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会えたらしたいこと
#40:盤さんがやってくる前に 1 - side 時生
しおりを挟む騒がしい渋谷のセンター街を通り、通称、奥渋と言われる少し喧騒離れた場所までやってきた。スーツ姿のサラリーマンや小綺麗な身なりに整えたキャリアウーマンが行き交う中で、ひと際目立つ7階建てのオフィスビルは今日も相変わらず渋い。
一棟、丸々キングスの事務所なのだが、緑の蔓が煉瓦造りに巻き付いて古そうに見えるのに、一歩中に踏み入ればロビーにシャンデリアがぶら下がり、訪問客に案内する受付嬢が微笑んでいた。まるでホテルのフロントのような佇まいだから毎回勘違いをしてしまいそうだ。
「あら。冬くん。こんにちは。今日は早いのね?」
紺色のジャケットに身を包んだ黒髪の長い花柄のマスクをした女性が椅子から立ち上がると、僕にカードを寄越した。中に入るための訪問者用カードだ。カードを渡された瞬間、ふわっと良い香りがした。品の良いフローラルな香りだった。
「こんにちは。佐藤さん。今日はちょっと色々あって、やることがあるから早めに来ました」
「予定より30分早いけど、もしかして今日は遅くなりそうなの?」
心配しているのだろう。昼間に来て、夜に帰るということも、ままあるからだ。
「何時に終わるかは、ちょっとわからないんです。でもカードは帰るときに、社員の人に渡しておきます」
彼女は眉を下げて、すまなそうな顔をした。
「いつも本当にごめんね。十六時で受け付けは閉めちゃうから、そうしてもらえると助かるわ。前に無人の受付に訪問者用カードを置かれて、夏河社長に注意受けて以来厳しくなったのよね」
「このビルってサーバールームに高い機材が置かれたフロアもあるから、セキュリティに厳しかったりするのかな?」
「それだけじゃないみたい。人気の選手も出入りしてるし、ファンが突撃してくることもあるじゃない。そういうときにカードが盗まれちゃうと危ないからね」
なるほど。確かに。
「そういや社長はもう来てますか?」
講師を頼まれたとはいえ、具体的な話をまだ聞いていないからだ。
現在時刻――午後、14時。本来なら集合時間は今から30分後。彼と会うことになるのだが、僕はまだ心の準備ができてない。
そわそわとした緊張感を感じて、いつものオフィスなのに知らない場所へ来たときのような妙な空気を感じた。
前かがみになってパソコンを見つめた佐藤が顔を上げた。
「まだ今日は来てないわよ。ずっと外出してる。会う予定があるなら、このあと来ると思うけど」
「そっか。了解。じゃあ僕は先に上がっておきます」
「がんばってね」
*
このビルって、いつも不思議だ。1階ロビーから2階に上がると、すぐゲーミングルームになる。3階と4階が社員が使う一般的なオフィスになっていて、5階はサーバールーム、6階が会議室、7階が訪問者用の打合せスペースになるのだが、飲食ブースも併設されていて、カフェバーみたいな作りになっているのだ。
何が不思議かって、社長室と言われるものはないからだ。初めてキングスのオフィスに来た時に、どうして社長室がないのか聞いてみたら「外で仕事をすることが多いし、オフィスに戻っても自分の机に座ってる暇がないからね」と、めちゃ渋な声で夏河社長は苦笑いをしていた。自分のスペース分を設けずとも、社内で確認をするときは会議室や打合せスペースを使って、デスクワークをすることが多いらしい。
一般的な会社でも、そんなことがあるのかは分からないけど、社長室がない会社って、ちょっと変わってるのではないだろうか。
3階の入り口で、カードを翳した。誰かはいるだろう。待ち合わせ時間まで何か手伝えるか、とりあえず聞いてみようと思った。
「あれ。冬くんじゃん」
急に声を掛けられた。振り返ってみれば、FPS部門所属の海堂赤音だった。女性っぽい名前だが、男である。
「あ、お疲れさまです。海堂先輩。なんか今日の先輩って、プレゼンしにきた人みたいですね」
スラっとした細身で、白いシャツ、細めのネクタイ、カーキのジャケットにジーンズという少しIT系のビジネス界隈にいそうな洒落た姿だった。
普段は、全身ねずみ色のスウェット姿で、タイレル・デスゲームを長時間プレイしているのだ。切れ長の細い目が鋭くて、夜に遭遇したら怖そうな人に見えるけど、根はめちゃくちゃ良い人である。
「お洒落でしょ?」
僕は頷いた。
確かに。今日の装いは雰囲気の良い値段お高めなレストランで食事をしていても違和感を感じない。
「オレだって、たまにはこういう服着んのよ。あ、そうだ。マスクするの忘れてた」
海堂は慌ててポケットから灰色のマスクを付けた。
コンタクトを付けているのか愛用の横長の眼鏡がない。まるで何かの面接を受けてきたかのようなキチンとした身なりにも見えた。
「前に会ったとき金髪でしたけど、黒く染め直したんですか?」
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