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会えたらしたいこと
#42:盤さんがやってくる前に 3 - side 時生
しおりを挟む「なんだよ。宮田。ユニフォーム着たままじゃん。着がえて来なかったのか?」
「いや。撮影を抜けてきた。ちょっと休憩しに」
そう言って宮田は片手を持ち上げた。ミネラルウォーターを持参している。どうやら7階の飲食ブースから持ってきたらしい。
「お疲れさまです。宮田先輩。その新しいユニフォーム似合ってますね」
旧デザインは、黒を基調とする生地に赤いラインが入ったユニフォームであったが、新デザインは黒を基調とする生地に紫のラインが入ったユニフォームだ。キングスのロゴが金色の文字で刺繍も施されており、とても美しい仕上がりである。
「ありがとう。やっと届いたよ。なんか物流が止まってたみたいで。連絡が来るのも遅いし、もう来ないのかと思ってたよ」
「撮影と取材が今日、コンボであるんですね。今、海堂先輩から聞きました」
「今日は朝8時から入っててさ。取材と撮影が。このユニフォームだけじゃなくて、ブロックスのロゴが入った衣装もあって、いろんなポーズを取らされたよ」
僕の後ろで、海堂が噴き出すように笑った。
「ああ、あれな。宮田がうつ伏せの四つん這いで『こうですか?』『こんな感じすか?』って言ってるの超ブザマだったな」
「うるさいな。あれは、あとで合成するっていうから指示通りやったんじゃないか!」
「オレは壁に寄りかかる感じのポーズだったから、まだ良かったよ。何か宮田だけ、寝込んだり、腹ばいになるポーズ取らされててさ。オレ、遠目で見てたけど、めちゃくちゃ面白かったぞ」
「今すぐお前のその記憶から俺を消去しろ」
「やだ」
いつも思うが海堂が宮田を弄るたび、やり取りが子供っぽい。うんざりした顔で宮田が溜め息を付いた。
「あれ。それより冬くん。もう4月じゃん。準備生じゃないよね? 今日はどうしたの?」
つい先ほど同じような質問を受けた。僕が答えようとしたら海堂が先に割って入った。
「事務所の手伝い延長してんだって。2階に新しい機材来たじゃん。組み立てと配線のし直しやって、あと他にも予定があるらしい。な。冬くん? そんで、その予定とは一体何なんだ?」
素早く後ろから海堂の長い腕が僕に絡んできた。首やら体に巻き付いて「ほら吐いちまえよ!」と吠えた。
「あうっ、はな、離してください!」
「おいこら海堂、やめろ! ごめんな。冬くん。海堂の手癖が悪くて」
僕から海堂を宮田が引きはがした。また、やられたのでは叶わないので僕は白状した。
「あの、今日このあと、ゲストが来るんです!」
「ほら。海堂。冬くんは訪問者の対応もあるんだ。忙しいんだから邪魔すんな!」
海堂の腕を強く引っ張り、宮田は引きずるようにエレベーターへ乗せた。
「ちょ、ちょちょっと。お前離せよ! あー冬くんに、オレはまだ話があああ!」
うるさい声が閉じられたエレベーターと共に上階へ消えていった。
ようやく解放された。海堂先輩と会うと、いつもこうだ。何かと絡まれる。ランク上げだの、練習だのと、毎回、頼まれることが多くて困る。
唯一、海堂を止められるのはキングスの中でも所属が長いリーダー的立場のある宮田だ。他の選手からは宮田のことを猛獣使いと揶揄する者もいるのだが、実際にはタイデスでも猛獣使いなるキャラクターを得意としている。
普段から“猛獣”に手馴れているのだ。
「はぁ。助かった。とりあえず、新しい機材のセットアップしないと」
1フロア下にあるゲーミングルームへ向かい、旧機材との入れ替え作業を僕は専念した。パソコン機材なんて組み立てるのも、配線を繋ぎ直すのも大した仕事ではない。ぱぱっとやって、訪問者が来る前に終わらせてしまおう。
そう思いながら、誰もいないフロアで黙々と作業をしていたら、声を掛けられるまで気が付かなかった。
「冬くん」
低くて渋い声が僕の名を呼んだ。
ハッとして、壁の時計を見上げたら予定時刻を過ぎていることに、僕はようやく気付いた。
「あ。夏河社長すみません!」
「探したよ。6階か7階にいるかと思ったら、まさか2階の奥にいるとはね。もう盤さん来たから、下で待ってるんだ。案内と講師よろしくね」
ええ! もう来てるんだ!
「わ、わかりました。あの、案内は良いんですが、講師というのは、どういった講師なんでしょうか?」
「あー。それは盤さんに聞いてもらえる?」
え。本人に聞くの!?
「えっと、つまり盤さんの講師を本当に僕がするんですか?」
「そうだよ。今後ウチの事務所の選手やストリーマーと何かと関わることもあると思うから、盤さん自身にどういう事務所なのか見学してもらって案内が済んだら、この部屋で機材の試遊をしてもらう。その際、講師的に冬くんがナビゲートするんだ。ゲーム内容は盤さんと相談して、終わったら今日は適当に帰っていいから」
「あ。なるほど。見学と機材の試遊ですか!」
やっと理解できた。
急な講師依頼というのは、直接何かのゲームをガチでコーチングするという意味ではないらしい。
それでも、この展開。僕には大きな試練だ。事務所の名に恥じないように、ちゃんと案内をしなければならないだろう。
夏河は左の腕時計に目を落として「選手の様子見てくるから。じゃあ、あとはよろしくね」と足早に行ってしまった。
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