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会えたらしたいこと
#50:君に言っておきたいこと 2 - side 誉史
しおりを挟む「これが15000点以上を出した腕か」
「あ、あ、あの!」
「ごめん。思わず握っちゃった」
ぱっと腕を離して立ち上がった。
「じゃ、じゃあ、講師の件、やさいゲームってことで。電源付けておきますね!」
足早にパソコンに近づいた彼は起動ボタンを押してからキーボードに何かを打ち込んでいた。
ゲスト用のユーザー名とパスワードだろう。
「あ。冬くん。ゲームをする前に、あと一つ気になってることがあるんだけど」
「え…」
「聞いても構わないかな?」
小さな背中が振り返ってくれた。
「えっと、なんでしょう?」
「コメントって、昔よりは全部を見てるわけじゃないんだけど、投げ銭してくれた人たちのことは大体読んでるんだけどね、君からのコメントって見たことない気がするんだ。ライブを始めた頃は、初期勢の子たちのコメントも見れたと思うんだけど最近じゃあ全然見なくなってね。もし打ってたら逆に目立つし俺も覚えてる。動画を編集するときにアーカイブを見直すこともあるしね。でも君のは見たことがない」
「あ…僕の…」
「俺の友達には、古参がアンチになることだってあるから用心しておけって言うんだけど、俺は冬くんが犯人だなんて思ってない。むしろリスナーだったら、もっと早くに教えてくれても良かった。俺のリスナーが配信者になったケースも何件か過去にあるしね。だって、今まで見てくれたんなら知ってるだろう?」
穏やかに優しく訊ねてみた。群錠の指摘する古参リスナーによるアンチ説を、払拭してあげたかったからだ。もちろんリスナーであったことを今まで言わずに避けたのは何か事情があるのだろう。
戸惑う表情を浮かべて、視線を彷徨わせて彼はおずおずと口を開いた。
「それは、その…た…」
「た?」
「た、対等になってから言おうかなって思って!」
対等って、それって何だ。チャンネル登録者数のことだろうか。流石に今から追いつくのは難しいのではないか。それとも頑張ってSNSのフォロワー数と対等になることを指すのか、あるいは、らふTVのライブ配信での同接数のことだろうか?
「冬くん。俺はね。何かの数とかで対等にならなくても、別に良いんだよ。むしろ数字とか立場とか関係なく言ってくれて構わないんだ。だって色んな人から声を掛けてもらうだけでも嬉しいんだよ。人と遊ぶのは、いつだって楽しい。誰かが登録数や同接を稼ぐために利用してるだとか、批判的なことを言うかもしれないけれど、そんなこと俺は気にしない。逆に利用してくれたって構わない」
「利用だなんて…」
「良いんだ。だって遊べる相手が増えれば増えるほど、また遊ぶ約束も出来る。それだけ楽しいことがまた続いていく。だろう?」
「それは、そうだけど」
「えり好みなんて俺はしないし、まぁ大会とか試合のあるイベントなら配信で組む相手は選ばなくちゃいけないかもしれない。それにね、英華が女優として売れたとき、俺には良いこと、悪いことが起きたんだ。というか悪いことの方が結構続いてね」
「え?」
「良いことはSNSで俺をフォローしてくれる人が爆発的に伸びたし、チャンネル登録数も信じられないくらい増えて広告収入も凄い入ったこと。でも悪いことの方は、俺の後をストーカーみたいに付け回る週刊記者が出没したし、記事にはあることないこと書かれたし、弁明したりとか、間違ってることを訂正するのに動画を出したりとか、色々大変だった」
「盤さん…」
「でも何より応えたのは、らふTVでのチャンネル開設の初期に遊んだ馴染みの動画投稿者とか配信者からは距離を置かれた。SNSの相互を切られたり、遊び仲間としての関係を断たれたんだ。この話、いくら古参でも知らないでしょ?」
彼の目が大きく見開かれた。
そりゃ驚くよな。こんな愚痴を配信や動画投稿で、話したことは一度もないのだから。群錠にだって言ったことはない。
「何で?」
「英華への注目が落ち着いた頃にね、たまたまオンラインゲームでマッチングしたんだけど。SNSの相互を切られた配信者に偶然再会して。お互い配信してなかったから、思い切って聞いてみたんだ。『SNSの調子が悪くて勝手に相互が外れることもあるらしいけど、あの時って本当は相互切ったんじゃないの?』って言ってみたら『ごめん。強制的にリセットした。なんかもう立場違うし華やかな呟きみちゃうと自分との違いに絶望するから』って言われた。それ聞いて俺は正直ショックだった。どこの誰だとかは言わないけど、配信で言えば、多分リスナーは相手を責めちゃうからね」
「知らなかった」
「これは誰にも言ったことないからね。もう時効だし、ショックは癒えてるけど。でも俺から離れていく人は、割と一定数そこそこいるんだよ。だからこそ、俺の配信のリスナーが配信者になったって言われるのは、凄く嬉しいし、気軽に遊ぼうよって言えるようになる。ていうかね、俺はそう言いたい。本当は誰かに聞いてもらいたいことではあるけど、大っぴらに言えることでもないから」
配信の人間関係なんて年々変わっていく。変わらずにいてくれる数を数えるよりも、仲間を沢山増やしていく方に務めようと思ったのは、切られた本音を聞いた直後からだ。
だからこそ配信に慣れていない配信者たちとコラボをよくするようになったのは、ここ数年前からだ。いろんな人とむしろ関わっていくことで、自然と登録者数も更に増えたのだが、実際には勝手に疎まれて配信仲間から外れることもままあるようになった。
何かと話を聞いてくれる群錠にも言おうとはしたが、俺への嫌がらせはかつての配信仲間だった誰かの仕業ではないか、という疑いを向けることはさせたくなかった。
問題のアカウントは消えた。なのに後を追って調べたりするのは反感を買いかねないだろう。
「僕、誰にも言いません。今の話」
彼は真っすぐに俺を見た。
「うん。ありがとう。冬くん。それとね。コメントも好きに打ってくれて良いんだよ?」
「え。でも…」
「君の好きなタイミングで自由に打ち返してくれたら俺は嬉しい」
「盤さん…」
「だって初期リスナーはもう巣立ったのかなって俺はなんとなくそう思ってたし、まだ居てくれてるんだって思うと配信頑張ろうって思えるよ。ね。冬くん。この間のコメントが最初で最後じゃない、よな?」
最後に言葉を切って訊ねてみたが、彼は直ぐには答えなかった。フラフラと視線を彷徨わせてから、やっと俺に視線を合わせてくれた。彼の控えめな眼差しにはどこか儚さを感じた。
どうしてだろう。この感覚、既視感を覚えるのは何故なのか。
「じゃ…じゃあコメントは今度、機会があるときに…します」
「良かった。リスナーを辞めるって言われたらどうしようかと思った」
「僕は、リスナーを辞めたりしません…ずっと、応援してます!」
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