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5-ペルシカの葛藤
しおりを挟む胸が焼けるように熱い。痛い。苦しい。
息を吸おうとも、まるで何かに__竜の尾にでも首を締め付けられているかのように、呼吸することもままならなかった。
「……しか…………おと……ま……おか…………」
どうして私が。
知らないうちに、誰かの恨みを買っていたのだろうか。
そんなこと、きっと今更考えても仕方ないのだ。
苦しくて苦しくて、涙が寝具にあとをつけ続けていた。終わらない苦しみに、濡れた布が乾く暇もなかった。
あと何週間、何日、何時間。
いつまで生きたら、許されるの?
嗚咽を漏らすと、お母様の声が聞こえた気がした。
隣にいてくれたのかもしれない。それすらも、確認することができない状態だった。
ごめんなさい、きっと私、心配させてるよね。
でもね、思うの。こんなに苦しくて、こんなに辛くても、ペルシカやお父様、お母様の声が聞こえると、少し安心する。
みんなにこれ以上辛い顔させたくないから、頑張らなきゃって。
呪いなんかに、負けてたまるかって。
____ペルシカと、お互いを庭の噴水に突き落とすような喧嘩をして、両親に酷く怒られたことがあったっけ。3歳も下のペルシカに、私が大人げなかったよね。ごめんね。
____お父様に、刺繍したハンカチを渡したら、すごく喜んでくれて、それを額に入れて飾ってくれたの。きっと、今でもお父様の部屋にある。今も作りかけの刺繍があるの。お父様に渡したかった、ごめんなさい。
____お母様が何考えてるのかわからなくて、怖くて、小さい頃、目が合う度に泣いてたことがあったの。自分でもよく覚えてる。でもね、エリズが教えてくれた。私が泣くのは、お母様の前だけだって。他の人の前だと、怖くても辛くても泣かないんだって。きっと、お母様のこと、怖いだけじゃないってわかっていたんだわ。ごめんなさい。
____私、
「____お嬢様、お嬢様!」
エリズの声だ。
「お嬢様、大丈夫ですか?どこか痛みますか?」
「え……?」
そう言われて、私は自分が泣いていたことに気付いた。
夢を見ていた気がする。あれはそう、私の、最期の日の___。
「大丈夫よ、ありがとう」
日に日に、寝覚めが悪くなっているような気がする。それまでは1人で起きることのできた朝も、今ではエリズが起こしに来てくれるようになった。
確証は無いが、これもきっと、黒竜の呪いのせいなのだろう。
エリズから時間を聞けば、もう朝食の時間が迫っていた。パジャマから簡単に着替え、広間に向かう。
朝食は、できるだけ家族揃って食べることになっている。反抗期気味であまり顔を出さなくなっていた弟のペルシカも、私が呪いを受けてからというものの、毎朝私よりも先に席につくようになった。___はずだったが、どうやら今日はペルシカも遅めに部屋を出たらしく、廊下でばったりと一緒になった。
「……姉さん、本当にドラヴィス公爵家に嫁ぐの?」
挨拶よりも先に、そう彼は口を開く。
「ええ、そうね」
ペルシカは、3歳年下の15歳。まだまだ頼りないところもあるけれど、私にとって可愛い弟だ。
「おかしいよ、どうして急に姉さんを……なにか裏があるんじゃないか」
どうやらペルシカなりに、私のことを心配してくれているらしい。
やたらと落ち着かない様子で、眉間にはシワが寄っていた。
「それはわからないけど……でも、私にとってチャンスであることに違いはないから」
格上の、それも、幼い頃から慕っていた相手との結婚なんて、普通に貴族として生きていればなかなか叶うものではない。
残りの人生で、私に最善の結果が回ってきたのだ。
「俺は……まだ姉さんと……」
消え入るように呟きながら、ペルシカは俯く。
その肩は、かすかに震えていた。
「ペルシカ……」
もう15歳とはいっても、まだ15歳でもある。
姉の余命というのは、その肩で背負い切れるものでもないのだろう。
私はそっとペルシカを抱き寄せ、優しく背中を撫でた。
「私、あなたが弟で幸せよ」
「…………っ」
ただ嫁に行くのとは訳が違う。1年後……予定通りであれば2ヶ月後に二度と会えなくなる相手が、嫁に行くのだ。
ペルシカだけじゃない。父も母も、きっと胸の内は複雑だろう。
(私に出来ることは、訪れるその日まで、愛しい家族を大切にすること___)
それが私に出来る、全てだと思った。
「……ドラヴィスに悪いように扱われたらすぐに言うんだ、俺も、父様も、母様も、あいつをただじゃおかない」
「ええ、ありがとう。優しい子ね」
「その日のうちに迎えに行くんだ、だって、俺たちは、家族だから……」
「……うん」
「…………姉さんが幸せなら、それでいいんだ」
「ええ、幸せになるわ」
「約束だからな」
ペルシカの涙を最後に見たのはいつだったか。
小さい頃はよく泣いていた。転んだときとか、おもちゃが壊れたときとか、噴水に押し合った時とか。
目の前で鼻をすする彼は、私から見たらまだその頃のままだった。
「……ふふ、私ってば」
あと1年で成人を迎える立派な紳士に対して、それは失礼だったかしら。
「……?なんだよ……」
「ううん、なんでもないわ。ほら、朝食の時間よ、行きましょ」
「ああ……今日の朝食はドラ蟹じゃないといいなぁ」
あの甘い蟹、私は好きだけどな。
1ヶ月に1度出てくるか出てこないかの食材を、毎日気にする弟を微笑ましく思いながら、私たちは両親の待つ食卓へと向かった。
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