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会えたらしたいこと
#48:いつもの営業スマイルで - side 誉史
しおりを挟む「こら。海堂失礼だぞ! 盤さんスミマセン!」
宮田が済まなそうな顔で謝罪した。
「ほら。この間、れこ盤のゲストで出たときのメーン司会者だよ。出るって言っただろ?」
「あー、タイデスの指南しにいくとか言ってたやつ?」
「そうだよ!」
「悪ぃ。てかオレ見てねぇわ番組…そんじゃあ、ここに居んのって、わざわざ挨拶しに来たってこと?」
「お前、言い方!」
宮田が失礼な言葉を咎めるように怒ったが、男前は見据えるように、じっと俺を見た。部外者として見ているのだ。選手ではない者が事務所に出入りしていることに納得いかず気に食わないのだろう。
灰色の無地のマスクをしていて細目で目つきが悪そうに見えた――が、俺はいつもの営業スマイルを作った。
「あ、もしかして試合のときって黒い縁の横長の眼鏡を掛けてます?」
俺の指摘に、海堂が戸惑ったように瞳が揺れた。
「え。まぁ試合中は眼鏡掛けてますけど…」
「そうですよね。番組で宮田くんに出てもらうときに、前もって韓国でのリーグ戦を何試合か見ましたよ。今日来るときも、タイデスの過去の試合を改めて見させてもらいましたが凄く面白かった!」
「え。他の試合も見てくれたんですか!」
驚くように、ぱっと明るい表情を浮かべて宮田が声を上げた。
「見たよ。僕は2Dのインゲームで試合する5on5のタクティカルは全然ルールを知らないけど、2時間粘って勝てるキングスの選手って本当に凄いんだなって感じました。番組では宮田くんに3on3でやるオースでのルールを教えていただきましたが、番組の裏で海堂って奴がオースも上手いよって宮田くんから、ちらっと聞きましたよ。僕は、れこ盤で全然できなかったけれど、オースは3Dのサバゲーみたいな画面の中で、1ミリのヘッショっていうのは絶対決められない。最近この話を奥さんにも話したら『1ミリで当てる世界なの? へぇ凄いじゃない!』って言ってましたよ」
「えっ、マジすか!!!! 奥さん俺らのこと知ってんですか!!!!!」
宮田が更に大声を上げた。あまりにも大きな声に、海堂が目を見開いて、肩を震わせた。
「びっくりした。おい。急に大声出すなよ。皆んなびっくりしてんじゃん!」
海堂のぼやきに、彼らの他にも傍を通ったスタッフらが、何事かと宮田を遠目で見つめている。周囲の目線を受けて、宮田は軽く「あ。サーセン!」と頭を下げた。
「いやだって。盤さんの奥さんが俺らのことを知ってるかと思うと、滅茶苦茶ヤバすぎでしょ。今日いち、いや今年一番びっくりしたランク1位の出来事だよ!」
「あ? そこまで言う?」
「おま、まさか知らないのか?」
「え。何を?」
宮田は口元に手を翳して声のトーンを落とした。
「盤さんの奥さん、英華さんだぞ。ダイヤモンドスターガイズプロダクション所属の、あの、英華さんだぞ!」
最後の台詞には宮田の強めな語気が含まれていた。
しばしの間があった。が、効果音があるのなら、グギギギギギギ、とでも聞こえてきそうな海堂の歪で不自然な首の動きが、宮田から俺に視線が移った。
さらに海堂からは引き攣らせた顔で奇妙なものを見る視線を感じた。が、みるみる内に、信じられないようなものを見る驚愕の眼差しに変わった。
「まさか…そんな…かの有名な、あの…大女優と結婚してた、という無茶苦茶に世間で騒がれた勝ち組確定の配信者って…あんたなのか!」
そんな風に思われていることを直接、声に出してまで言われたことはないが、昔、週刊誌に書かれた見出しには、そのような書き方で指摘を受けたような気もする。実際には、世間から注目を浴びる前に式を挙げることになっただけで、数年前まで彼女は無名の女優だったのだが――。
「まぁ。えーと勝ち組の配信者なのかは分かりませんが、お陰様でもうすぐ登録者数が100万には届きそうなんで、ひとまず配信界隈で名の知られているキングスさんに直接赴いてご挨拶という名の媚びを売ってこようと思いまして、お邪魔させていただいてます」
嘘ではない。講師依頼から見学の名目で事務所に来ているのだ。今後の付き合いも含めた上で取り計らってくれた夏河のためにも、顔を売っておくのはウィンウィンな行動だろう。
「まじかよ…」
海堂の声には力がなかった。隣で宮田が海堂の腕に肘で突いた。
「な? 直接来てんだぜ? ヤバくね?」
嬉しそうに宮田は笑って喜んでいるが、海堂は真面目な顔になった。
「すみません。オレ。自分が恥ずかしいです。どこの誰なのかを知りたくなくて、SNSを見るのをやめたんです。知ったら絶対嫉妬するから。世間の話題とか視界に入れるのも嫌になって見ないようにしてました」
しょげた顔で海堂が謝罪を告げた。
「何それ。もしかして、いつもSNS全然見ないのソレが原因だったんかい!」
宮田のツッコミに隣は直ぐ答えた。
「そうだよ……てか、お願いがあるんですけど、盤さん。オレと握手、してもらえませんか?」
先ほどまで鋭い目つきで睨まれたが、済まなそうに真っすぐ俺を見ている。
訴えかけるように見てくるから、これは受け入れてもらえたのかと思った。
「え、握手…いいけど?」
右手を差し伸べると、海堂の両手が伸びてきて力強く握手をされた。
「ありがとうございますアニキ!」
海堂は、甲高い声を上げた。俺から手を離すと、自分の両手を見つめて「やっば、マジか!」と呟いて次第に両腕をブルブルと震わせた。
「お、おい。海堂! どう、どうしたんだ!」
只ならぬ震え方に宮田が心配そうに声を掛けた。
「やばい宮田。オレ、握手してもらった…アニキと握手…アニキの奥さんは英華さん…英華さんが傍にいるわけで、つまりこれは実質、英華さんと握手したってことだろ!」
「は? か、海堂?」
「やばい皆聞いてよ! オレ今誰と握手したと思う?」
くるりと背を向けた海堂は走り出して行った。
「おい海堂、お前なに言ってんだ! すいません盤さんアイツ馬鹿で時々ポンコツなんです! おい海堂、待てって!」
宮田も走り出した。会議室の奥で騒がしい声が上がっている。遠くから微かにだが、夏河の姿もチラッと見えた。
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