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会えたらしたいこと
#49:君に言っておきたいこと 1 - side 誉史
しおりを挟む「ごめんね冬くん。立ち話が長くて」
「あ。いえ。僕は別に。その…盤さんの奥さんが誰だとかは今更驚くことじゃないっていうか。奥さんが何かのドラマに出演するっていう話を配信終わりとかで、よく宣伝してたから」
よく宣伝――というには少し御幣がある。台詞のない役でも取れたときには、しっかりと配信で宣伝しておくようにと彼女から要求を受けていた。もちろん言いなりに応えるのは癪だったが、少なからず俺にはメリットがあった。
あの頃はリスナーから彼女はいるのか結婚してるのかと質問を受けることも少なくなかった。SNSのダイレクトメッセージには連絡先を貰えないかとアプローチが届くことも、しばしばあったのだ。
だからこそ牽制するためにも既婚の話を定期的に挟み、英華の女優業も宣伝してみたら、パッタリと止んだのだ。
「俺が、ドラマ出演の話をしてたのって確かライブ配信を始めた最初の一年間くらいなんだけど。8年~9年前のこと、よく覚えているね?」
「あ…」
一瞬、彼の肩が震えた。ハッとした顔になると視線を落とした。
「そんなに経ちましたっけ…あ、そうだ。2階。今日は、講師をするって社長から伺ったんですけど、とりあえずゲーミングルームは2階なんで。行きますか!」
パタパタと彼はエレベーター前に駆け出して、階下へ向かうボタンを押した。
「あ、ちょっと冬くん!」
なぜ彼は俺のリスナーであることを言わないのだろう。
彼のユーザーネームは〈FuyuCoffee〉だった。ライブを開始した当時から、そんな名前であったのなら過去に発言していれば、ライブ中又はアーカイブを見返すときや編集するときに、俺でも気づく筈なのだ。違う名前だったにしても、だ。
初期リスナー10ユーザーにしか与えられない王冠マークを所持しているのなら、リスナーの誰しもが自慢をしたくなるのではないのだろうか。
謙虚なのか、それとも気にしすぎる性格なのか。
どちらにしても先日の彼のコメントが、まさか最初で最後のコメントでなければ良いのだが。
「あ、来ました。盤さん!」
エレベーターに入った彼は、手招きをしながら中でボタンを先に押して待っている。
促されて乗り込むとエレベーターが、ゆっくり閉じられた。
「盤さん。次が2階のゲーミングルームになります。今日は講師依頼の件を社長に言われてるんですけど、どうして僕に…いや、そもそも僕で良いんですか?」
ボタンの並ぶパネルから振り返った彼は、不安そうに俺を見上げた。
「そのことなんだけど。ちゃんと君と話をしてみたくて講師の依頼をしたんだ」
「……え?」
戸惑うように彼は驚く表情に変わった。
*
ポーンと音が鳴ってエレベーターが開いた。
フロア全体に広がるパソコンが綺麗に並んでいる。青い蛍光灯が壁にむき出しで設置されており紫の間接照明が、ぼんやりと明るく機材を照らしていた。
それでも絞られた照明で部屋は薄暗い。目には優しくて丁度いい暗さだ。よくみれば、機材の一つ一つにブロックスのロゴマークが刻印されている。
キングスのスポンサーを表明しているメーカーからの提供で納品されたものなのだろう。部屋の片隅には、畳まれたダンボール箱が壁に立てかけられていた。そのすぐ傍の機材は開封したばかりなのだろうか、配線途中らしきパソコンモニターが斜めに傾いていた。
「盤さん…あの…」
「ごめんね。冬くん。君とちゃんと話をする前に、時間を与えずライブ配信に呼んでしまった。そのことについても、君にちゃんと謝りたかった。本当にごめん」
「え。そんな。それは、もう別にいいんです!」
「よくないよ。俺はもっと慎重に行動すべきだったんだ。疑うように尋ねてしまったからリスナーも君を疑う発言を繰り返していたから、本当にすまない」
彼は首を横に振った。
「でも君は責任を感じて自主的に活動を休止してるんだろう?」
「え…何で知って」
「ここ1週間近くは配信をしていない。俺が配信に呼んだあの日から。呟いてもいない。動画投稿もない。配信活動がないのは明らかだから。それに夏河さんに電話をしたんだけど、一週間前にね。個人配信にはお咎めがなくて、けれど準備生のときと同様に1カ月は事務所のサポートをしてもらうって聞いたんだ。人とのコラボやイベント参加は禁止らしいから、君への罰は思ったよりも重いと思った。折角ストリーマー部門に入ったのに、本来なら、お祝いごとを人とコラボする配信ができただろう?」
「それは…でも勝手に僕がしたことだから」
「それをいうなら、勝手に君を呼んだ責任の末端は俺にもあるよ」
「盤さん…」
彼の瞳が潤んだ。
まずい。泣かせるために来たのではないのに。
「だから俺にできることはないか考えたんだ。今日は確かに見学の延長線上になるかもしれないけど、君とゲームができれば良いなと思った。俺なんて、君より全然腕は上手くないと思うけど」
「そんなこと!」
彼の目線よりも少し下から見上げるように、俺は床に片膝を付いて掌を差し出した。
「え…」
「やさいゲーム。君から高得点のコツ。教えてもらえる?」
瞳を見開いた彼は、俺の手を取るか取るまいか中途半端に手を上げて宙に彷徨わせた。
俺は構わず彼の手首を握った。
細い指先。小さな手の甲。折れてしまいそうな華奢な白い腕だった。
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