15 / 29
15.結婚相手
しおりを挟む
アンジェリアがエジリオから衝撃的な話を聞かされている頃、ベルナルドは何も知らずに、普段どおり結界の補修作業をしていた。
一区切りついたので、少し休憩しようとしたところ、神殿に似つかわしくない赤いドレス姿の女性が歩いているのを見かけて、目を疑う。
疲れて幻覚でも見えたのだろうかと思ったものの、赤いドレス姿の女性はベルナルドに向かって歩いてきた。
赤い髪を結い上げた、華やかな顔立ちの女性だった。ベルナルドはどこかで見たことがあるような気がして、首を傾げる。
「ごきげんよう、ベルナルド様。あたくしは、ビビアーナと申します。この地の領主の姪ですわ」
口元に微笑みを浮かべて、ビビアーナが優雅に挨拶をする。
ベルナルドは、これが領主の紹介したいと言っていた姪とやらかと、面倒ごとの予感にうんざりする。結界の補修作業で疲れた体に、さらなる疲労感が増していくようだ。
どこかで見たような気がするのは、初日の宴で見かけたのだろう。そう納得しかけたところで、はっと気づいた。
宴の後、ジーノの部屋にいた女だったのだ。
「……まさか、あのときの……」
「あら、覚えておいででしたのね」
ビビアーナは悪びれる様子もなく、あっさりと認めた。
堂々とした態度に、むしろベルナルドのほうが良からぬことをした気になってしまう。
「……それで、何か用件があるのだろうか」
どことなく居心地の悪い思いを抱えながら、ベルナルドは問いかける。
領主が紹介したいと言っていたからには、何かたくらみがあるのだろうが、それが何かはわからなかった。
「あたくし、あなたの妻になりますの」
艶然と微笑みながらビビアーナが放った言葉も、ベルナルドにはわけがわからなかった。
ベルナルドは困り果て、ジーノのいる執務室にやって来た。
ジーノはベルナルドの伴っていたビビアーナを見て、眉をわずかにぴくりと動かしたが、それだけだった。ビビアーナも、そ知らぬふりをしている。
「……おまえたち、組んで俺に嫌がらせでもしているのか」
思わず、そう呟いてしまうほど、二人は息がぴったり合っていた。
「ああいうのは、その場限りなんですよ。終わったら、もう無かったことと一緒です。あなたには無縁なことだったので、知らないのは仕方ないですけれど、ごちゃごちゃ言い出すのはマナー違反なので、覚えておいてくださいね」
ジーノが冷たい視線と共に、諭してくる。
おまえと関係した女をあてがわれようとしているのか、など言いたいことはいろいろとあったが、こう言われては口を閉ざすことしかできない。
「で、用件は何ですか?」
ベルナルドを言いくるめたところで、ジーノが口火を切る。
「あたくし、ベルナルド様の妻になりますの。きっと、その紹介のためですわ」
「い、いや、待て。俺はそんなこと、さっき聞いたばかりで、認めたわけじゃないぞ。勝手に決めるな」
「あら、あたくしに何かご不満がございますの?」
うろたえながらベルナルドは否定するが、ビビアーナは動じた様子もない。
それどころか挑戦的に胸を張り、豊満な胸が強調される形になって、ベルナルドは視線をそらした。
「……この地には、ずいぶんとマニアが多いようですね。驚きましたよ」
感心したように嘆息して、ジーノが呟く。
「いやいや、そんなことで感心するな。……そもそも、俺にはアンジェリアがいるんだ。妻なんて、そんな……」
「あの娘は、あなたの妻になれるような身分ではありませんわ」
言いかけたところで、ビビアーナにきっぱりと切り捨てられてしまう。
とっさに言い返す言葉も浮かばす、ベルナルドは何かないかと、助けを求めるようにジーノに視線を向けた。
「婚姻となると、本人たちの気持ちだけではどうしようもないですからね。特にあなたなんか、名門貴族の嫡男なんですし」
だが、返ってきたのは支援ではなく、突き放すようなものだった。
ベルナルドは奥歯を噛み締めるが、ジーノの言葉からふと思いつく。
「……そうだ、俺の家は強い法力を持った相手でなければ、結婚は認められないんだ。だから……」
領主一家の法力は低かった。ビビアーナも領主の姪だというのだから、たいした法力は持っていないだろう。
これで波風立てずにお断りすることができると、ベルナルドは自らの思いつきに満足する。
アンジェリアに対する問題は何も解決しないが、とりあえずこの場はしのげるだろう。
「じゃあ、測定してみましょう」
ジーノが測定装置を持ってくる。
ほら貝に似たような形のそれを、ビビアーナは素直に受け取って握る。すると、ぼんやりとした光を放ち始めたのだ。
法力に反応した証である。それも、決して小さくはない。
ベルナルドは、まさかと己の見ているものを信じられなかった。
「わりとありますね。はい、失礼します」
淡々としたジーノの言葉が、ベルナルドの見ているものが真実であると裏付ける。
ジーノは青白く光る測定装置を受け取り、じっと観察を始めた。
「……法力の質は、ここの結界の構成と近いですね。調整役になれそうですよ」
さらにベルナルドを突き落とすような宣告が、ジーノから放たれた。
調整役になれる人間が現れたことは、結界の補修作業を大幅に進展させることになる。待ち望んでいた展開であり、諸手を挙げて喜ぶべきだろう。
しかし、ベルナルド個人にとっては、お断りの良い口実を失ったことになる。
それも調整役になれる程度に法力があるのならば、ベルナルドの家もビビアーナを認めるだろう。強大な法力というほどではないが、妥協点には達している。調整役を務めたという実績が加われば、おそらく反対はないだろう。
以前ならば何の問題もなく、やっと結婚相手が見つかったと喜びすらしただろう。
だが、今はベルナルドの心を占めているのは、アンジェリアなのだ。
ビビアーナの存在は、ただでさえ弱い立場のアンジェリアを、さらに追い込むことになってしまうだろう。
本来は結界の補修がはかどると歓迎すべきことなのに、ベルナルドの心は暗澹たる思いに覆われていくだけだ。
「この地の記録を見ると、過去の力ある神官には女性らしき名前が多かったので、もしかしたら女性に力が出現しやすい家系なのかもしれませんね」
ジーノが冷静に推測を呟くのを、ベルナルドはどこか遠くから響く声のように聞いていた。
一区切りついたので、少し休憩しようとしたところ、神殿に似つかわしくない赤いドレス姿の女性が歩いているのを見かけて、目を疑う。
疲れて幻覚でも見えたのだろうかと思ったものの、赤いドレス姿の女性はベルナルドに向かって歩いてきた。
赤い髪を結い上げた、華やかな顔立ちの女性だった。ベルナルドはどこかで見たことがあるような気がして、首を傾げる。
「ごきげんよう、ベルナルド様。あたくしは、ビビアーナと申します。この地の領主の姪ですわ」
口元に微笑みを浮かべて、ビビアーナが優雅に挨拶をする。
ベルナルドは、これが領主の紹介したいと言っていた姪とやらかと、面倒ごとの予感にうんざりする。結界の補修作業で疲れた体に、さらなる疲労感が増していくようだ。
どこかで見たような気がするのは、初日の宴で見かけたのだろう。そう納得しかけたところで、はっと気づいた。
宴の後、ジーノの部屋にいた女だったのだ。
「……まさか、あのときの……」
「あら、覚えておいででしたのね」
ビビアーナは悪びれる様子もなく、あっさりと認めた。
堂々とした態度に、むしろベルナルドのほうが良からぬことをした気になってしまう。
「……それで、何か用件があるのだろうか」
どことなく居心地の悪い思いを抱えながら、ベルナルドは問いかける。
領主が紹介したいと言っていたからには、何かたくらみがあるのだろうが、それが何かはわからなかった。
「あたくし、あなたの妻になりますの」
艶然と微笑みながらビビアーナが放った言葉も、ベルナルドにはわけがわからなかった。
ベルナルドは困り果て、ジーノのいる執務室にやって来た。
ジーノはベルナルドの伴っていたビビアーナを見て、眉をわずかにぴくりと動かしたが、それだけだった。ビビアーナも、そ知らぬふりをしている。
「……おまえたち、組んで俺に嫌がらせでもしているのか」
思わず、そう呟いてしまうほど、二人は息がぴったり合っていた。
「ああいうのは、その場限りなんですよ。終わったら、もう無かったことと一緒です。あなたには無縁なことだったので、知らないのは仕方ないですけれど、ごちゃごちゃ言い出すのはマナー違反なので、覚えておいてくださいね」
ジーノが冷たい視線と共に、諭してくる。
おまえと関係した女をあてがわれようとしているのか、など言いたいことはいろいろとあったが、こう言われては口を閉ざすことしかできない。
「で、用件は何ですか?」
ベルナルドを言いくるめたところで、ジーノが口火を切る。
「あたくし、ベルナルド様の妻になりますの。きっと、その紹介のためですわ」
「い、いや、待て。俺はそんなこと、さっき聞いたばかりで、認めたわけじゃないぞ。勝手に決めるな」
「あら、あたくしに何かご不満がございますの?」
うろたえながらベルナルドは否定するが、ビビアーナは動じた様子もない。
それどころか挑戦的に胸を張り、豊満な胸が強調される形になって、ベルナルドは視線をそらした。
「……この地には、ずいぶんとマニアが多いようですね。驚きましたよ」
感心したように嘆息して、ジーノが呟く。
「いやいや、そんなことで感心するな。……そもそも、俺にはアンジェリアがいるんだ。妻なんて、そんな……」
「あの娘は、あなたの妻になれるような身分ではありませんわ」
言いかけたところで、ビビアーナにきっぱりと切り捨てられてしまう。
とっさに言い返す言葉も浮かばす、ベルナルドは何かないかと、助けを求めるようにジーノに視線を向けた。
「婚姻となると、本人たちの気持ちだけではどうしようもないですからね。特にあなたなんか、名門貴族の嫡男なんですし」
だが、返ってきたのは支援ではなく、突き放すようなものだった。
ベルナルドは奥歯を噛み締めるが、ジーノの言葉からふと思いつく。
「……そうだ、俺の家は強い法力を持った相手でなければ、結婚は認められないんだ。だから……」
領主一家の法力は低かった。ビビアーナも領主の姪だというのだから、たいした法力は持っていないだろう。
これで波風立てずにお断りすることができると、ベルナルドは自らの思いつきに満足する。
アンジェリアに対する問題は何も解決しないが、とりあえずこの場はしのげるだろう。
「じゃあ、測定してみましょう」
ジーノが測定装置を持ってくる。
ほら貝に似たような形のそれを、ビビアーナは素直に受け取って握る。すると、ぼんやりとした光を放ち始めたのだ。
法力に反応した証である。それも、決して小さくはない。
ベルナルドは、まさかと己の見ているものを信じられなかった。
「わりとありますね。はい、失礼します」
淡々としたジーノの言葉が、ベルナルドの見ているものが真実であると裏付ける。
ジーノは青白く光る測定装置を受け取り、じっと観察を始めた。
「……法力の質は、ここの結界の構成と近いですね。調整役になれそうですよ」
さらにベルナルドを突き落とすような宣告が、ジーノから放たれた。
調整役になれる人間が現れたことは、結界の補修作業を大幅に進展させることになる。待ち望んでいた展開であり、諸手を挙げて喜ぶべきだろう。
しかし、ベルナルド個人にとっては、お断りの良い口実を失ったことになる。
それも調整役になれる程度に法力があるのならば、ベルナルドの家もビビアーナを認めるだろう。強大な法力というほどではないが、妥協点には達している。調整役を務めたという実績が加われば、おそらく反対はないだろう。
以前ならば何の問題もなく、やっと結婚相手が見つかったと喜びすらしただろう。
だが、今はベルナルドの心を占めているのは、アンジェリアなのだ。
ビビアーナの存在は、ただでさえ弱い立場のアンジェリアを、さらに追い込むことになってしまうだろう。
本来は結界の補修がはかどると歓迎すべきことなのに、ベルナルドの心は暗澹たる思いに覆われていくだけだ。
「この地の記録を見ると、過去の力ある神官には女性らしき名前が多かったので、もしかしたら女性に力が出現しやすい家系なのかもしれませんね」
ジーノが冷静に推測を呟くのを、ベルナルドはどこか遠くから響く声のように聞いていた。
0
お気に入りに追加
855
あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた
狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている
いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった
そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた
しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた
当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった
この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。


悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~
sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。
ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。
そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

婚約破棄された私は悪役令嬢に貶められて、妹皇女の身代わりとして他国に嫁ぐ
sweetheart
恋愛
アザルヘルド大陸の南に位置する皇国エンフェルトに住んでいる伯爵令嬢のリアラ・エメラルドは20という若さで皇子に見込められて、皇子の婚約者となったのだが、あまりに可愛すぎると妹皇女に嫉妬されて嫌がせをされてしまい手を挙げてしまった。
それを見た皇子の激情にあい婚約破棄されてしまう。
残された道は、国外追放で国を去るか、皇女の身代わりに北の帝国エルシェルドに嫁ぐことに皇帝はしかも、かなりの遊び人と聞いていたのに?!
「君以外考えれない」
と夜な夜な甘い言葉を囁いてきて……?
腹黒宰相との白い結婚
黎
恋愛
大嫌いな腹黒宰相ロイドと結婚する羽目になったランメリアは、条件をつきつけた――これは白い結婚であること。代わりに側妻を娶るも愛人を作るも好きにすればいい。そう決めたはずだったのだが、なぜか、周囲が全力で溝を埋めてくる。

巨×巨LOVE STORY
狭山雪菜
恋愛
白川藍子は、他の女の子よりも大きな胸をしていた。ある時、好きだと思っていた男友達から、実は小さい胸が好きと言われ……
こちらの作品は、「小説家になろう」でも掲載しております。

燻らせた想いは口付けで蕩かして~睦言は蜜毒のように甘く~
二階堂まや
恋愛
北西の国オルデランタの王妃アリーズは、国王ローデンヴェイクに愛されたいがために、本心を隠して日々を過ごしていた。 しかしある晩、情事の最中「猫かぶりはいい加減にしろ」と彼に言われてしまう。
夫に嫌われたくないが、自分に自信が持てないため涙するアリーズ。だがローデンヴェイクもまた、言いたいことを上手く伝えられないもどかしさを密かに抱えていた。
気持ちを伝え合った二人は、本音しか口にしない、隠し立てをしないという約束を交わし、身体を重ねるが……?
「こんな本性どこに隠してたんだか」
「構って欲しい人だったなんて、思いませんでしたわ」
さてさて、互いの本性を知った夫婦の行く末やいかに。
+ムーンライトノベルズにも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる