70 / 204
大手のリアルなコラボ事情
#67:登録者数120万人とのコラボ - side 誉史
しおりを挟むあの3か月分のスケジュールを提出しろと言った言葉に、何故気づくことができなかったのだろう。
大型企画になることを匂わせる発言だったのに、俺は見抜けなかった。
「こんな話、聞いてない!」
思わず荒げた声が出た。電話口で大声を出したから、きっと向こうはスマホを耳から遠ざけただろう。
「おい鉢野! なんでこんな企画を受けたんだよ!」
『一度、番組出演が見送られたからですよ。4月半ばに収録を予定してたんですが、彼の事務所が結構炎上系には敏感でねぇ』
彼――というのは、神楽玲央のことだ。レクシアズは、所属するバーチャルキャラクターたちをネット上で幅広く活躍させるために、一切のトラブルも許さない事務所で有名なのだ。
『でもね。盤さん。向こうからだよ。玲央君自身が直接交渉してきて、改めて企画の打診を受けたんだ。受ければ、番組出演のお断りはチャラになる。断れるわけないだろう?』
「いや、だからって。俺の預かり知らぬところで、勝手にオファーして事務所が断りを入れて、それで神楽がショックを受けて、企画を逆提案して受けるって。その流れの中で、なんで俺に一切の相談も連絡も報告もないんだよ?」
『それは仕方ないっすよ。最初のオファーは私が出したものだし、盤さんにゲスト出演の話をするのは当日ですから』
電話口で溜め息を吐かれた。溜め息を吐きたいのは俺の方だ。
当然のことのように、鉢野は言うが、俺は収録当日まで毎回知らせて貰えないのである。
今は感染症が流行る時代、予定も変わりやすい。だから俺が事前に知っていることをSNSや配信でウッカリ出演者の情報を口走らないようプロデューサーが当日までスタッフらに緘口令を敷いて配慮してくれているらしいのだが――。
「今回は別でしょ。ゲスト出演のことは当日に教えてもらうにしても、企画の話は事前に相談してくれたって構わないでしょうが!」
『だって結局企画を断ることはできませんからね。収録当日にゲストや企画の話を聞いて驚く顔を撮れたら、その方が良いじゃないですか?』
なんて能天気な。
「言っておきますけど、俺は世に蔓延る歌ってみたシリーズとか、過去に出したことありませんから。歌を出すにしても、ステージに登壇して歌うパフォーマンスをするのは絶対にしませんよ!」
『あー、歌手デビューしても顔出ししない感じですか?』
「しません!」
『週刊誌に英華さんとツーショット写真撮られたこともあるのに?』
おいおい。番組プロデューサーなのだから、俺の味方でいてくれよ!
顔出しをしない配信活動を、まさか、なじられるとは思わなかった。
「前から配信でも度々言ってますけど、ライブで配信活動を始めた頃から俺はマスク付けて活動してるんです。彼女が有名になったからとか、週刊誌に載ったからとか、れこ盤の番組を持ったからとか、そういう節目を迎えても俺は変わらずに活動したいんです。歌を出したって顔出ししませんから」
『そうなんですかぁ。いや、顔出しには前向きじゃないのは分かってましたけど、今回ばかりは腹括って顔出しするかと私は期待してるんですけどねぇ?』
「それは数字のためでしょ。ていうか別に歌を出すのは俺じゃなくたって良かったじゃないですか。番組のMCだからとはいえ、俺が嫌がることぐらい想像ついたでしょ?」
乾いた笑いが聞こえた。俺が訊ねているのに、一体どこに笑う要素があるのだろうか。
『私ね、前からちょっと思ってたことがあるんですけど。玲央君もね、言ってたんですよね。盤さんって五木万次郎の声に似てるって』
「はぁ?」
『あの紅白常連、大物歌手、兼、俳優である五木万次郎に似てるって、なかなかレアじゃないですか!』
今度こそ思わず大きな溜め息が出た。どうやら日本の芸能界で活躍する超有名人の声に似てるという理由で、俺とコラボをしたいという神楽玲央の野望が透けてみえたからだ。
「つまり俺は踏み台ってことですよね?」
『やだな。そんなこと言ってないでしょ。ただ玲央君は、恐らく盤さんとデュエット出したら配信のどこかで五木万次郎さんに似てないかってリスナーには言いそうですね。あれ。でも。もう前から言ってませんでしたっけ彼?』
「知らん。神楽の配信は普段見てないし」
『まぁまぁまぁ。でも玲央君は、盤さんのリスナーでもありますから。Vキャラで活動する前から盤さんの視聴者参加型のゲームに何度か参加してたって話だし、可愛いリスナーがいまや登録者数120万人もいるんです。盤さんだってあやからないと!』
それは、どういうフォローの仕方だろうか。騒がしい後輩ではあるが可愛いと思ったことなど一度もない。だいたい100万人を超えているのだから、同じ事務所のVキャラたちとコラボすれば良いのに。今まで妙に懐かれていたのは、大物有名人とのコラボが最終目標にあるのだと思うと気持ちがゲンナリした。
「そういや前に一度聞いたけど、英華に真顔で言われましよ。五木万次郎の声に似てないって」
『えーうそでしょ。ていうか、そんな話、配信で聞いたことないですけど。初耳です!』
「言ったことないよ。さすがに大物俳優の名前を配信で口にしてリスナーが『盤さんっていう配信者が、そんなことを言ってましたよ!』って五木さんの事務所に問い合わせたらご迷惑が掛かるじゃないですか。俺は、そういうセンシティブな話は極力配慮してやってるんで」
『あ。なるほど。意外と、そういうこと気にしてるんですね!』
おいおい。意外とって何だよ!
『まぁ、ともかく。歌を出すのは決定事項なので、来週あたりに打合せに参加してくださいね。細かい連絡はメールしますので。あとボイトレや打合せには同時に収録も含まれます。歌を出すまでのメイキング映像として、ネット上の特別コンテンツページと、れこ盤で取り上げるんで、よろしくお願いしますね!』
「はぁ? メイキング映像って! ちょ、ちょっと待て。それより俺が予定してるコラボ相手との日程は勝手に決めてスケジュールに入れていいのか?」
『あー、現状スケジュールに入ってないコラボに関しては、ちょっと先延ばしという方向で調整してもらえますかね。これから、綿密な打合せに、ボイトレに、がっちりプロモもあるんで。そうすると、なんとか8月以降からのコラボで予定を調整していただけますと助かります』
「8月って、おいっ! そんな先かよ!」
『あっ。盤さん申し訳ない。もう社内の打合せに行かなくちゃ。では失礼します!』
通話がプツリと切れた。
俺に反論の余地もなく、言いたいことだけを言って切りやがった。
おおい鉢野!
スマホを見つめたまま何度目か分からない溜め息が零れた。
41
お気に入りに追加
48
あなたにおすすめの小説
【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。
白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。
最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。
(同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!)
(勘違いだよな? そうに決まってる!)
気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。
少年ペット契約
眠りん
BL
※少年売買契約のスピンオフ作品です。
↑上記作品を知らなくても読めます。
小山内文和は貧乏な家庭に育ち、教育上よろしくない環境にいながらも、幸せな生活を送っていた。
趣味は布団でゴロゴロする事。
ある日学校から帰ってくると、部屋はもぬけの殻、両親はいなくなっており、借金取りにやってきたヤクザの組員に人身売買で売られる事になってしまった。
文和を購入したのは堂島雪夜。四十二歳の優しい雰囲気のおじさんだ。
文和は雪夜の養子となり、学校に通ったり、本当の子供のように愛された。
文和同様人身売買で買われて、堂島の元で育ったアラサー家政婦の金井栞も、サバサバした性格だが、文和に親切だ。
三年程を堂島の家で、呑気に雪夜や栞とゴロゴロした生活を送っていたのだが、ある日雪夜が人身売買の罪で逮捕されてしまった。
文和はゴロゴロ生活を守る為、雪夜が出所するまでの間、ペットにしてくれる人を探す事にした。
※前作と違い、エロは最初の頃少しだけで、あとはほぼないです。
※前作がシリアスで暗かったので、今回は明るめでやってます。
僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした
なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。
「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」
高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。
そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに…
その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。
ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。
かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで…
ハッピーエンドです。
R18の場面には※をつけます。
男だけど女性Vtuberを演じていたら現実で、メス堕ちしてしまったお話
ボッチなお地蔵さん
BL
中村るいは、今勢いがあるVTuber事務所が2期生を募集しているというツイートを見てすぐに応募をする。無事、合格して気分が上がっている最中に送られてきた自分が使うアバターのイラストを見ると女性のアバターだった。自分は男なのに…
結局、その女性アバターでVTuberを始めるのだが、女性VTuberを演じていたら現実でも影響が出始めて…!?
優等生の弟に引きこもりのダメ兄の俺が毎日レイプされている
匿名希望ショタ
BL
優等生の弟に引きこもりのダメ兄が毎日レイプされる。
いじめで引きこもりになってしまった兄は義父の海外出張により弟とマンションで二人暮しを始めることになる。中学1年生から3年外に触れてなかった兄は外の変化に驚きつつも弟との二人暮しが平和に進んでいく...はずだった。
俺たちの××
怜悧(サトシ)
BL
美形ドS×最強不良 幼馴染み ヤンキー受 男前受 ※R18
地元じゃ敵なしの幼馴染みコンビ。
ある日、最強と呼ばれている俺が普通に部屋でAV鑑賞をしていたら、殴られ、信頼していた相棒に監禁されるハメになったが……。
18R 高校生、不良受、拘束、監禁、鬼畜、SM、モブレあり
※は18R (注)はスカトロジーあり♡
表紙は藤岡さんより♡
■長谷川 東流(17歳)
182cm 78kg
脱色しすぎで灰色の髪の毛、硬めのツンツンヘア、切れ長のキツイツリ目。
喧嘩は強すぎて敵う相手はなし。進学校の北高に通ってはいるが、万年赤点。思考回路は単純、天然。
子供の頃から美少年だった康史を守るうちにいつの間にか地元の喧嘩王と呼ばれ、北高の鬼のハセガワと周囲では恐れられている。(アダ名はあまり呼ばれてないが鬼平)
■日高康史(18歳)
175cm 69kg
東流の相棒。赤茶色の天然パーマ、タレ目に泣きボクロ。かなりの美形で、東流が一緒にいないときはよくモデル事務所などにスカウトなどされるほど。
小さいころから一途に東流を思ってきたが、ついに爆発。
SM拘束物フェチ。
周りからはイケメン王子と呼ばれているが、脳内変態のため、いろいろかなり残念王子。
■野口誠士(18歳)
185cm 74kg
2人の親友。
角刈りで黒髪。無骨そうだが、基本軽い。
空手の国体選手。スポーツマンだがいろいろ寛容。
R18禁BLゲームの主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成りました⁉
あおい夜
BL
昨日、自分の部屋で眠ったあと目を覚ましたらR18禁BLゲーム“極道は、非情で温かく”の主人公(総攻め)の弟(非攻略対象)に成っていた!
弟は兄に溺愛されている為、嫉妬の対象に成るはずが?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる