうし、最悪インターン終了になるかも」
「そう…だけど…でも一応、仮にもインターン先の企業にとって盤さんはクライアントだよ!」
「あー…俺ら、考えてみればクライアントと親しく話したら、ここの従業員には大学生が馴れ馴れしく取引先相手と話してるようにも見えるから…やっぱマズいか」
「そうだよ! それに僕の個人的なことで口止めを頼むのは心苦しいから言うの嫌だよ…」
できれば彼と会わないままで静かに仕事をこなしたい。意見の合った相馬と共にインターン就業が始まったが、事態は悪くなること、良くなること、同時に起きた。
まず、一週間が経った頃、彼からメッセージが来た。
【返信が遅れて本当にごめん。冬くん。単刀直入に言うとコラボは、どんなに早くても夏か夏以降になりそうです。スケジュール調整でいろいろ遅くなりました。かなり先になるけど、本当に申し訳ないです!】
これは明らかに、デュエット曲のプロジェクトが裏で動いているから、コラボを挟む余裕がなくなったことを意味すると直ぐ理解ができた。けれど、コラボが先延ばしになった原因を指摘することなんてできないから――了解です。僕はいつでもできます!――とだけ返した。
それが精一杯の僕からの返信だった。
次に良いことだ。
彼が神楽玲央とのデュエット曲を早朝に発表以降、プロジェクト企画の煽りを受けて多忙となったようで、毎日という頻繁な配信がなくなり、3~4日に一回だけと減ったことだ。リスナーにとっては良いことではないが、僕と相馬には良いメリットだった。
早速、5月下旬からボイストレーニンングが開始となり、レッスンはワンダイフの本社――以前は汐留の高層ビルだったが新橋のビルに変わり――新宿のワンダイフの子会社には来社がなかった。
まったく出くわすことなく、あっという間に季節は6月半ば。ボイトレ期間を終えた彼は歌の収録に入り、僕らは順調にインターン就業を進めることになった。
一度も彼と顔を合わすことはなく平和に過ぎたのだ。
そんなときだ。
仕事終わりに大鳥に声を掛けられた。僕と相馬の二人ともだ。何かを、やらかしたのだろうかと一瞬頭に過った。だが、違った。
「そうそう君たちに大事な話がある。キックオフミーティングに出られなかったスタッフさんには、一度盤さんと挨拶をしてもらいたいんだ。グッズ納品のある再来週くらいに検品と梱包の仕事をする日に、盤さんと打合せを組んだから、必ず挨拶をしてね。愛想良く。よろしくね」
それは、まったくの寝耳に水で、油断していた。会わずに仕事が、このままやり過ごすことができるかもしれないと思った矢先だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
20
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる