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不正行為

#17: 正気の沙汰じゃない 1 - side 誉史

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 群錠から折り返しの電話があったのは、切れてから、ほんの数分だった。

 友人から電話を受けるのは滅多にない。大概、何かとメッセージを経由して連絡してくることが常だから、電話を掛けてくるというのは本当に珍しい。

 ただ今回は俺が勇気をもってした告白に、友人の頭がキャパシティを超える事態となり一旦通話が切られたから仕方のないことだった。

 だが今もう一度折り返してきたスマホに映る――火口賢人――の名を目にすると、改めて思うが緊張する。

 一つ、咳をして息を整えてから通話に出た。

『聞きたいことが山ほどある』

 俺が声を掛けるよりも先に言われてしまい、テンションゼロの低い声で、かなり固く端的な言葉だった。

 これは相当に怒っているのだと、俺は感じた。

「はい」

『まず、何年目だ?』

 意外な質問だった。一発目から、そんな質問だと思わなくて拍子抜けしそうになり「え、それ? 結婚年数を聞いてる?」と聞き返してしまった。

『答えろよ』

「あ、はい。10年です」

『は! 10年!』

 大きな声だった。大げさに声を荒くあげて群錠は詰問を続けた。

『げすい話。その10年間の中で一度でも彼女のためにコンドームを買ったことはあるのか?』

 そんな質問に答える必要があるか不思議に思えたが、きっと友人には大事なことなのだろう。

「えーと………ないです」

『ないのかよ! マジか…じゃあ無かったとしても本当に一度もないのか?』

 この――ないのか?――に関しては、彼女と関係を持ったことはないのか、ということを改めて訊ねているのだろう。

「さっきも言ったけど、ない」

 俺はハッキリと言葉を切って強めに答えた。

『結婚前の付き合いから含めて本当に一回もないのか?』

「ない。誓って言うが試しでやったことすらない」

『嘘だろ…触れたことすらないのか?』

「ない…あー、嘘ついた。一瞬、触れたことはある」

『なんだよ。あるんじゃないか!』

「あるって言っても、挙式のときだぞ?」

『は?』

「いや、だから誓いのキス」

『え? おいまさか!』

「…演技です」

『はぁああ?』

「だから触れたっていうか」

『待て待て待て待て待て! そっから? その先で何も進、展しな、かった…だと?』

 途切れ途切れに話す群錠の独白のようにも聞こえた。だが詰問は終わりではなかった。

『…信じらねぇ。あの英華様だぞ? 分かってんのか?』

 世の中の日本人の男であれば、彼女を知らない人はいないだろう。ファンの中には――英華様――と呼ぶ者も多くいることは知られている。

『彼女が深夜ドラマで〈犬になりなさい!〉って言った瞬間に〈わん!〉って言葉がSNSで直ぐトレンド1位になったこともあるんだぞ!』

 そのドラマは、数年前に深夜枠で放送されていた世直し系の物語で、昼間はOL、夜は女性をおとしめた男たちを英華が成敗するちょっとエッチな内容なのだ。

 放送開始後、何故か俺宛にSNSを通して〈この犬野郎さっさと離婚しろ!〉だの〈どうやって犬に成り下がったのか配信で教えろよ!〉とか〈罪な男だ。いつ別れるんだ?〉といった言葉が多数届いた。

 もちろん無視したが。

「英華のドラマは正直見てないんだ。ただ聞かれることも多いから、リリース情報くらいは知ってる程度なんだ。俺と英華は、自分らに何が起きても死ぬこと以外は基本関わらないようにしてるんだ」

 世間で、どれだけ話題になろうとも英華の活動に俺は関与しない。それは結婚当初から実は決めていたことで、逆に英華も俺の活動には関与しないという誓いを立てているのだ。

『なんだよそれ! だって昔の配信で番宣してたこともあるだろ!』

「それはまだ彼女が売れる前の話だ。英華から配信でしっかり宣伝しておいてって言われたからで本来は、俺の意思じゃない」

 群錠から少し長い溜め息が聞こえた。

『待てよ。基本関わらないっていうのは、れこ盤にも個人配信にも本当に出る気はないってことか?』

「ないよ」

『でも、テレビとかラジオとか雑誌とかで、打診があれば公式情報は出るとかいう風に言ってんじゃん!』

「それはまぁ状況に応じて、そう答えることもあるよ。でも彼女の本心じゃない。というか本心で彼女が語ってることって、よく聞けばなかったりする。うまく相手の質問を交わして済ませることなんて日常茶飯事だからな」

『おおい。だからって、やって良い事と悪い事くらいわかるだろ!』

「単に恋愛結婚じゃないってだけだ。挙式も結婚披露宴も、それこそ全部茶番だったさ」

 通話の向こう側で群錠の、また声にならない絶叫が聞こえた。

 どんな言葉を掛ければ、友人は許してくれるだろうか。

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