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あり得ない未来
#57:これからのこと 2 - side 時生
しおりを挟む「え。盤さんって隣の家に住んでた人!?」
目を丸く見開いた相馬が甲高い声を上げた。
僕は慌てて友人の口を塞いだ。
「うわ。ちょっと相馬、場所わきまえてくれよ!」
キャンパス内の開かれた緑の下で、近くにいた男女のカップルや男子生徒のグループらが振り返った。
リスナーがいないとも限らないのに、相馬のデカい声に吃驚して何事かとジロジロと見られたのだ。
「いやだって。それ初耳だよ。まさか盤さんと知り合いだとはな」
今度は小声で話してくれた。ようやく事の重大性に気付いたようだ。
「だからさ。先月、盤さんの配信に呼ばれても隣に住んでたとか言えないし、事務所に訪問してくれたときだって、いきなり言っても困惑しちゃうだろ?」
「うーん。まぁタイミングがなぁ。昔の知り合いに再会したのが炎上をキッカケっていうのも印象が悪いよな…」
僕を見て気の毒そうに相馬は溜め息を付いた。
「でも盤さん言ってくれたんだろう? コメントはしたいとき自由に打ってくれて良いってさ?」
「まぁ。そうだけど。だからといって『実は昔、隣に住んでた者です』っていうのも何か違う気がしてさ。急に自分の配信に、自分のことを知ってるよっていう奴が現れたら普通警戒しない?」
「あー…そうだなー。俺だったら、ある程度は仲良くなってから打ち明けるのが自然かもな。あんま知りもしない奴から『久しぶり昔よく遊んだよね?』とか来られたら、なんか馴れ馴れしい奴だなって思うかもしれない」
「でしょ? そういう違和感を抱かれたら嫌なんだよ!」
「なるほど…。んで、今後どうするの。結局言わないままなのか?」
「相馬。向こうは大手だよ? いろんな人とコラボをするけど、僕は最近知り合ったばかりなんだ」
「でも古参なんだろ?」
「昔から見ていたとはいえ、配信に凸して『遊んでください』とかコメントを打つ勇気ないからね?」
友人に大きく溜め息を吐かれて、僕は肩をぽんっと一度叩かれた。
「いいかトッキー。コメントを打つって言うのはな。なんやかんやのリアクションをコメントで返してあげて配信者を応援する。その積み重ねによって、少しづつ名前を覚えてもらって配信者に認識されるんだ。トッキーは既に認識されてる。他のリスナーの中では有利なんだ。分かってる?」
「そんなこと分ってるさ! でも僕は他のリスナーさんと同じように挨拶を気軽にしたりとかできないよ。ゲームをプレイ中のときだって、頑張ってとか書けないし。そういうのはムリだから」
「ええ、なんで?」
「僕が気軽に挨拶をしたり、応援したりするコメントを書いたら『このひとって盤さんが気に掛けてる古参だ!』とか騒がれるじゃん。そうなると、またコメント欄が荒れてしまう」
いくら自由にコメントを書いて良いと言われても、人の配信を搔き乱してしまうことはできないのだ。いわゆる知り合いからのコメントというのは、どうしたって配信者の目に留まる。他のリスナーのコメントよりも注目されるため、返って反感を持たれることも少なくないのだ。
「気にしてんのは身内コメか。まぁ、それは程度によるけどな。馴れ馴れしいコメントが打てないなら、もう適切に打つタイミングを考えなくちゃいけないよな」
「それが、どういうタイミングなのかが分からなくて困ってるんだよ!」
反論してみたが、相馬は鼻で笑った。
「いや難しく考える必要はないと思うぜ?」
「なんで?」
「盤さんがトッキーのことを、いや違う。冬のことを話すタイミングさ。冬珈琲チャンネルのことでも良い。とにかく冬珈琲のことを話題にしてたら反応してあげれば良いんだよ」
「反応って…ははは。僕の話かぁ。次はいつになるかな…」
彼が僕のことを話しているときなら、コメントは確かに打ちやすいだろう。チャンネルのことを取り上げてくれたら『見ていただいて光栄です!』と即打てる。話の流れで『今度また遊んでください』ともコメントを打てるからだ。
しかし前回呼ばれた彼の配信から既に一ヶ月近くが経つ。配信を見ていても、もう僕のことを彼は話題にはしていない。
直近での配信では、やさいゲームの配信で――らふTV主催の大会に参加した為――高得点を出すために毎日長時間プレイしていた。
「でもさ相手とのコンタクトのやりとりって配信のコメント欄だけじゃなくて、VC用のチャット欄でも良いじゃないか。それに炎上がキッカケとはいえ、もうSNS上では相互フォローになってるじゃん。ダイレクトメッセージだって送れるんだ。事務所にも来てくれたんなら『先日は来てくださってありがとうございました!』とか御礼の言葉、ちゃんと送ったんだろう?」
僕は言葉に詰まった。直ぐに言い返さない僕をみて、相馬は変な顔で眉を顰めた。
「おいおいおい。連絡してないのか?」
「え…うん…まぁ…してない」
「なんでだよ! 講師したんだろぉ?」
相馬の抗議は最もである。だが講師依頼は結局実現できなかったのだ。皆で、やさいゲームをすることになって、軽く雑談をしただけだ。
彼が事務所に来たのは、あの日の一度きり。
「番組に出た宮田先輩と再会して、あと海堂先輩とも合流して一緒に、やさいゲームをしただけで講師をやる時間はなくなったんだ」
僕は宙を見た。数日前のことを思い出して、彼をロビーで見送ったときの記憶を引き出した。
「帰り際に『また遊ぼうね』って言われたけど社交辞令じゃん。それって」
相馬は自分の顔に手を当てた。長くて深い溜め息も吐くと「まじかよ…」と小声で言葉を漏らした。
「まぁ…ともかく。今は進展ないんなら当面は自分の配信のことを、どうにかしないとな?」
「自分の配信?」
ポケットからスマホを取り出した相馬が、スケジュールを読み上げた。
「いいかトッキー。ゴールデンウィークに入ったら、ねまき猫さんとのコラボがあるからな?」
「約束したやつね。分かってるよ」
「そんで次は1万人登録記念配信な?」
「あーそれかー。何をするかまだ決まってないんだけどさ。相馬は何か良いアイデアある?」
スマホから顔を上げた友人はニヤニヤした。なんだか嫌な予感がする。
「ストリーマー部門に折角なったんだ。今まで準備生時代のときは、やってこなかったことを今回は挑戦してみるってのは、どうよ?」
既に口元がニヤついてる友人を見ていると良い意味には見えなくて、背筋にゾクッとする怖さを感じた。
「それって…どういう挑戦?」
恐る恐る訊ねると、相馬は満面の作り笑顔を浮かべて、また肩を一度ぽんっと軽く叩かれた。
「今回は青い猫を脱ぎ捨ててさ」
「え、脱ぐ!?」
「顔出しはしなくて良いよ。けど首から下は実写で配信をしようじゃないか!」
更なる登録者数を上げるために、僕のことに興味を持ってもらう企画内容とやらを聞かされた。
正直、ナイスアイデアには思えなかった。
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