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18.魔物狩り
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ベルナルドは、考えておくとだけ言って、ビビアーナを部屋から追い出した。
これ以上、身勝手なビビアーナの話を聞いていると、自分を保てる自信もなかった。
ビビアーナが出て行ったドアを苦々しく眺め、ベルナルドは大きなため息を吐く。
「……あなたがお相手をすれば、丸く収まるんですけれどねえ」
しばしの沈黙の後、ジーノがやれやれといったように口を開いた。
「……いっそ、おまえが結婚して相手をしてやれ」
「いやですよ、あんな女。あんなのと結婚したら、ろくなことになりませんよ」
きっぱりと拒絶するジーノに、おまえは関係を持ったことがあるくせにと言いたい気持ちをぐっとこらえ、ベルナルドはただ深く息を吐く。
「俺だっていやだ。あいつは好かん」
「まあ、あなたの嫌いなタイプでしょうねえ」
吐き捨てるようなベルナルドの呟きに、ジーノも同意する。
もはやベルナルドにとっては、ビビアーナに対する感情は嫌悪感が強い。
たとえアンジェリアのことがなかったとしても、ビビアーナと結婚することは考えられなくなっていた。
「ただ、調整役になれる唯一の存在というのも事実ですからね」
「……どうにか結婚と切り離して、別のエサになりそうなものはないだろうか」
ベルナルドは苦々しく呟く。
ジーノの言葉どおり、調整役になれるのがビビアーナだけだというのが問題だった。
どうにかやる気を出させたいところだ。
「難しいと思いますよ。あの女の考えるようなことは、王都の名門貴族の妻になって、華やかな暮らしをしたいっていうところでしょう。それに匹敵するようなエサは、なかなかありませんね」
しかし、ジーノの返答は芳しい内容ではない。
「はっきり申し上げて、あなたとの結婚以外で、あの女に訓練をさせる方法は思いつきません。結婚したらおそらく、あなたは尻に敷かれて好き勝手振る舞われ、贅沢三昧で財産を食いつぶされていく未来しか浮かびませんが、頑張ってください」
「冗談じゃない」
ベルナルドは、げんなりとうな垂れる。
何が悲しくて、破滅とわかっている未来に向かわなくてはならないのか。
「いっそ、結界の補修を放り出しますか? あなたの経歴には大きな傷がつき、出世の見込みは消え去りますけれど」
「……放り出せば、この地の人々が困るだろう。すでに崩壊は始まっているんだぞ。魔物が流れ込んでくるようになれば、アンジェリアの身も危険だ。俺の出世云々の問題じゃない」
王都の神殿に助けを求め、新たな神官を派遣してもらうにしても、時間がかかる。
今までどおりベルナルドが主体となって作業を続け、増員を待つというのならば保てるだろうが、ベルナルドが現場を放棄してしまえば、崩壊するほうが早いだろう。
そもそも、ベルナルド以上に、この地の結界を補修できるような法力の持ち主がいない。
そのような状況でベルナルドが作業を放棄すれば、結界は崩壊してしまう。アンジェリアもいるこの地に、魔物の侵入を許すわけにはいかない。
「正直なところ、世話役の娘は、あなたとお似合いだと思いますよ。でも、本人同士の気持ちだけではどうしようなないところがありますからね。あの娘と結ばれたいというのなら、あなたが身分を捨て、辺境か他国に駆け落ちでもするしかないですよ」
「……駆け落ち、か。その手があったか」
「あまり本気にしないでください」
本気で感心したベルナルドだったが、ジーノに釘を刺されてしまう。
実際、駆け落ちといっても、そう簡単なことではない。アンジェリアの気持ちもあるのだし、ベルナルドが一人で盛り上がっていても、仕方がないのだ。
追っ手から逃げるため、アンジェリアにも故郷を捨てさせることになってしまう。他の地に嫁ぐといった堂々としたものならともかく、待っているのは逃亡者としての後ろ暗い道なのだ。
おいそれと選べる方法ではなかった。
「まあ、それはさておき、これから魔物狩りに行かなくてはなりません。あなたがあの女から逃げ続けている間に、境界の森に魔物が発生したとの知らせがあったので、一度魔物狩りに行ってきますよ」
微妙な話題を切り上げるためか、ジーノが別の話を持ち出す。
とうとう魔物が発生したのかと、ベルナルドはわずかに顔を歪めた。
前から予想していたことではあったのだが、ここのところはビビアーナから逃げ続けていたので、意識の外に追いやられていたのだ。
「俺も行く」
「今の状態で大丈夫ですか? 心が乱れている上に、ここのところ法力の使いすぎで体力は消耗、おまけに寝不足でしょう。あなたが出張るほどの魔物ではないので、行かなくても構いませんよ」
ジーノが珍しく、心配そうな顔を向けてくる。
だが、ベルナルドは首を横に振った。
「いや、少しここから離れたい。気分を変えたほうが、何か良い考えが浮かぶかもしれん」
境界の森は、昼間だというのに薄暗く、肌を突き刺すような風が吹いていた。
人ならざるものの息吹を感じ、ベルナルドは身を引き締める。
「報告されているのは、結界の割れ目から侵入してきた、獣型の低級魔物です。若い神官たちに経験を積ませたいので、あなたはほどほどにしてください」
「……わかった」
ベルナルドとジーノは後方に控えながら、若い神官たちが森の奥に進んでいくのを見守る。
やがて、獣の唸り声や、破裂するような音が聞こえてきた。交戦が始まったようだ。
周囲一帯の魔物の強さを法力で調べた限りでは、本当に弱い魔物ばかりだった。若い神官たちが討ち損ねたものを仕留めることにしようと思ったが、ベルナルドの出番はないかもしれない。
だが、いくら弱いとはいっても、訓練を積んだ神官にとっては、という意味だ。
一般人にとっては十分脅威である。
もし、結界が崩壊すれば、今いる魔物たちよりもずっと強い魔物が町に入ってくることになる。そうなれば、被害者の数は計り知れないだろう。
そう考えると、ビビアーナに対する怒りが再燃してくる。領民を守ろうという気概がないのなら、貴族の資格などない。
己の責務は果たさず、要求だけは果てしないという、ベルナルドの苦手なタイプだ。
苛立ちがわきあがってくるのを感じ、これではよくないと、ベルナルドは別のことを考えることにした。
そうしたとき、まっさきに頭に浮かぶのは、アンジェリアだ。
やはり、結婚するのなら、アンジェリアがよい。
先ほど話に出た、駆け落ちという方法が頭をよぎる。おいそれと選べるわけではないが、いざとなればそれも手ではないかと、選択肢のひとつとして浮かび上がってきた。
しかし、そうなればベルナルドは全ての責務を放棄することになってしまう。地位や身分はまだしも、責務を放棄するのはあまりにも無責任だ。
とはいっても、アンジェリアとどちらを選ぶかとなれば、ベルナルドはアンジェリアを選びたい。
そう考えたところで、これではビビアーナを無責任だとけなす資格などないなと、苦笑が浮かんでくる。
「危ない!」
己の考えに没頭していたベルナルドは、鋭いジーノの叫びで、はっと我に返る。
狼のような姿をした魔物が、今まさにベルナルドに飛び掛ってこようとしていたのだ。
これほど近くまで接近されていながら気づかないとは、なんという失態だと、ベルナルドは舌打ちする。
とっさに振り上げた右腕に、焼けるような痛みが走った。
これ以上、身勝手なビビアーナの話を聞いていると、自分を保てる自信もなかった。
ビビアーナが出て行ったドアを苦々しく眺め、ベルナルドは大きなため息を吐く。
「……あなたがお相手をすれば、丸く収まるんですけれどねえ」
しばしの沈黙の後、ジーノがやれやれといったように口を開いた。
「……いっそ、おまえが結婚して相手をしてやれ」
「いやですよ、あんな女。あんなのと結婚したら、ろくなことになりませんよ」
きっぱりと拒絶するジーノに、おまえは関係を持ったことがあるくせにと言いたい気持ちをぐっとこらえ、ベルナルドはただ深く息を吐く。
「俺だっていやだ。あいつは好かん」
「まあ、あなたの嫌いなタイプでしょうねえ」
吐き捨てるようなベルナルドの呟きに、ジーノも同意する。
もはやベルナルドにとっては、ビビアーナに対する感情は嫌悪感が強い。
たとえアンジェリアのことがなかったとしても、ビビアーナと結婚することは考えられなくなっていた。
「ただ、調整役になれる唯一の存在というのも事実ですからね」
「……どうにか結婚と切り離して、別のエサになりそうなものはないだろうか」
ベルナルドは苦々しく呟く。
ジーノの言葉どおり、調整役になれるのがビビアーナだけだというのが問題だった。
どうにかやる気を出させたいところだ。
「難しいと思いますよ。あの女の考えるようなことは、王都の名門貴族の妻になって、華やかな暮らしをしたいっていうところでしょう。それに匹敵するようなエサは、なかなかありませんね」
しかし、ジーノの返答は芳しい内容ではない。
「はっきり申し上げて、あなたとの結婚以外で、あの女に訓練をさせる方法は思いつきません。結婚したらおそらく、あなたは尻に敷かれて好き勝手振る舞われ、贅沢三昧で財産を食いつぶされていく未来しか浮かびませんが、頑張ってください」
「冗談じゃない」
ベルナルドは、げんなりとうな垂れる。
何が悲しくて、破滅とわかっている未来に向かわなくてはならないのか。
「いっそ、結界の補修を放り出しますか? あなたの経歴には大きな傷がつき、出世の見込みは消え去りますけれど」
「……放り出せば、この地の人々が困るだろう。すでに崩壊は始まっているんだぞ。魔物が流れ込んでくるようになれば、アンジェリアの身も危険だ。俺の出世云々の問題じゃない」
王都の神殿に助けを求め、新たな神官を派遣してもらうにしても、時間がかかる。
今までどおりベルナルドが主体となって作業を続け、増員を待つというのならば保てるだろうが、ベルナルドが現場を放棄してしまえば、崩壊するほうが早いだろう。
そもそも、ベルナルド以上に、この地の結界を補修できるような法力の持ち主がいない。
そのような状況でベルナルドが作業を放棄すれば、結界は崩壊してしまう。アンジェリアもいるこの地に、魔物の侵入を許すわけにはいかない。
「正直なところ、世話役の娘は、あなたとお似合いだと思いますよ。でも、本人同士の気持ちだけではどうしようなないところがありますからね。あの娘と結ばれたいというのなら、あなたが身分を捨て、辺境か他国に駆け落ちでもするしかないですよ」
「……駆け落ち、か。その手があったか」
「あまり本気にしないでください」
本気で感心したベルナルドだったが、ジーノに釘を刺されてしまう。
実際、駆け落ちといっても、そう簡単なことではない。アンジェリアの気持ちもあるのだし、ベルナルドが一人で盛り上がっていても、仕方がないのだ。
追っ手から逃げるため、アンジェリアにも故郷を捨てさせることになってしまう。他の地に嫁ぐといった堂々としたものならともかく、待っているのは逃亡者としての後ろ暗い道なのだ。
おいそれと選べる方法ではなかった。
「まあ、それはさておき、これから魔物狩りに行かなくてはなりません。あなたがあの女から逃げ続けている間に、境界の森に魔物が発生したとの知らせがあったので、一度魔物狩りに行ってきますよ」
微妙な話題を切り上げるためか、ジーノが別の話を持ち出す。
とうとう魔物が発生したのかと、ベルナルドはわずかに顔を歪めた。
前から予想していたことではあったのだが、ここのところはビビアーナから逃げ続けていたので、意識の外に追いやられていたのだ。
「俺も行く」
「今の状態で大丈夫ですか? 心が乱れている上に、ここのところ法力の使いすぎで体力は消耗、おまけに寝不足でしょう。あなたが出張るほどの魔物ではないので、行かなくても構いませんよ」
ジーノが珍しく、心配そうな顔を向けてくる。
だが、ベルナルドは首を横に振った。
「いや、少しここから離れたい。気分を変えたほうが、何か良い考えが浮かぶかもしれん」
境界の森は、昼間だというのに薄暗く、肌を突き刺すような風が吹いていた。
人ならざるものの息吹を感じ、ベルナルドは身を引き締める。
「報告されているのは、結界の割れ目から侵入してきた、獣型の低級魔物です。若い神官たちに経験を積ませたいので、あなたはほどほどにしてください」
「……わかった」
ベルナルドとジーノは後方に控えながら、若い神官たちが森の奥に進んでいくのを見守る。
やがて、獣の唸り声や、破裂するような音が聞こえてきた。交戦が始まったようだ。
周囲一帯の魔物の強さを法力で調べた限りでは、本当に弱い魔物ばかりだった。若い神官たちが討ち損ねたものを仕留めることにしようと思ったが、ベルナルドの出番はないかもしれない。
だが、いくら弱いとはいっても、訓練を積んだ神官にとっては、という意味だ。
一般人にとっては十分脅威である。
もし、結界が崩壊すれば、今いる魔物たちよりもずっと強い魔物が町に入ってくることになる。そうなれば、被害者の数は計り知れないだろう。
そう考えると、ビビアーナに対する怒りが再燃してくる。領民を守ろうという気概がないのなら、貴族の資格などない。
己の責務は果たさず、要求だけは果てしないという、ベルナルドの苦手なタイプだ。
苛立ちがわきあがってくるのを感じ、これではよくないと、ベルナルドは別のことを考えることにした。
そうしたとき、まっさきに頭に浮かぶのは、アンジェリアだ。
やはり、結婚するのなら、アンジェリアがよい。
先ほど話に出た、駆け落ちという方法が頭をよぎる。おいそれと選べるわけではないが、いざとなればそれも手ではないかと、選択肢のひとつとして浮かび上がってきた。
しかし、そうなればベルナルドは全ての責務を放棄することになってしまう。地位や身分はまだしも、責務を放棄するのはあまりにも無責任だ。
とはいっても、アンジェリアとどちらを選ぶかとなれば、ベルナルドはアンジェリアを選びたい。
そう考えたところで、これではビビアーナを無責任だとけなす資格などないなと、苦笑が浮かんでくる。
「危ない!」
己の考えに没頭していたベルナルドは、鋭いジーノの叫びで、はっと我に返る。
狼のような姿をした魔物が、今まさにベルナルドに飛び掛ってこようとしていたのだ。
これほど近くまで接近されていながら気づかないとは、なんという失態だと、ベルナルドは舌打ちする。
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