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10- 夢は終わる
しおりを挟むなんとか無事に結婚式を終え、私は重たい鎧を脱ぐ。
いくら楽なドレスにしてくれたとはいえ、相当重かったわ……!!
込み上げていた気持ち悪さも喉元を過ぎ去って、今はそれなりに落ち着いていた。
両親とペルシカは、次の日も用事があるようで、泊まらずに帰って行った。
「シャーロットさん、お疲れ様ね」
夫人がそう声をかけてくれた。
着替えもあるから、リアム様と公爵はおらず、2人きりである。
「ありがとうございます、準備から何から、おまかせしてしまって、申し訳なかったです」
「あら、いいのよ。次の式に向けた、予行だと思ってやっただけだもの」
微笑んだままさらりとそう言うので、最初はうまく言葉の意味を受け取れなかった。5秒ほど考えて、納得した。
「もちろん、私が死んだら、リアム様は次の奥様を迎えていただきたいです」
「ええ、そうね。そうよね。でも勘違いしないでね、私、シャーロットさんのこと嫌いじゃないの」
「夫人がすごく良くしてくださってるのはちゃんと伝わっておりますので、ご安心ください」
そうだ。私が死んだら、リアム様はきっと次の伴侶を探すのだ。
……これは、私のわがままからはじまったものだから。
幸せになって欲しいと、手放しで思えない自分が、浅ましくていやになる。
どんどんと欲が深くなっていくのがわかる。死ぬまでの2ヶ月を全力で楽しもうと思っていたけど、なんで……
(どうして私はあと1ヶ月もしないで、死んでしまうの……)
「……夫人も連日の準備等でお疲れでしょうし、ゆっくりお休み下さい!私も少し休みます」
「そうね、あなたの体調が心配だし、このあたりで失礼するわ」
夫人が出ていき、パタリと扉がしまって、部屋には私とエリズだけになる。
「お嬢様……」
彼女は小さく私を呼んだ。
その声音で、彼女の心の内がわかるような気がした。
優しい子なのよね。
「大丈夫よ。それより、少し疲れたの。横になるわ」
「……はい、何かありましたらお申し付けください」
とさりとソファに崩れるように座り込む。目を閉じると、当たり前だけれど視界は真っ暗になる。
今回も、誰が私に呪いをかけたのかはきっとわからない。
そして間もなく、私の命は尽きる。
誰よりも、私が知っている。それは、変えられないことであると。
「……シャーロット」
扉の向こうから、ノックの音と私を呼ぶ声がした。
「疲れてるところごめん、今、大丈夫かな?」
「……はい、大丈夫です」
私の返事と同時に、扉が開く。私の愛しい旦那様は、心配そうにこちらに向かってきた。
「体調は?」
「今は落ち着いてます」
「そう」
彼はほっとしたように呟くと、初めの頃は向かい合うのですら緊張していたけれど、私の隣にそっと腰掛ける。すっかりとこの距離にも慣れてしまったものだ。
「……君に、話さないといけないことがある」
それはいつもよりもゆっくりと、低い声で。慣れない態度に、胸がざわつくのを感じた。
「な、んでしょうか…」
か細くそう返すと、彼はしばらくの間沈黙を続け、いよいよ口を開いた。
「僕には、君よりも優先しないといけない人がいる。もしかしたら、君を悲しませることもあるかもしれない」
なんだ、そんなこと。
わざわざ言ってくれなくたっていいのに。この人も義母も、どうせあと少しの命なら、少しでも夢を見させ続けてくれたらいいのに。
自分がどんな表情をしているのか、知りたくもなかった。
けれど真っ直ぐ私を見つめるリアム様の瞳の中には、表情を失った私の姿が映っていた。
「……だが、君が不自由なく過ごせるよう、最善を尽くす。何かあれば、すぐに言ってくれ。力になるから」
「ありがとうございます」
知らない間に、どんどん欲張りになっていた自分に嫌気がさす。
最初は、思いを伝えられたらそれでよかったはずなのに。彼の心まで欲しかったなんて、どこまで強欲なのだろう。
彼の想い人は、どんな女性なのだろうか。
きっと、素敵な女性に違いない。
2人のためにも、早く死んであげた方が____。
(____嫌だ、私、今何を……)
これ以上、この空間にいてはいけない。
さもなければ、もっと良くないことを考えてしまうような気すらする。
顔の血の気がさっと引いていったのに彼も気がついたのか、何度も私の名前を呼んでいるようだ。どこか他人事のように、意識の遠くでその声を聞いていた。
「……ごめんなさい、リアム様」
気づけば、頬は濡れていた。
「私と、離婚してください」
私のわがままは、最後まで私のわがままであるべきなのだ。
同情で彼と愛する人を引き離してしまった。それを知ってもなお、死ぬまで彼を独占したいだなんて、とてもじゃないけど思えなかった。
「……シャーロット?どうしてそんなこと……もしかして、違うんだ、シャル、聞いてくれ」
いつもなら聞き心地のよかった彼の声も、どこかノイズ混じりの雑音のように聞こえる。
「ごめんなさい、今日式を挙げたばかりなのに。でも、もう、十分幸せな気持ちになりました」
「シャル、話を___」
「人生で1番、幸せにしていただきました、だから___」
リアム様のことを、困らせたりしたくない。
きっとこれが、私に出来るすべてなのだ。
「シャル!」
「旦那様、どうされ_____お、奥様!?」
____お前は、死を受け入れるのか?
ええ、もう思い残すことは無いもの
____仕方あるまい、哀れなお前達に、もう一度だけチャンスをやろう。
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