上 下
51 / 204
会えたらしたいこと

#48:いつもの営業スマイルで - side 誉史

しおりを挟む


「こら。海堂失礼だぞ! 盤さんスミマセン!」

 宮田が済まなそうな顔で謝罪した。

「ほら。この間、れこ盤のゲストで出たときのメーン司会者だよ。出るって言っただろ?」

「あー、タイデスの指南しにいくとか言ってたやつ?」

「そうだよ!」

「悪ぃ。てかオレ見てねぇわ番組…そんじゃあ、ここに居んのって、わざわざ挨拶しに来たってこと?」

「お前、言い方!」

 宮田が失礼な言葉を咎めるように怒ったが、男前は見据えるように、じっと俺を見た。部外者として見ているのだ。選手ではない者が事務所に出入りしていることに納得いかず気に食わないのだろう。

 灰色の無地のマスクをしていて細目で目つきが悪そうに見えた――が、俺はいつもの営業スマイルを作った。

「あ、もしかして試合のときって黒い縁の横長の眼鏡を掛けてます?」

 俺の指摘に、海堂が戸惑ったように瞳が揺れた。

「え。まぁ試合中は眼鏡掛けてますけど…」

「そうですよね。番組で宮田くんに出てもらうときに、前もって韓国でのリーグ戦を何試合か見ましたよ。今日来るときも、タイデスの過去の試合を改めて見させてもらいましたが凄く面白かった!」

「え。他の試合も見てくれたんですか!」

 驚くように、ぱっと明るい表情を浮かべて宮田が声を上げた。

「見たよ。僕は2Dのインゲームで試合する5on5ファイブオンファイブのタクティカルは全然ルールを知らないけど、2時間粘って勝てるキングスの選手って本当に凄いんだなって感じました。番組では宮田くんに3on3スリーオンスリーでやるオースでのルールを教えていただきましたが、番組の裏で海堂って奴がオースも上手いよって宮田くんから、ちらっと聞きましたよ。僕は、れこ盤で全然できなかったけれど、オースは3Dのサバゲーみたいな画面の中で、1ミリのヘッショっていうのは絶対決められない。最近この話を奥さんにも話したら『1ミリで当てる世界なの? へぇ凄いじゃない!』って言ってましたよ」

「えっ、マジすか!!!! 奥さん俺らのこと知ってんですか!!!!!」

 宮田が更に大声を上げた。あまりにも大きな声に、海堂が目を見開いて、肩を震わせた。

「びっくりした。おい。急に大声出すなよ。皆んなびっくりしてんじゃん!」

 海堂のぼやきに、彼らの他にもそばを通ったスタッフらが、何事かと宮田を遠目で見つめている。周囲の目線を受けて、宮田は軽く「あ。サーセン!」と頭を下げた。

「いやだって。盤さんの奥さんが俺らのことを知ってるかと思うと、滅茶苦茶ヤバすぎでしょ。今日いち、いや今年一番びっくりしたランク1位の出来事だよ!」

「あ? そこまで言う?」

「おま、まさか知らないのか?」

「え。何を?」

 宮田は口元に手をかざして声のトーンを落とした。

「盤さんの奥さん、英華さんだぞ。ダイヤモンドスターガイズプロダクション所属の、あの、英華さんだぞ!」

 最後の台詞には宮田の強めな語気が含まれていた。

 しばしの間があった。が、効果音があるのなら、グギギギギギギ、とでも聞こえてきそうな海堂のいびつで不自然な首の動きが、宮田から俺に視線が移った。

 さらに海堂からは引き攣らせた顔で奇妙なものを見る視線を感じた。が、みるみる内に、信じられないようなものを見る驚愕の眼差しに変わった。

「まさか…そんな…かの有名な、あの…大女優と結婚してた、という無茶苦茶に世間で騒がれた勝ち組確定の配信者って…あんたなのか!」

 そんな風に思われていることを直接、声に出してまで言われたことはないが、昔、週刊誌に書かれた見出しには、そのような書き方で指摘を受けたような気もする。実際には、世間から注目を浴びる前に式を挙げることになっただけで、数年前まで彼女は無名の女優だったのだが――。

「まぁ。えーと勝ち組の配信者なのかは分かりませんが、お陰様でもうすぐ登録者数が100万には届きそうなんで、ひとまず配信界隈で名の知られているキングスさんに直接赴いてご挨拶という名の媚びを売ってこようと思いまして、お邪魔させていただいてます」

 嘘ではない。講師依頼から見学の名目で事務所に来ているのだ。今後の付き合いも含めた上で取り計らってくれた夏河のためにも、顔を売っておくのはウィンウィンな行動だろう。

「まじかよ…」

 海堂の声には力がなかった。隣で宮田が海堂の腕にひじで突いた。

「な? 直接来てんだぜ? ヤバくね?」

 嬉しそうに宮田は笑って喜んでいるが、海堂は真面目な顔になった。

「すみません。オレ。自分が恥ずかしいです。どこの誰なのかを知りたくなくて、SNSを見るのをやめたんです。知ったら絶対嫉妬するから。世間の話題とか視界に入れるのも嫌になって見ないようにしてました」

 しょげた顔で海堂が謝罪を告げた。

「何それ。もしかして、いつもSNS全然見ないのソレが原因だったんかい!」

 宮田のツッコミに隣は直ぐ答えた。

「そうだよ……てか、お願いがあるんですけど、盤さん。オレと握手、してもらえませんか?」

 先ほどまで鋭い目つきで睨まれたが、済まなそうに真っすぐ俺を見ている。

 訴えかけるように見てくるから、これは受け入れてもらえたのかと思った。

「え、握手…いいけど?」

 右手を差し伸べると、海堂の両手が伸びてきて力強く握手をされた。

「ありがとうございますアニキ!」

 海堂は、甲高い声を上げた。俺から手を離すと、自分の両手を見つめて「やっば、マジか!」と呟いて次第に両腕をブルブルと震わせた。

「お、おい。海堂! どう、どうしたんだ!」

 只ならぬ震え方に宮田が心配そうに声を掛けた。

「やばい宮田。オレ、握手してもらった…アニキと握手…アニキの奥さんは英華さん…英華さんが傍にいるわけで、つまりこれは実質、英華さんと握手したってことだろ!」

「は? か、海堂?」

「やばい皆聞いてよ! オレ今誰と握手したと思う?」

 くるりと背を向けた海堂は走り出して行った。

「おい海堂、お前なに言ってんだ! すいません盤さんアイツ馬鹿で時々ポンコツなんです! おい海堂、待てって!」

 宮田も走り出した。会議室の奥で騒がしい声が上がっている。遠くから微かにだが、夏河の姿もチラッと見えた。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

うちの前に落ちてたかわいい男の子を拾ってみました。

まつも☆きらら
BL
ある日、弟の海斗とマンションの前にダンボールに入れられ放置されていた傷だらけの美少年『瑞希』を拾った優斗。『1ヵ月だけ置いて』と言われ一緒に暮らし始めるが、どこか危うい雰囲気を漂わせた瑞希に翻弄される海斗と優斗。自分のことは何も聞かないでと言われるが、瑞希のことが気になって仕方ない2人は休みの日に瑞希の後を尾けることに。そこで見たのは、中年の男から金を受け取る瑞希の姿だった・・・・。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜 ・不定期

ハイスペックED~元凶の貧乏大学生と同居生活~

みきち@書籍発売中!
BL
イケメン投資家(24)が、学生時代に初恋拗らせてEDになり、元凶の貧乏大学生(19)と同居する話。 成り行きで添い寝してたらとんでも関係になっちゃう、コメディ風+お料理要素あり♪ イケメン投資家(高見)×貧乏大学生(主人公:凛)

処理中です...