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16.お役御免
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アンジェリアは、ろくに何も手につかないまま、自分の部屋に戻ってきた。
先ほど聞かされた話が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
ベルナルドが妻を娶るなど、何かの間違ってあってほしいと願う。
だが、最初から自分ではつり合わないことなど、わかっていたはずだ。
いずれ、ベルナルドは身分ある女性を妻として娶ることになるのだと、知ってはいた。ただ、気づかないふりをして、目をそらしていただけだ。
とはいえ、いつか終わりが来ることが決まっていたといっても、これほど早いとは考えもしなかった。
まだ、もう少しだけ夢の中で酔っていられると思っていたのに、急に現実に引き戻されてしまったようだ。
虚脱感に包まれ、アンジェリアがぼんやりしていると、ドアをノックする音が響いた。
のろのろとドアを開けると、そこには赤いドレス姿の女性が立っていた。
大輪の花を思わせるような、華やかな女性だった。いかにも貴族の女性といった風情で、アンジェリアは急に自分がみすぼらしく感じられてしまう。
「ごきげんよう。あなたが、アンジェリアね。あたくしは、ビビアーナ。エジリオから聞いているかもしれませんけれど、あたくしはベルナルド様の妻になりますのよ」
傲慢にビビアーナが宣言するのを、アンジェリアは処罰を告げられる罪人のような心持ちで聞いていた。
嘘であってほしいと思っていたが、やはり本当なのかと、愕然とする。
「これまでお役目、ご苦労様。今日からはもう、世話役としての任は解きますので、ベルナルド様のお側には近寄らないでちょうだいね。後ほど、褒美を与えますので、ありがたく受け取るといいわ」
高飛車な態度で一方的に言い放つと、ビビアーナは去っていった。
ぽつりと取り残されたアンジェリアは、足下が音を立てて壊れていくような錯覚を覚え、その場に崩れ落ちた。
ずっと一人で部屋の入り口にへたり込んでいたアンジェリアだったが、やがてカプリスがやって来て、カプリスの部屋へと連れて行かれた。
カプリスは、ベルナルドの結婚相手としてビビアーナが現れたという話を聞いたのだという。
そしてアンジェリアがショックを受けているのではないかと心配して、様子を見に来たらしい。
アンジェリアは、カプリスが淹れてくれた温かい薬草茶を飲みながら、少しずつ落ち着いてきた。
かつてカプリスからも、いっときの感情だけで近づきすぎると、後からつらい思いをすることになると言われていたことを思い出し、そのとおりになったと苦笑する。
ほんのわずかな間であったにも関わらず、アンジェリアの心は完全に奪われ、今は胸が張り裂けそうに苦しい。
「アンジェリア……これだから貴族などというものは……」
苦々しく、カプリスが呟く。
それは領主に対するものか、ベルナルドに対するものなのか。それとも、もっと別の誰かを思い出しているのだろうかと、アンジェリアはぼんやりした頭で考える。
だが、すぐにどうでもよいことだと考えを打ち消した。深く物事を考える気力もわいてこない。
そのとき、ドアをノックする音が響いた。
「ベルナルドだが、アンジェリアを探しているのだが……」
聞こえてきた声に、アンジェリアはびくりと体を震わせる。
どのような顔をして会えばよいのかわからず、戸惑っていると、カプリスがドアに向かって、つかつかと歩いていった。
「お引き取りくださいませ。あの子の心と体をこれ以上弄ぶのは、おやめください」
ドア越しにカプリスがきっぱりと拒絶する。
上級神官であるベルナルドに対して無礼な態度だったが、カプリスは構うことなく、決してドアを開けようとはしない。
「弄ぶなど……」
「では、あの子を妻に迎えるとでもいうのですか? できもしないのに、言い訳はおやめください」
そっけなくはねつけるカプリスの言葉に、アンジェリアも胸を刺されるようだった。
ベルナルドに弄ばれていたとは、アンジェリアも思わない。だが、確実に終わりがくることはわかりきっていたはずだ。
互いに、目をそらし続けていたのだろう。
「結婚相手の方は、法力もあるそうですね。訓練すれば調整役になることが可能で、結界の補修作業もはかどるようになるとか。素晴らしいことですね」
カプリスが嫌味のように口にした内容が、さらにアンジェリアを奈落の底に突き落とす。
ビビアーナは法力まであって、ベルナルドの負担を軽くすることができるのだ。
貴族の身分があり、法力もある。さらに容姿は美しく、存在感があった。何も持たない、ちっぽけな小娘であるアンジェリアとは違う。
アンジェリアはようやく、夜のお世話役が務まるようになってきただけだ。それもアンジェリアにしかできないものではない。
アンジェリアにできることはビビアーナもできるが、逆は違う。ビビアーナができること、持っているものは、アンジェリアにはないものばかりだ。
何から何まで、かなわない。
「どうぞ、ふさわしいお相手とお幸せに。もう二度と、あの子には関わらないでください」
カプリスがドア越しに突き放すのを、アンジェリアはぼんやりと聞いていた。
ドアの向こう側からも、返事はない。
やはり、自分は身を引くべきなのだろう。ベルナルドのためにも、アンジェリア自身のためにも。
終わりが少々早くなっただけのことだ。いつか来る結末が、今来ただけのこと。
アンジェリアは己に言い聞かせ、諦めようとする。
黙って座るアンジェリアの瞳から、涙がこぼれた。
先ほど聞かされた話が、ぐるぐると頭の中を駆け巡る。
ベルナルドが妻を娶るなど、何かの間違ってあってほしいと願う。
だが、最初から自分ではつり合わないことなど、わかっていたはずだ。
いずれ、ベルナルドは身分ある女性を妻として娶ることになるのだと、知ってはいた。ただ、気づかないふりをして、目をそらしていただけだ。
とはいえ、いつか終わりが来ることが決まっていたといっても、これほど早いとは考えもしなかった。
まだ、もう少しだけ夢の中で酔っていられると思っていたのに、急に現実に引き戻されてしまったようだ。
虚脱感に包まれ、アンジェリアがぼんやりしていると、ドアをノックする音が響いた。
のろのろとドアを開けると、そこには赤いドレス姿の女性が立っていた。
大輪の花を思わせるような、華やかな女性だった。いかにも貴族の女性といった風情で、アンジェリアは急に自分がみすぼらしく感じられてしまう。
「ごきげんよう。あなたが、アンジェリアね。あたくしは、ビビアーナ。エジリオから聞いているかもしれませんけれど、あたくしはベルナルド様の妻になりますのよ」
傲慢にビビアーナが宣言するのを、アンジェリアは処罰を告げられる罪人のような心持ちで聞いていた。
嘘であってほしいと思っていたが、やはり本当なのかと、愕然とする。
「これまでお役目、ご苦労様。今日からはもう、世話役としての任は解きますので、ベルナルド様のお側には近寄らないでちょうだいね。後ほど、褒美を与えますので、ありがたく受け取るといいわ」
高飛車な態度で一方的に言い放つと、ビビアーナは去っていった。
ぽつりと取り残されたアンジェリアは、足下が音を立てて壊れていくような錯覚を覚え、その場に崩れ落ちた。
ずっと一人で部屋の入り口にへたり込んでいたアンジェリアだったが、やがてカプリスがやって来て、カプリスの部屋へと連れて行かれた。
カプリスは、ベルナルドの結婚相手としてビビアーナが現れたという話を聞いたのだという。
そしてアンジェリアがショックを受けているのではないかと心配して、様子を見に来たらしい。
アンジェリアは、カプリスが淹れてくれた温かい薬草茶を飲みながら、少しずつ落ち着いてきた。
かつてカプリスからも、いっときの感情だけで近づきすぎると、後からつらい思いをすることになると言われていたことを思い出し、そのとおりになったと苦笑する。
ほんのわずかな間であったにも関わらず、アンジェリアの心は完全に奪われ、今は胸が張り裂けそうに苦しい。
「アンジェリア……これだから貴族などというものは……」
苦々しく、カプリスが呟く。
それは領主に対するものか、ベルナルドに対するものなのか。それとも、もっと別の誰かを思い出しているのだろうかと、アンジェリアはぼんやりした頭で考える。
だが、すぐにどうでもよいことだと考えを打ち消した。深く物事を考える気力もわいてこない。
そのとき、ドアをノックする音が響いた。
「ベルナルドだが、アンジェリアを探しているのだが……」
聞こえてきた声に、アンジェリアはびくりと体を震わせる。
どのような顔をして会えばよいのかわからず、戸惑っていると、カプリスがドアに向かって、つかつかと歩いていった。
「お引き取りくださいませ。あの子の心と体をこれ以上弄ぶのは、おやめください」
ドア越しにカプリスがきっぱりと拒絶する。
上級神官であるベルナルドに対して無礼な態度だったが、カプリスは構うことなく、決してドアを開けようとはしない。
「弄ぶなど……」
「では、あの子を妻に迎えるとでもいうのですか? できもしないのに、言い訳はおやめください」
そっけなくはねつけるカプリスの言葉に、アンジェリアも胸を刺されるようだった。
ベルナルドに弄ばれていたとは、アンジェリアも思わない。だが、確実に終わりがくることはわかりきっていたはずだ。
互いに、目をそらし続けていたのだろう。
「結婚相手の方は、法力もあるそうですね。訓練すれば調整役になることが可能で、結界の補修作業もはかどるようになるとか。素晴らしいことですね」
カプリスが嫌味のように口にした内容が、さらにアンジェリアを奈落の底に突き落とす。
ビビアーナは法力まであって、ベルナルドの負担を軽くすることができるのだ。
貴族の身分があり、法力もある。さらに容姿は美しく、存在感があった。何も持たない、ちっぽけな小娘であるアンジェリアとは違う。
アンジェリアはようやく、夜のお世話役が務まるようになってきただけだ。それもアンジェリアにしかできないものではない。
アンジェリアにできることはビビアーナもできるが、逆は違う。ビビアーナができること、持っているものは、アンジェリアにはないものばかりだ。
何から何まで、かなわない。
「どうぞ、ふさわしいお相手とお幸せに。もう二度と、あの子には関わらないでください」
カプリスがドア越しに突き放すのを、アンジェリアはぼんやりと聞いていた。
ドアの向こう側からも、返事はない。
やはり、自分は身を引くべきなのだろう。ベルナルドのためにも、アンジェリア自身のためにも。
終わりが少々早くなっただけのことだ。いつか来る結末が、今来ただけのこと。
アンジェリアは己に言い聞かせ、諦めようとする。
黙って座るアンジェリアの瞳から、涙がこぼれた。
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