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4-訪れた明日
しおりを挟む次の日、前日と同じ時間にリアム様がやって来た。
ただし昨日と違って、真っ赤な薔薇の花束を持って。
既に両親と話を済ませた後、私が呼ばれたらしかった。父と母が心配げに見守る中、私はバラの花束を抱えたリアム様と対峙している。
な、何これ?どういう状況なの?私、今日殺されるんじゃなかったの?
もしかしてその薔薇の棘に毒が塗ってあるとか、そういうことなのかしら?
混乱の中にいる私を他所にリアム様は私を向いて、床に片膝をつく。
「シャーロット・ランドルフ侯爵令嬢。あなたにドラヴィスの名を授ける幸福を、僕に与えてくれませんか?」
(ど……どういうこと?!)
要するにこれは、つまるところこれは、プ、プロポーズということである。
命を捨てる覚悟すらしていた私にとって、寝耳に水とも言える出来事だった。
ちらりと両親に目を向けると、彼らは渋々ながらも頷く。きっとリアム様と両親は私が呼ばれるまでの間、その話をしていたのだろう。
どう転ぶかは私次第というわけだ。
10年以上片想いをし続けた相手と結婚出来るチャンスである。
(でも……どうして?)
格下の侯爵家の娘である私と結婚して、彼になんの利益があるというのだろうか?その上、2ヶ月後には死んでしまうのに。
それでも考えさせてくれと言うには、私には残された時間が少ないのも事実だった。
ぐっと拳を握り、覚悟を決める。
「……私に、その幸福をくださいますか?」
「!……ああ、もちろんだよ」
花束にそっと手を添えると、彼は安心したように口物を緩める。
背後で、父が鼻をすするような音がした気がした。
きっと娘のためを思って父もまた大きな決断をしてくれたのだろう。
私が外に出るのも拒んでいたような父だ。むしろよく許したと思う。
「そうと決まれば、侯爵。今後のことですが……」
「……だが、それだと……」
父とリアム様が話す中、母はすすすと音を立てずに私に近づく。
「シャル、よかったわね」
母は昔から感情が読みにくい人だった。いつも目元と口元は笑っているが、腹の底では何を考えているのかわからないような、幼い頃から私は自分の親に対してそんなことを考えていた。
そんな母が、今日も今日とて読みずらい表情で、そして抑揚のない声でそう言ってくると、喜んでくれているのかどうかも定かではない。
「ありがとうございます、お母様」
「私、ずっと知っていたのよ」
「へ?」
一瞬、その声に喜びが含まれていたような気もしたが、母はそれきり、鉄壁のお面を崩すこともなく言葉を仕舞いこんでしまった。
本当に……我が母ながら何を考えているのかわからない。父と真逆な人だとよく思う。
「……公爵家に嫁ぐ時は、エリズを連れていきなさい。きっと、あなたのために尽力してくれるわ」
壁に背を向け姿勢よく立つ彼女をちらりと見て、母はそう言った。
エリズは母の使用人だった人の娘だった。今はもう娘を侯爵邸に残し故郷に帰ってはいるものの、母と私が最も信頼している人の1人だ。
きっとエリズとなら、慣れない公爵邸でも、楽しく過ごせるような気がする。
「シャル」
話を終えたらしい父が、私たちに向かって声をかけた。
「式は1ヶ月後だ。それまでは、この家で過ごすお許しをいただいた」
「その分、出来るだけ時間を作って僕が侯爵邸に足を運ぶよ」
最後の2ヶ月を、家族とも、ずっと片想いしていたお方とも過ごせるなんて、私はなんて幸せものなのだろうか。
それだけで、この最期をやり直した意味があったと思える。
「いつでもいらしてください。……こ、婚約者なのですから」
なんだか少し恥ずかしくなって、頬が熱を持ち始める。そうだ、私は彼の婚約者になったのだ。そしてあとひと月すれば、彼の妻となる。
いつまでも夢見心地のような気持ちだ。
(どうしましょう、私、世界一の幸せ者だわ……)
いてもたってもいられなく、今すぐにでも叫びたい気持ちをなんとか抑えながら、公爵家へと帰っていくリアム様を見送ったのだった。
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